冒険恋愛小説ドキュメンタリー “エメラルド王、勇者の愛”

Eishi_Hayata

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第12話 転機、カタリーナの誕生

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新妻のアウレリアはまもなく生まれて来る我が子のベイビー服などをママと一緒に楽しく揃えたりして過ごしているが、僕の方は学業と結婚生活の両立をこなし、これから生まれる子供の育児協力も考えると頭が痛く、勉強への集中力がともすれば減退気味となった。

子供が出産するとそれは現実のものとなり、とても学業に専念できるような状況ではなくなってくるのではないかと危惧された。

生活費、学費用にはそれまで日本で貯蓄していた当時の三百万円ぐらいを用意して、持って来ていた。

前もっての生活体験で得た漠然とした概算で独り身の留学生活ならば2、3年はやっていけそうだと思っていたが、結婚して子供が生まれたとなると、いつまで持つか分からない。

親子三人での生活費はおそらく急激な出費増加を招き、どうしても自立の方法を考えなければならなくいと思われた。

出産を間近に控え、状況が次第に変わっていき勉強どころではなくなってきた。

重大な医学部留学というプロジェクトが暗礁に乗りかかった。

またも僕の運命は変転し挫折に向かいそうだ。

愛する女房や子供のことを思えばそれもやむを得ないと涙を飲んで覚悟した。

まずは働いて金を稼がなければならないと判断していきついた結論は、学業のかたわら何か夜間にやれる仕事をすることであった。

典子との離婚のきっかけにもなったが、スナックバーなどの水商売が頭に浮かんだ。

小金で始められ、商売のノウハウがわかっているので手っ取り早いと思った。

学業の方も努力次第では昼間の授業に出席できて続けられそうだと期待した。

さっそく新聞の広告欄を見て手頃な値段のバーの広告が目についた。

現在営業中で居抜きの物件であるが、郊外の場末に位置していたのであまり期待せず、とりあえず見に行くことにした。

まだ早い午後の営業時間帯であまり客足はないだろうと想像して店に近づくと、予想に反して狭い店内のカウンターやテーブルに五、六人の客がいた。

カウンターの端に腰を落ち着け、客を装いビールを注文した。

カウンターの内側では店主らしき三十才前後の中国人青年の傍でこれも若い中国人の女性が忙しげに焼きものをしていた。

ともに普段着ぽい軽装で、半袖シャツにズボンの労働者風いでたちの主人と女性
はワンピース姿であった。

愛想よく僕に客応対をしてきた彼が、

「この辺で見ない顔だけど、ハポネース(日本人)か?」

と訊いてきた。

「よく判ったね」

と僕が感心すると、

「ホンコンでレストランの給仕を長くしていたので、日本人にはたくさん接し見分けがつくよ。このバリオ(下町)に引っ越してきたのかい?」

「そうじゃないんだ、今日はあんたの店を買おうと思ってやってきたんだ」

「そんなところじゃないかと想像していたけど、俺はエンセルモでこちらは女房のアレシアだ、よろしく」

「こちらこそヨロシク。僕の名前はハヤタ。ここでは学生だけど、最近現地の女性と結婚して自立しなければならなくなったんだ」

「この仕事はハードだよ。朝早くの仕込みから夜遅くまで働きっぱなしで休みが取れない、学生との二足のわらじは無理だね」

「夜だけ開けるってのはどう?」

「そりゃノー・バレ・ラ・ペーナ(もったいない)、ここの連中はこうやって昼間から飲んでいるんだよ。昼、夜、店を開けてやっと稼ぎが出るというもんさ」

「売り上げは週にどれほどあるの?」

「ドル換算で千ドルぐらいというところかな」

「そのうち何割くらい純利益になるの?」

「なんとか三割ぐらいにはもっていってるけど、それが夫婦の労賃というわけさ」

当時のコスタリーカは街の角角をバーが占めていたほど飲酒文化が盛んで、人々は酒場での談話に花を咲かせ、日々の楽しみをそこに求めていた。

少し上品な店作りだとバール (bar) と呼び、ラテン風で大衆的なものはカンテイーナと称していた。

週末は老若男女がサロン・デ・バイレ(ラテン風デイスコ)で
踊り、飲み明かすのが社会風潮であった。

店の名をバール・アスール(青いバー)といい、エンセルモも三年前にホンコンから移住してきた直後にこの店を現地人から買い取り、改装もせずに現在に至っていた。

店の造作はカウンターの素材といい、キッチンのステンレス仕様といい、こ綺麗で丈夫なものであり、申し分なかった。

40平米ぐらいの狭い土間に雑然と置かれたテーブルと椅子のセットも簡素なも
のではあるが、頑丈なものであった。

店はこのバリオ(下町)の中心地でしかも角地に位置しており、隣がビリヤード場で斜め前の角地は教会になっていた。

したがってその前面の一角が広場となっており、そのプラサには人の出が絶えな
かった。

立地条件が抜群に良く、客足も多そうなので買うことを決断した僕は、彼に切り出した。

「どうしてまたこんなに堅実にやってるビジネスを手放す気になったの?」

「このアレシアがホンコンの実家から少しまとまったお金を持ってきたので、ここで私が三年間頑張って貯めた金と合わせて今度サンホセ市内でレストランを開こうと、現在建築中なんだよ」

