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肩の荷の体感は5トンあった
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「肩の荷が下りた」
フランシス・ヴィージンガーとの婚約が解消されたことによって湧き上がって来た素直な感想がそれだった。
それはそれは重い肩の荷だったのだ。
「それはよかった」
私の言葉に弟が小さな相槌を零す。
そんな我々がいる現在地は、さっきいたところから場所を移してマリカさんの邸宅の中庭だ。
なぜわざわざ場所を移したのかといえば、なぜかさっきの場所にフランシス・ヴィージンガーとヒロインがとどまっていたからだった。
折角クリストハルト様のギターで歌えるいい機会だったのに。
「ところでなんであんなに都合よくあの場で婚約解消の書類を出せたの? 持ち歩いてたの?」
「丁度最終チェックのために持ってきてただけ」
「最終チェック?」
「そう。ヴィージンガー家から絶対に文句を言われない書類にするための」
弟の顔がマジである。
なんでも弟は、この婚約解消の書類を作るためにオーバン家の当主、要するにマリカさんのお父様にも相談していたらしい。
文句を言わせない書類の作り方なら商家の人間のほうが得意だろうから、と相談してみたところ快く協力してくださったんだとか。
ありがたい話だ。まぁこれだけ快く協力してくださった裏にはフランシス・ヴィージンガーの評判の悪さが関わっているという残念な事実があるわけだけども。
「でも、なんでそこまで?」
私自身がどうしても婚約解消をしたいとわざわざ言ったわけではない。だって何もしなくてもそのうち婚約解消されるはずだと思っていたから。
それなのに、なぜ弟が勝手に、他人まで巻き込んで婚約解消に持っていったのだろうか。
「あんなのと、義理とはいえ家族になりたくなかったから」
結婚とは家同士の繋がりなわけだから、私があれと結婚してしまえば弟とあれは義理の兄弟になる。
「姉さんはろくに文句も言わないし、この婚約を決めた両親だってあいつとそう関わり合いになる前に隠居するはずで、結局俺が痛い目を見ることになる」
痛い目を見ることになるのが確定してるのが面白いところだよな。
「あの男、そんなにヤバいの?」
「ヤバいとかそういう次元じゃなかったでしょ。なんで他人事なの?」
どうせあの男はヒロインとくっつくもんだと思ってたから他人事なんだけど、そんなこと説明するわけにもいかなくて。
「あの男が最初から私のこと嫌いだったのも知ってるし、遅かれ早かれ私との婚約を蹴ってさっきの女と結婚するんだろうと思ってたから……かなぁ」
私がそう言うと、弟は今までにないくらい深く大きなため息を零した。完全に呆れられている。
そして現在同席しているけれど口を挟んでくることはないクリストハルト様もマリカさんも少し悲しげな顔をして私を見ている。可哀想な子だと思われているのだろうか。
私にはこうして心配してくれる友人がいるからあんな男との婚約がなくなったことくらいどうということでもないのに。
「あの男が姉さんを嫌っていたかはともかくとして、あの男、姉さんは自分に惚れていると思っていたそうだけど?」
「え? なにそれ怖い」
惚れている? 私がフランシス・ヴィージンガーに? 捏造も甚だしいな?
「あの男が前に言ってたんだ。ルーシャは俺を初めて見た時に目を輝かせてたって。だから俺のことが好きなんだろうって」
怖すぎる勘違いである。
「そんな事実は一切ないんだけど……」
もし万が一そう見えていたとしても、あの男は初手から半ギレだったはず。……ということは、俺のことが好きなんだと思ったその瞬間にキレたってこと?
どういうこと? あの男の心理が一切分からない。え、「こいつ俺のこと好きじゃんキモ」ってこと? じゃあずっとキモって思われてたってこと? 酷い話である。
いや別にいいけど。金輪際関わり合いになることはないからなんと思われてても全然いいんだけど、今までずっとキモって思われてたって。最低じゃんアイツ。なんであんなのが少女漫画のヒーローポジションなんだよ。
「結局あの男は、さっきの女と結婚するのかな?」
心の中で腹を立てていたところ、クリストハルト様がぽつりと零した。
そりゃあヒロインとヒーローなんだからくっつくんだろうなぁ。
私という邪魔も入らなかったし、クリストハルト様だって悪魔に魂を売ることなく平常心でここにいるけれど。
……そういえば、クリストハルト様が悪魔に魂を売らなかったことで、あの二人に訪れるべきピンチが訪れない。
ピンチが訪れないということは、ヒロインが前世を彷彿とさせる力を使うことはない。
力を使うことがないということは、あの男が前世を思い出すことはない。
あの二人の物語が始まらない……!
