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多分円満
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現在ガチギレの男ことフランシス・ヴィージンガーの拳がこちらを向いていた。
それを見たのと同時に、視界の隅に入り込んできたのは振り上げられたギターだった。
殴られる、と思う間もなく考えたのは、あの振り上げられたギターが振り下ろされたら、ギターが壊れる! だった。
私は混乱していたのだ。
殴られてもいいからクリストハルト様を止めなければ、そう思った瞬間、今度は別の角度から声が割り込んできた。
「ちょっと失礼しますよ」
やたら聞き覚えのある声だと思えば、弟の声だ。
私の親族の顔を見てマズイと思ったのか、フランシス・ヴィージンガーはピタリと動きを止める。殴られずに済んだしギターも壊れずに済んだ。良かった。
「な、なんだ」
突然乱入してきた弟を見て、フランシス・ヴィージンガーが動揺している。殴りかかってるところを見られたからかな。
「はい、どうぞ」
弟は動揺を隠せないフランシス・ヴィージンガーに書類のようなものを手渡した。
「婚約、解消……?」
「はい」
「な、なぜだ?」
フランシス・ヴィージンガーはそう言って書類を握りしめたままきょとんとしている。
それを見た弟は、深い深いため息を一つ零して、ゆっくりと口を開いた。
「それがあなたたちの望みでは? あぁ、三人か」
弟が私、フランシス・ヴィージンガー、ヒロインの三人を順番に見て言う。
私はなぜ弟が突如そんな書類を持ち出したのかが分からず訝しげな表情を作ってしまう。
フランシス・ヴィージンガーのほうは戸惑っているようで眉間に深い皺を作っていた。
そしてヒロインは、ほんの一瞬だけだったけれど、嬉しそうな顔をしていた。
「しかし、これは我々の親同士が決めたことだ」
「姉との結婚は不本意なのでしょう?」
弟のその言葉に、フランシス・ヴィージンガーは言葉を詰まらせる。それを見た弟は、もう一度、呆れたようにため息を零す。
「そもそも、わがヴィージンガー家の援助がなくなれば困るのはお前たちマキオン家だろう」
「それはお二人が婚約した頃の話ですのでお気になさらず」
「しかしマキオン家は我々がいなければ取るに足らない貧乏貴族だと」
「へぇ、我が家はヴィージンガー家からそんな風に言われていたんですね」
そう言った弟の顔面に浮かんだ、全く目が笑っていない笑顔が怖すぎる。あとヴィージンガー家失礼過ぎる。なんでこんな奴が少女漫画のヒーローポジションなの。いや婚約解消の話を聞いて嬉しそうな顔をするヒロインも相当ひどいけど。
「あ、違」
なんとも情けない感じで訂正しようとしているけれど、一度口から零れ落ちてしまった言葉はもう飲み込めないのだ。
「いや、でも、俺は……、原因は俺じゃないはずだ!」
何を言い出したんだ? と首を傾げていたところ、クリストハルト様のほうからも「は?」という声がしたので疑問に思ったのは私だけじゃなかったらしい。
「こちらとしても穏便な婚約解消にしたいので原因は不問という形で結構です。まぁあなたが夜会なんかで婚約者である姉をちょろっとエスコートして適当にダンスを済ませた後で放置し別の女とイチャイチャしていたのは社交界では周知の事実ですがね」
超早口な上に一息で言い切った。そこで「ふっ」というクリストハルト様の笑いを堪えた声が聞こえたのだが、今は聞こえなかったふりをしていようと思う。
「魔物の巣窟のような社交界で一人ぽつんと取り残された姉がどれだけ辛い思いをしたか、少しくらい想像したことはありますが?」
あ、別にそれほど辛い思いはしてないな。
「まぁそんなことはどうでもいいんですけど」
どうでもいいんか弟よ。いや別に私だってどうでもいいけどよ。
「あなたが浮気者であるとか、人目のあるところで女性を怒鳴りつけるとか、女性に殴りかかるとか、そういうのはどうでもいいんですよ」
どうでもいいとか言いながらめちゃくちゃ攻撃してる気がする。