「奥さんとは新婚なの?」

「三ヶ月前にホンコンへ久し振りに帰ったら、親戚に彼女を紹介されて結婚しちまったっていうわけさ、ハハハ」

「そりゃお目出度い、フェリシート(コングラチュレイション)。こんなに働き者で美人ときたら申し分ないよ」

「有りがとう、ハポネース」

と和やかな雰囲気で商談を始めた。

しかし、さすがは中国人である。

なかなか厳しいものでほんの少しだけ、5%ばかり値引きしてくれたがほぼ額面どおりでの商談決着となった。

その値段でも十分採算がとれるし、この取引きは即決しなければ次の商談者に取られてしまうという思惑で、その場での決断をした。

コスタリーカは数多いラテン諸国の中でも執拗な値引き合戦をしないほぼ定価販売方式の国である。

それは多分にアメリカ人の居住者や観光客が多い所以であろう。

乾杯で商談成立の契りを交わした後、僕は一つの提案を願い出た。

「日本で少し真似ごとはやったことがあるけど、僕はここでの水商売がさっぱりわからない、そのコツを学ぶのに一種間ほどここにきて教えてもらえないか、日当はちゃんと出す」

「それは賢明だ、私もあんたが気に入ったので応援したいと思う。こう言ってはなんだが私がこの店
を引き継いだ時、店はほぼ潰れかけていたんだ。オーナーが怠け者でいい加減な奴に店を任せていたので客から見放されていた。場所が良いから買ったけど、客を一人また一人と堀リ起こし、顧客を増やしていったんだ。その秘訣はなんだと思う? このボカ(つまみ)にあるんだよ。酒の品質や値段はどこも同じようなもので、ボカもどこの店も似たようなものを出すけど、ウチでは倍の大きさのものをサービスし、いろんな美味いものを研究して出しているんだよ」

「なるほどね、それでボカのメニューにワンタンや鶏のケバの唐揚げなどがあるわけか? 僕の食ったレバーのフライも旨かったし」

「セビッチェやレバーはどこの店でも出しているが、ウチのは酒飲みに合うようにひと味ひねってある。ワンタンもちょっと辛みを点けて揚げているから、飲んべーは次の一杯をリピートするのさ。ここの貧しい労働者階級は食べ物にはまともに金を使わないくせに、酒には金を渋らないので、ここへ来てはワーロ(コスタリーカの地酒)やヒネブラ(ジン)の五、六杯もひっかけてボカで食事がわりに腹を満たすのさ」

「なるほど、そりゃ良策だ。僕にもそのボカの作り方をぜひ伝授してもらいたい」

当時のコスタリーカのバールやカンテイーナではビールや地酒のワーロなどを注文すれば必ずボカが一品付いてきた。

ワーロやヒネブラは切り売りで小さなグラス一杯がボカ付きで三十円ぐらいであった。

一週間の研修期間で彼がお客に提供していたボカの作り方を全て学び、客層に合わせた接客のし方もおおかた分かった。

彼が三年間かけ地道にコツコツと築いてきた顧客数は数多く、僕が引き継いだ後も店は引き続き盛況を維持した。

4千ドルほどの店の買値は決して高くはなかった。

特に金、土、日の週末は大盛況をきたし店は満杯となった。

開店当初は身重のアウレリアが協力してバーテンダーと会計を務め、彼女の知り合いの真面目な青年を二人ほど給仕に雇い入れ、僕はもっぱら料理係であった。

息を抜く暇もなくこの自立プロジェクトを果敢に遂行した。

もう後戻りはできないのだ。

女房子供との3人家族の経済的自立が最重要課題となっていた。

そうこう奮闘しているうちにアウレリアが子供を出産した。

女の子で、僕がカタリーナと命名し、アウレリアがマリアと付けたので、完全な名前はマリア カタリーナ ハヤタ アリアスとなった。

ラテンアメリカではどこの国でも父母の両姓が子供の名字となる制度をとっている。

さあ、もうこうなると学業どころではなくなった。既に何カ月も授業に出席していなかった。

遅れを取り戻し厳しい競争に打ち勝つ自信はまるでなくなった。

これからも同じ状況が続くとすると、学業を続けるのは不可能で、もはやこれ迄と観念した。

涙を飲んで医学部プロジェクトを断念した。

九州のお袋に手紙で事情を告げると、

「私が生活費と学費の面倒を見てあげるから学業を続けなさい」

との返事が来たが、

「男がこの歳になって学費を貰い、女房子供の面倒までみてもらって、勉強など続けたくはない。一つ目の大学を出してくれただけで十分だ」と断った。

九州の実家が特に裕福でもなく、五人も兄弟がいるのでそれは当然のことであった。

我が若き日の希望はこれで全部、終焉した。

船乗りになって外国航路を駆け巡る夢も諦め、航空機エンジニアになって大空を飛び回る夢も自らついえし、異国で辺境地医者になる夢も挫折して、もう新たな
希望はなくなった。

