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第二章 リ,スタート
9 長月 変化
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「本当だな」
無愛想な口振りで納得いかなそうに頷いた。
「紫苑君の言うとおり少し濃すぎたか」
「あっいや、僕の好みにはちょっと濃かったと思っただけで……」
「運命共同体だ。遠慮はいらんよ」
紫苑は神無月の意見を聞いてほっとしたのか、緊張で渇きまくっていた喉に潤いが戻ってきた。
「沢山作ったなー。もうお腹一杯だな」
神無月のセリフは頭上を通りすぎ、紫苑はあまりの緊張とそれが解けた安堵とでなんども乾いた唇を舐めていた。
その仕草を目で追う、アルファの癖に玉にとても甘い匂いがし、神無月は無意識に下半身に手を伸ばそうとした。鍋が床に落ちて、もの凄い音がした。そのおかげか、すんでのところで冷静さが興奮を上回った。
神無月の腕はなかなかの物で、地の魚を使用したイタリアンも洋食スタイルの肉料理もどれも素晴らしかった。
本社とした約束の期日まであと1週間。
神無月と紫苑は散々ディスカッションを繰り返し、シルバーウィークの初日を営業再開日とした。
◇
「お疲れ様でした」
結局マックス25席の小さな箱を、更にテーブルを減らし18席にした。
神無月と紫苑の2人でやるにはまさに適正の箱だ。
初日を皮切りにシルバーウィークはまずまずのいりだった。紫苑は事の他スイーツ作りがうまく、チョコレートのシフォンと柿のタルト、カボチャのパンナコッタを作った。オメガは基本的には能力は高くない者が多く体も小柄の者が多い。だからこそ彼は疑似α剤を使用しても勘ぐられなかったのだろう。今回とて試作の段階から神無月を唸らせ、バリスタの腕のみならずパティシエの片鱗も伺わせた。
「なあ紫苑君打ち上げしないか?明日は休みだろう」
「打ち上げ?飲みに行く元気はないので今日は帰ります」
なるべく2人は避けたい。
ここの所の緊張で睡眠不足もたたっていたし、体力はギリギリ底をつきそうだった。密閉空間にこんなえげつないアルファと2人きりとか、いくらお互いに抑制剤を服用していても、避けられるのなら避けるべきだろう。
紫苑をアルファだと疑っていない神無月は、ゼロ距離を駆使してグイグイと親友アピールだ。
「その距離感おかしいですって、ずっと言ってますよね」
神無月を押し返し二歩分のスペースを確保する。
「親友だろ」
「いやいや仕事仲間でしょ。百歩譲って同志です」
そんな傷ついたような顔をするなよ。
「ただの同志なのか?」
その顔苦手なんだって、小さな頃からその寂しそうな顔を見てきたんだから……。紫苑は小さな声で舌打ちをした。
「じゃあもう親友でいいですよ。でも今日は帰ります」
視線を会わせず帰り支度を整える。
「アルファ同士だぞ、万が一なんかないだろう」
「あってたまるもんですか」
無言でジャケットを羽織った。鍵を取り出し神無月に投げ「戸締まり頼めますか?」と逃げの姿勢に「それはいやだ」と手を捕まれた。
――何言ってるんだ。
「嫉妬深い恋人がいるのか」
「神無月さんには関係ないでしょう」
「誰だ?」
「いや居ないですけど」
ついどもった。
押し問答に生まれてこのかた勝てたことはない。
「飲もう。今日の反省会だ」
ぐっ、口から出そうになった悪態を空気ごと飲みこむ。
「ずりぃ」
「言葉遣いわるくなってるよ、紫苑君」
「悪くもなりますよ、あまり深酒はしませんよ」
サクッと飲んでさっさと引き上げよう。
行かなきゃ納得しないのだと理解した紫苑は神無月の帰り支度をまった。
――鼻歌なんか歌っていい気なもんだな。人の気持ちも知らないで。
紫苑は複雑な思いで神無月を見つめていた。
◇
