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第二章 リ,スタート
11 長月 アルファの匂い②
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アルファの家。思ったよりこじんまりとしていて、とてもコルベットを乗り回す人の家には見えない。
――抑制剤も飲んだ。疑似α剤も服用は完璧だ。抑制剤で抑えているからと言って、軽くても微熱程度のヒートは来る。勿論それとて一か月後の話であったし、その時は抑制剤を強めにしてもらう話は医師との間で取り決めていた。副反応の強さは分かり切っていたものだから今更だ。店は休業日以外は休まない。オメガだと診断され絶望の中どうやって生きていこうかと自身を呪った。そんな折、偶然にも稀有な特殊体質のオメガだと分かった時に紫苑は疑似α剤でオメガを捨て偽物のアルファとして生きていくと決めたのだ。伴侶は持たない、オメガと番っても相手には自分と番うメリットは何一つないことになる。
「ぼーっと立ってないで入れよ」
現実世界から逃避していたらしい紫苑に神無月は声をかけた。
えらく殺風景な部屋だ。紫苑は自分の部屋よりさらに閑散とした部屋にちょっとびっくりしながらも、不釣り合いなほどに豪華なベッドに目が釘付けになった。
「大きい」
紫苑の独り言を拾ったのか神無月は髪の毛をくしゃくしゃと搔きながら、いつかは抱くからな。そういった。
「抱く?」
アナルがきゅっと締まる気がした。
「ああ、俺達アルファはいつか心から欲するオメガを抱く。その時にはきっとわかるんだと思っていてな」
――この人はまだ僕をアルファだと思っているんだ。
「何がですか」
「何にもかえがたい甘いにおいがきっとするさ」
「意外にもロマンチストなんですね」
紫苑はクスッと頬が緩んだ。
「君は番についてビジネスだと思うのかい」
「いえ、恋愛感情の延長線上にあってほしいと思っていますよ。でも僕は誰とも番いません。僕のような者ではオメガは幸せになれませんから」
言っている意味は神無月には理解しがたかったが、それでもオメガを孕ます道具だと思っている訳ではないという事が、言葉のトーンからひしひし伝わってきて、やはり好きだなと思ったのだった。
――こいつはあの時のオメガではないのに。違うとわかっていてもたまに瞳の奥に同じ悲しみと優しさがみえる。
「好きなオメガがいるんですか。オメガ嫌いだと思っていました」
ソファに座るように促され酒とコーヒーとどちらにするかと聞かれた。
――神無月さんの好きな人がオメガだなんて話、素面でなんか聞けない。
「お酒、なにがありますか」
お気に入りの赤缶と緑缶が出てきた。見た瞬間つい口元が緩んでしまう。別に自分との思い出を家にまで持ち込んでいる訳では無いだろうに、そう思いたいのは惚れているからだ。
「赤で」
「そう言うと思ったよ」
「ずっと待っているオメガがいるんだ」
神無月が耳を澄まさなければ聞こえないくらいの声で独り言のように話してくれた。
「待っている?」
――痛い。
「へー随分と熱烈なんですね。その人と連絡は」
良く話せていると思う。正直聞きたくすらないのに。
「名前もわからないんだ。凄く小さなころ、まだ自分がアルファだと知らなかった頃に、何回か会っただけだからな」
「何処で」
「君と高校の時に会った事のある動物園だよ」
――高校の頃?なるほど、神無月が紫苑を始めてみたのは高校生だったと思っているのか。
この後、神無月が何を話してくれたのか、紫苑は何一つ耳に入っていなかった。
「紫苑君」
ハイボールの缶をテーブルで倒し、慌てて机を拭いてくれる神無月に声をかけられて始めて自分の意識がここになかったことに気が付いた。
「自分から聞いておいて、考え事か」
神無月に笑われて、硬い笑顔を張り付けた。