全ては自業自得、気変わりし易い僕の性格と根気の無い人生の帰結に他ならなかった。

コレをやりたい、アレもやりたい、やってみたらこれはダメ、あれもダメ。たとえ医者になったとしても途中で、つまらないと投げ出してしまうに違いなかったろう。

- - - 一体オマエは将来何になるんだ、オマエはどうしようもない人間だな - - -

と心の底から自己嫌悪した。

一日の激務を終え、疲れた体をベッドに横たえるとすぐに眠りに落ちたが、夜半赤ん坊の泣き声で目を覚ますと、アウレリアがかいがいしくカタリーナの世話をしていた。

彼女の後ろ姿をを見ていて、やるせない気持ちで胸が締め付けられた。

こんなに素晴らしい女性を飲み屋の主の女房にしておいていいのか、僕はコスタリーカくんだりまで彼女と飲み屋をやるために来たんではないだろう。

医学を諦めた喪失感に苛まれながらも、なんとしてでも発展する道を見出さなければならない、という強い思いに駆られた。

しかし今はとにかくこの商売をしっかりと軌道に乗せて、まずは家族の経済的自立を安定させなければならないという決意を新たにした。

早朝6時には同業のバーやレストラン業者の仕入れでごった返すメルカード(市場)で肉や魚や野菜類を競って買い付けして、愛車のムスタングに載せて店に帰って来たら、仕込みをやるのが日常となった。

昼前に開店して、ぶっ通しで深夜までの営業だ。住まいも店の近くの下町に引っ越して、午後の商売が手薄な時に家に帰って仮眠を取るようにした。

業務形態に何も問題はなかったが、強いて不満があるといえば、低所得者層の多い下町だから客層は決して良いとは言えず、飲み逃げ、喰い逃げが頻発した。

その度にカウンターから飛び出し、追っかけて行って後ろから飛び蹴りを食らわせた。

ふん捕まえても文無しから金が取れる訳もなかったが、見せしめとなり、その後このハレンチ飲み逃げはナリをひそめた。

時折店内で客どうしの喧嘩沙汰が起きたが、複数で殴り合いになった時は躊躇せず僕が割り込み酔漢どもを、突き、蹴りで叩き伏せた。

ほっておけばテーブルや窓ガラスを壊されてしまう。

たちまち空手家ハヤタの名声が界隈に広まった。

その後近くのバーからもケンカ騒ぎが起こると、”助っ人をお願い!”と
依頼が来るようになった。

しっかり者だがおとなしそうなエンセルモが三年間もよく我慢したものだ、最後の方は儲かっていてもウンザリして都心に移りたくなったのは無理もない。

一心不乱になって働いた結果、僕が引き継いだ後、売り上げは月を追うごとに増していき、週間中でも十分利益が上がっていたが、週末の売り上げがばく大で、営業経費に家計費の全出費を引いても残りの利益は二千ドルもあった。


当時の二千ドルといえば現在の百万円近くの感じであった。

一年近く頑張った甲斐あっって貯まった金とそれに日本から持参していた学業資金の残りを足して新規開発のウルバニサシオン(住宅造成地)の一角を買って、マイホームを建設することにした。

これで少しは愛する妻への見返りが出来るというものだ。

この商売を通して、この国は飲酒天国で水商売がなかなかいけると手応えを感じた。

そこで僕はもうすこし大きな店で仕事をエンジョイできるタイプのものはないかと物色し始めた。

折良く客の一人から彼の友人がエスカスの中流住宅地帯の繁華街にサロン風のレストランバーを持っていて、売りに出しているという話しを聞き、訪ねて行った。

真新しい木造りの南国風豊かな建物で、家主は隣家のパナデリア(パン製造工房)のオスカーだった。

借主でレストランバーを経営しているのはフランシスコという僕と同年配の若者であった。

コーヒー栽培を家業としている農園主の長男で商売人タイプではなかった。

なかなかの好人物で話しが合い、商談を詰めることもせず二、三度会う度にもっぱらコスタリーカの経済事情や外国情勢などをビールを飲みながら議論する、互いに息抜きの会合を楽しむ友人となった。

彼も若くして大学で経済学を学んだが、一人息子のため会社勤めをすることもなく家業のコーヒー農園経営を引き継いだ。

四度目に会った時、彼の方から、

「私は家業のコーヒー園で忙しくて、店の面倒をよく見れない。このレストランバーが気に入ったら、正直のところ営業はトントンで損もなく利益も出ていないので、店の造作にかかった費用だけ補償してくれたら、権利を引き渡すよ」

と言ってくれた。

「それはありがたい、大いに感謝する」

と僕が言うと、

「君を相手に、高く売りつけようなどとは思わない。君なら手堅く商っていけるだろう。これからの君のコスタリーカにおける新しい人生に乾杯だ」

「サルー!」

と彼が自分のグラスを僕のにぶち当て、商談は決した。

以後彼とは良き友達になり、コーヒー栽培などの話しを興味深く聞いていたが、まさか自分でも実際にコーヒー栽培をやって見ることになるとはその時には予想もしなかった。

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