「どこで飲むんですか」
車通勤の神無月は普段は酒を飲んで帰る事はない。
「宅飲みだよ」
無愛想な口振りで納得いかなそうに頷いた。
「紫苑君の言うとおり少し濃すぎたか」
「あっいや、僕の好みにはちょっと濃かったと思っただけで……」
「運命共同体だ。遠慮はいらんよ」
紫苑は神無月の意見を聞いてほっとしたのか、緊張で渇きまくっていた喉に潤いが戻ってきた。
「沢山作ったなー。もうお腹一杯だな」
神無月のセリフは頭上を通りすぎ、紫苑はあまりの緊張とそれが解けた安堵とでなんども乾いた唇を舐めていた。
その仕草を目で追う、アルファの癖に玉にとても甘い匂いがし、神無月は無意識に下半身に手を伸ばそうとした。鍋が床に落ちて、もの凄い音がした。そのおかげか、すんでのところで冷静さが興奮を上回った。
神無月の腕はなかなかの物で、地の魚を使用したイタリアンも洋食スタイルの肉料理もどれも素晴らしかった。
本社とした約束の期日まであと1週間。
神無月と紫苑は散々ディスカッションを繰り返し、シルバーウィークの初日を営業再開日とした。
◇
「お疲れ様でした」
結局マックス25席の小さな箱を、更にテーブルを減らし18席にした。
神無月と紫苑の2人でやるにはまさに適正の箱だ。
初日を皮切りにシルバーウィークはまずまずのいりだった。紫苑は事の他スイーツ作りがうまく、チョコレートのシフォンと柿のタルト、カボチャのパンナコッタを作った。オメガは基本的には能力は高くない者が多く体も小柄の者が多い。だからこそ彼は疑似α剤を使用しても勘ぐられなかったのだろう。今回とて試作の段階から神無月を唸らせ、バリスタの腕のみならずパティシエの片鱗も伺わせた。
「なあ紫苑君打ち上げしないか?明日は休みだろう」
「打ち上げ?飲みに行く元気はないので今日は帰ります」
なるべく2人は避けたい。
ここの所の緊張で睡眠不足もたたっていたし、体力はギリギリ底をつきそうだった。密閉空間にこんなえげつないアルファと2人きりとか、いくらお互いに抑制剤を服用していても、避けられるのなら避けるべきだろう。
紫苑をアルファだと疑っていない神無月は、ゼロ距離を駆使してグイグイと親友アピールだ。
「その距離感おかしいですって、ずっと言ってますよね」
神無月を押し返し二歩分のスペースを確保する。
「親友だろ」
「いやいや仕事仲間でしょ。百歩譲って同志です」
そんな傷ついたような顔をするなよ。
「ただの同志なのか?」
その顔苦手なんだって、小さな頃からその寂しそうな顔を見てきたんだから……。紫苑は小さな声で舌打ちをした。
「じゃあもう親友でいいですよ。でも今日は帰ります」
視線を会わせず帰り支度を整える。
「アルファ同士だぞ、万が一なんかないだろう」
「あってたまるもんですか」
無言でジャケットを羽織った。鍵を取り出し神無月に投げ「戸締まり頼めますか?」と逃げの姿勢に「それはいやだ」と手を捕まれた。
――何言ってるんだ。
「嫉妬深い恋人がいるのか」
「神無月さんには関係ないでしょう」
「誰だ?」
「いや居ないですけど」
ついどもった。
押し問答に生まれてこのかた勝てたことはない。
「飲もう。今日の反省会だ」
ぐっ、口から出そうになった悪態を空気ごと飲みこむ。
「ずりぃ」
「言葉遣いわるくなってるよ、紫苑君」
「悪くもなりますよ、あまり深酒はしませんよ」
サクッと飲んでさっさと引き上げよう。
行かなきゃ納得しないのだと理解した紫苑は神無月の帰り支度をまった。
――鼻歌なんか歌っていい気なもんだな。人の気持ちも知らないで。
紫苑は複雑な思いで神無月を見つめていた。
◇
「どこで飲むんですか」
車通勤の神無月は普段は酒を飲んで帰る事はない。
「宅飲みだよ」
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