そしてこうして改めて誰かの口から発表されるとフランシス・ヴィージンガーがマジで最低な男でしかない。
「そんなことより、あなた、さっきオーバン家のお店で結構な態度をとっていましたよね」
「な、は?」
弟の畳みかけるような攻撃に怯んでしまったらしいフランシス・ヴィージンガーは、もう言葉すらも紡げず口から少し音がする空気を零すことしか出来ていないようだ。
「彼女がこの飾りを欲しがっているからさっさと作れ、と、何様のつもりなのか命令していましたね」
何様のつもりなのかって、貴族様のつもりなんだろうなぁ。
「何様」
「まぁ貴族様のつもりなんでしょうが、困るんですよね。今やオーバン家は我が家にとって大口の取引先なので」
「取引先……?」
「あぁ、気付いていませんでしたか。そちらの女性が欲しがっていたあの飾りに、マキオンパールが使われていること」
「は……」
あぁ、フランシス・ヴィージンガーがポンコツに成り下がってしまった。
「だから、円満に婚約を解消しましょう、という話なんですが」
「だ、だから……?」
「分かりませんか? あなたがオーバン家の店で嫌な態度をとったということは我が家の大口の取引先にとってあなたは嫌な客だと認識された」
「一度見たくらいで」
「いや、さっきも言ったでしょう。社交界でのあなたは、いろんな意味で有名人なんですよ。だからそんな人がうちの親族になるわけにはいかないんです」
そこで、クリストハルト様のくすくすという笑い声が聞こえ始めた。我慢の限界を超えたらしい。
クリストハルト様の笑い声につられて笑いそうになっていたその時、フランシス・ヴィージンガーの視線がこちらを向いた。
「お前は、それでいいのか?」
「はい?」
「俺との婚約がなかったことになっていいのか? お前は俺のことを」
「そうですね。常に怒っていて、名すらも呼んでくれなくなった人との結婚など出来ないなと思っていたので円満に終わらせてくださると助かります」
「……そ」
「今までお疲れさまでした。そちらのかたとどうぞお幸せに」
こうして、私とフランシス・ヴィージンガーとの婚約は解消された。
円満かどうかはともかくとして。
それを見たのと同時に、視界の隅に入り込んできたのは振り上げられたギターだった。
殴られる、と思う間もなく考えたのは、あの振り上げられたギターが振り下ろされたら、ギターが壊れる! だった。
私は混乱していたのだ。
殴られてもいいからクリストハルト様を止めなければ、そう思った瞬間、今度は別の角度から声が割り込んできた。
「ちょっと失礼しますよ」
やたら聞き覚えのある声だと思えば、弟の声だ。
私の親族の顔を見てマズイと思ったのか、フランシス・ヴィージンガーはピタリと動きを止める。殴られずに済んだしギターも壊れずに済んだ。良かった。
「な、なんだ」
突然乱入してきた弟を見て、フランシス・ヴィージンガーが動揺している。殴りかかってるところを見られたからかな。
「はい、どうぞ」
弟は動揺を隠せないフランシス・ヴィージンガーに書類のようなものを手渡した。
「婚約、解消……?」
「はい」
「な、なぜだ?」
フランシス・ヴィージンガーはそう言って書類を握りしめたままきょとんとしている。
それを見た弟は、深い深いため息を一つ零して、ゆっくりと口を開いた。
「それがあなたたちの望みでは? あぁ、三人か」
弟が私、フランシス・ヴィージンガー、ヒロインの三人を順番に見て言う。
私はなぜ弟が突如そんな書類を持ち出したのかが分からず訝しげな表情を作ってしまう。
フランシス・ヴィージンガーのほうは戸惑っているようで眉間に深い皺を作っていた。
そしてヒロインは、ほんの一瞬だけだったけれど、嬉しそうな顔をしていた。
「しかし、これは我々の親同士が決めたことだ」
「姉との結婚は不本意なのでしょう?」
弟のその言葉に、フランシス・ヴィージンガーは言葉を詰まらせる。それを見た弟は、もう一度、呆れたようにため息を零す。
「そもそも、わがヴィージンガー家の援助がなくなれば困るのはお前たちマキオン家だろう」
「それはお二人が婚約した頃の話ですのでお気になさらず」