「食事の前にシャワー浴びてきてもいいか」
神無月はベッドサイドに脱ぎ捨ててあったルームウェアを手に取った。
――抑制剤も飲んだ。疑似α剤も服用は完璧だ。抑制剤で抑えているからと言って、軽くても微熱程度のヒートは来る。勿論それとて一か月後の話であったし、その時は抑制剤を強めにしてもらう話は医師との間で取り決めていた。副反応の強さは分かり切っていたものだから今更だ。店は休業日以外は休まない。オメガだと診断され絶望の中どうやって生きていこうかと自身を呪った。そんな折、偶然にも稀有な特殊体質のオメガだと分かった時に紫苑は疑似α剤でオメガを捨て偽物のアルファとして生きていくと決めたのだ。伴侶は持たない、オメガと番っても相手には自分と番うメリットは何一つないことになる。
「ぼーっと立ってないで入れよ」
現実世界から逃避していたらしい紫苑に神無月は声をかけた。
えらく殺風景な部屋だ。紫苑は自分の部屋よりさらに閑散とした部屋にちょっとびっくりしながらも、不釣り合いなほどに豪華なベッドに目が釘付けになった。
「大きい」
紫苑の独り言を拾ったのか神無月は髪の毛をくしゃくしゃと搔きながら、いつかは抱くからな。そういった。
「抱く?」
アナルがきゅっと締まる気がした。
「ああ、俺達アルファはいつか心から欲するオメガを抱く。その時にはきっとわかるんだと思っていてな」
――この人はまだ僕をアルファだと思っているんだ。
「何がですか」
「何にもかえがたい甘いにおいがきっとするさ」
「意外にもロマンチストなんですね」
紫苑はクスッと頬が緩んだ。
「君は番についてビジネスだと思うのかい」
「いえ、恋愛感情の延長線上にあってほしいと思っていますよ。でも僕は誰とも番いません。僕のような者ではオメガは幸せになれませんから」
言っている意味は神無月には理解しがたかったが、それでもオメガを孕ます道具だと思っている訳ではないという事が、言葉のトーンからひしひし伝わってきて、やはり好きだなと思ったのだった。
――こいつはあの時のオメガではないのに。違うとわかっていてもたまに瞳の奥に同じ悲しみと優しさがみえる。
「好きなオメガがいるんですか。オメガ嫌いだと思っていました」
ソファに座るように促され酒とコーヒーとどちらにするかと聞かれた。
――神無月さんの好きな人がオメガだなんて話、素面でなんか聞けない。
「お酒、なにがありますか」
お気に入りの赤缶と緑缶が出てきた。見た瞬間つい口元が緩んでしまう。別に自分との思い出を家にまで持ち込んでいる訳では無いだろうに、そう思いたいのは惚れているからだ。
「赤で」
「そう言うと思ったよ」
「ずっと待っているオメガがいるんだ」
神無月が耳を澄まさなければ聞こえないくらいの声で独り言のように話してくれた。
「待っている?」
――痛い。
「へー随分と熱烈なんですね。その人と連絡は」
良く話せていると思う。正直聞きたくすらないのに。
「名前もわからないんだ。凄く小さなころ、まだ自分がアルファだと知らなかった頃に、何回か会っただけだからな」
「何処で」
「君と高校の時に会った事のある動物園だよ」
――高校の頃?なるほど、神無月が紫苑を始めてみたのは高校生だったと思っているのか。
この後、神無月が何を話してくれたのか、紫苑は何一つ耳に入っていなかった。
「紫苑君」
ハイボールの缶をテーブルで倒し、慌てて机を拭いてくれる神無月に声をかけられて始めて自分の意識がここになかったことに気が付いた。
「自分から聞いておいて、考え事か」
神無月に笑われて、硬い笑顔を張り付けた。
「食事の前にシャワー浴びてきてもいいか」
神無月はベッドサイドに脱ぎ捨ててあったルームウェアを手に取った。
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