「私、あの女の人苦手です」
マリカさんはヒロインが苦手らしい。
「どうして?」
「私、見ちゃったんです。ルーシャ様とあの男の人との婚約が解消されるって話を聞いて嬉しそうに笑ってたところ」
私も見たわ。
「俺も見たわ。怖かった」
クリストハルト様も見てたわ。
「姉さんとの婚約が解消されたら自分があの男と結婚出来ると思ったんでしょうね。二人が結婚出来る可能性は低いのに」
弟が呆れたように言い放つ。
「え、そうなの?」
少女漫画のヒロインとヒーローなのに?
少女漫画なんだから二人は結ばれるはずでは? ……あれ、でもあの少女漫画の最終回ってどんな話だったっけ?
思い出せないな……?
「ヴィージンガー家は貴族至上主義であり血統至上主義。平民の血が流れている人間は誰であろうと自分たちよりも下だと思ってる人たちだ。だからあの男だってオーバン家の店で横柄な態度をとっていた。あれが当たり前だと思ってる人たちなんだよ」
あ、ヒロインって平民の血が流れてるのか。
その辺の設定も思い出せない。そもそも今の今までヒロインの名前すら思い出せていない。あの漫画の主人公なのに。
現状がストーリーから離れていくにつれてどんどん記憶が薄くなっている気がする。
そのうち完全に忘れるんじゃないかな。
「まぁでもあの人たちがどうなろうと我が家にも、オーバン家にも、もちろんクロウリー家にも迷惑が掛からないようにしますので」
弟が謎の資料の束を持って爽やかな笑顔を浮かべていた。
誰にも迷惑が掛からないのなら良かった。迷惑が掛かったとしたら明らかに私のせいだもんな。
「……ルーシャは、本当に好きじゃなかったの? フランシス・ヴィージンガーのこと」
「はい。だって私クリスト……ん? あ、いや、はい。フランシス・ヴィージンガーのことを好きだったことなんて一瞬たりともありません」
危ない。今クリストハルト様に向かってクリストハルト・クロウリー派だったんでって言いそうになったわ。
聞こえてなければ……いいな?
フランシス・ヴィージンガーとの婚約が解消されたことによって湧き上がって来た素直な感想がそれだった。
それはそれは重い肩の荷だったのだ。
「それはよかった」
私の言葉に弟が小さな相槌を零す。
そんな我々がいる現在地は、さっきいたところから場所を移してマリカさんの邸宅の中庭だ。
なぜわざわざ場所を移したのかといえば、なぜかさっきの場所にフランシス・ヴィージンガーとヒロインがとどまっていたからだった。
折角クリストハルト様のギターで歌えるいい機会だったのに。
「ところでなんであんなに都合よくあの場で婚約解消の書類を出せたの? 持ち歩いてたの?」
「丁度最終チェックのために持ってきてただけ」
「最終チェック?」
「そう。ヴィージンガー家から絶対に文句を言われない書類にするための」
弟の顔がマジである。
なんでも弟は、この婚約解消の書類を作るためにオーバン家の当主、要するにマリカさんのお父様にも相談していたらしい。
文句を言わせない書類の作り方なら商家の人間のほうが得意だろうから、と相談してみたところ快く協力してくださったんだとか。
ありがたい話だ。まぁこれだけ快く協力してくださった裏にはフランシス・ヴィージンガーの評判の悪さが関わっているという残念な事実があるわけだけども。
「でも、なんでそこまで?」
私自身がどうしても婚約解消をしたいとわざわざ言ったわけではない。だって何もしなくてもそのうち婚約解消されるはずだと思っていたから。
それなのに、なぜ弟が勝手に、他人まで巻き込んで婚約解消に持っていったのだろうか。
「あんなのと、義理とはいえ家族になりたくなかったから」
結婚とは家同士の繋がりなわけだから、私があれと結婚してしまえば弟とあれは義理の兄弟になる。
「姉さんはろくに文句も言わないし、この婚約を決めた両親だってあいつとそう関わり合いになる前に隠居するはずで、結局俺が痛い目を見ることになる」
痛い目を見ることになるのが確定してるのが面白いところだよな。
「あの男、そんなにヤバいの?」
「ヤバいとかそういう次元じゃなかったでしょ。なんで他人事なの?」
どうせあの男はヒロインとくっつくもんだと思ってたから他人事なんだけど、そんなこと説明するわけにもいかなくて。
「あの男が最初から私のこと嫌いだったのも知ってるし、遅かれ早かれ私との婚約を蹴ってさっきの女と結婚するんだろうと思ってたから……かなぁ」
私がそう言うと、弟は今までにないくらい深く大きなため息を零した。完全に呆れられている。
そして現在同席しているけれど口を挟んでくることはないクリストハルト様もマリカさんも少し悲しげな顔をして私を見ている。可哀想な子だと思われているのだろうか。
私にはこうして心配してくれる友人がいるからあんな男との婚約がなくなったことくらいどうということでもないのに。
「あの男が姉さんを嫌っていたかはともかくとして、あの男、姉さんは自分に惚れていると思っていたそうだけど?」
「え? なにそれ怖い」
惚れている? 私がフランシス・ヴィージンガーに? 捏造も甚だしいな?