「しかしマキオン家は我々がいなければ取るに足らない貧乏貴族だと」
「へぇ、我が家はヴィージンガー家からそんな風に言われていたんですね」
そう言った弟の顔面に浮かんだ、全く目が笑っていない笑顔が怖すぎる。あとヴィージンガー家失礼過ぎる。なんでこんな奴が少女漫画のヒーローポジションなの。いや婚約解消の話を聞いて嬉しそうな顔をするヒロインも相当ひどいけど。
「あ、違」
なんとも情けない感じで訂正しようとしているけれど、一度口から零れ落ちてしまった言葉はもう飲み込めないのだ。
「いや、でも、俺は……、原因は俺じゃないはずだ!」
何を言い出したんだ? と首を傾げていたところ、クリストハルト様のほうからも「は?」という声がしたので疑問に思ったのは私だけじゃなかったらしい。
「こちらとしても穏便な婚約解消にしたいので原因は不問という形で結構です。まぁあなたが夜会なんかで婚約者である姉をちょろっとエスコートして適当にダンスを済ませた後で放置し別の女とイチャイチャしていたのは社交界では周知の事実ですがね」
超早口な上に一息で言い切った。そこで「ふっ」というクリストハルト様の笑いを堪えた声が聞こえたのだが、今は聞こえなかったふりをしていようと思う。
「魔物の巣窟のような社交界で一人ぽつんと取り残された姉がどれだけ辛い思いをしたか、少しくらい想像したことはありますが?」
あ、別にそれほど辛い思いはしてないな。
「まぁそんなことはどうでもいいんですけど」
どうでもいいんか弟よ。いや別に私だってどうでもいいけどよ。
「あなたが浮気者であるとか、人目のあるところで女性を怒鳴りつけるとか、女性に殴りかかるとか、そういうのはどうでもいいんですよ」
どうでもいいとか言いながらめちゃくちゃ攻撃してる気がする。
そしてこうして改めて誰かの口から発表されるとフランシス・ヴィージンガーがマジで最低な男でしかない。
「そんなことより、あなた、さっきオーバン家のお店で結構な態度をとっていましたよね」
「な、は?」
弟の畳みかけるような攻撃に怯んでしまったらしいフランシス・ヴィージンガーは、もう言葉すらも紡げず口から少し音がする空気を零すことしか出来ていないようだ。
「彼女がこの飾りを欲しがっているからさっさと作れ、と、何様のつもりなのか命令していましたね」
何様のつもりなのかって、貴族様のつもりなんだろうなぁ。
「何様」
「まぁ貴族様のつもりなんでしょうが、困るんですよね。今やオーバン家は我が家にとって大口の取引先なので」
「取引先……?」
「あぁ、気付いていませんでしたか。そちらの女性が欲しがっていたあの飾りに、マキオンパールが使われていること」
「は……」
あぁ、フランシス・ヴィージンガーがポンコツに成り下がってしまった。
「だから、円満に婚約を解消しましょう、という話なんですが」
「だ、だから……?」
「分かりませんか? あなたがオーバン家の店で嫌な態度をとったということは我が家の大口の取引先にとってあなたは嫌な客だと認識された」
「一度見たくらいで」
「いや、さっきも言ったでしょう。社交界でのあなたは、いろんな意味で有名人なんですよ。だからそんな人がうちの親族になるわけにはいかないんです」
そこで、クリストハルト様のくすくすという笑い声が聞こえ始めた。我慢の限界を超えたらしい。
クリストハルト様の笑い声につられて笑いそうになっていたその時、フランシス・ヴィージンガーの視線がこちらを向いた。
「お前は、それでいいのか?」
「はい?」
「俺との婚約がなかったことになっていいのか? お前は俺のことを」
「そうですね。常に怒っていて、名すらも呼んでくれなくなった人との結婚など出来ないなと思っていたので円満に終わらせてくださると助かります」
「……そ」
「今までお疲れさまでした。そちらのかたとどうぞお幸せに」
こうして、私とフランシス・ヴィージンガーとの婚約は解消された。
円満かどうかはともかくとして。
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