「あの男が前に言ってたんだ。ルーシャは俺を初めて見た時に目を輝かせてたって。だから俺のことが好きなんだろうって」
怖すぎる勘違いである。
「そんな事実は一切ないんだけど……」
もし万が一そう見えていたとしても、あの男は初手から半ギレだったはず。……ということは、俺のことが好きなんだと思ったその瞬間にキレたってこと?
どういうこと? あの男の心理が一切分からない。え、「こいつ俺のこと好きじゃんキモ」ってこと? じゃあずっとキモって思われてたってこと? 酷い話である。
いや別にいいけど。金輪際関わり合いになることはないからなんと思われてても全然いいんだけど、今までずっとキモって思われてたって。最低じゃんアイツ。なんであんなのが少女漫画のヒーローポジションなんだよ。
「結局あの男は、さっきの女と結婚するのかな?」
心の中で腹を立てていたところ、クリストハルト様がぽつりと零した。
そりゃあヒロインとヒーローなんだからくっつくんだろうなぁ。
私という邪魔も入らなかったし、クリストハルト様だって悪魔に魂を売ることなく平常心でここにいるけれど。
……そういえば、クリストハルト様が悪魔に魂を売らなかったことで、あの二人に訪れるべきピンチが訪れない。
ピンチが訪れないということは、ヒロインが前世を彷彿とさせる力を使うことはない。
力を使うことがないということは、あの男が前世を思い出すことはない。
あの二人の物語が始まらない……!
「私、あの女の人苦手です」
マリカさんはヒロインが苦手らしい。
「どうして?」
「私、見ちゃったんです。ルーシャ様とあの男の人との婚約が解消されるって話を聞いて嬉しそうに笑ってたところ」
私も見たわ。
「俺も見たわ。怖かった」
クリストハルト様も見てたわ。
「姉さんとの婚約が解消されたら自分があの男と結婚出来ると思ったんでしょうね。二人が結婚出来る可能性は低いのに」
弟が呆れたように言い放つ。
「え、そうなの?」
少女漫画のヒロインとヒーローなのに?
少女漫画なんだから二人は結ばれるはずでは? ……あれ、でもあの少女漫画の最終回ってどんな話だったっけ?
思い出せないな……?
「ヴィージンガー家は貴族至上主義であり血統至上主義。平民の血が流れている人間は誰であろうと自分たちよりも下だと思ってる人たちだ。だからあの男だってオーバン家の店で横柄な態度をとっていた。あれが当たり前だと思ってる人たちなんだよ」
あ、ヒロインって平民の血が流れてるのか。
その辺の設定も思い出せない。そもそも今の今までヒロインの名前すら思い出せていない。あの漫画の主人公なのに。
現状がストーリーから離れていくにつれてどんどん記憶が薄くなっている気がする。
そのうち完全に忘れるんじゃないかな。
「まぁでもあの人たちがどうなろうと我が家にも、オーバン家にも、もちろんクロウリー家にも迷惑が掛からないようにしますので」
弟が謎の資料の束を持って爽やかな笑顔を浮かべていた。
誰にも迷惑が掛からないのなら良かった。迷惑が掛かったとしたら明らかに私のせいだもんな。
「……ルーシャは、本当に好きじゃなかったの? フランシス・ヴィージンガーのこと」
「はい。だって私クリスト……ん? あ、いや、はい。フランシス・ヴィージンガーのことを好きだったことなんて一瞬たりともありません」
危ない。今クリストハルト様に向かってクリストハルト・クロウリー派だったんでって言いそうになったわ。
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