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第10話「コスタリーカ」 医学部友人、マイクを訪問
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弟を日本へ送り出すと、いよいよ日本との縁が切れて僕はコスタリーカ一色に染まっていった。
もう引き返せない、前へ進むだけだという思いを新たにした。
将来への不安、心細さも心の隅にあったが、アウレリアの僕に対する愛情を感じる時、そういう気の弱さは影をすくめた。
アウレリアとデイトを重ねるたびにコスタリーカの社会や文化について、また世間の人々の慣習や幸福感などを話題に、話し合った。
彼女はまだ将来の展望を決めていなかった。
僕に会ったのが彼女の運命の分岐点になるようで僕は少なからず緊張した。
そういう思いを彼女に告白すると、
「いいのよ心配しなくて、愛する人とどういう成り行きになって、どういう結末を迎えようと後悔しないわ、自分で選んだ道だもの」
と泰然と笑った。
コスタリーカ国立大学に登校の初日、教務課主任がわざわざ僕に面会に来て、
「セニョール ハヤタ、見せたいものがある。ちょっと私について来てくれませんか」
と言うので、彼の後に従い、とある大きな部屋の中に入っていった。
そこにはいろんな種類の真新しい医療器具、機械が整然とおかれていた。
多分医学生の実習室なんだろうと思った。
「セニョール ハヤタ、これらの医療機器は日本政府から寄贈してもらったものです。あなたが頑張って医学部を無事卒業されることを教授、職員一同が期待しています。当校には十人ほど日本からの聴講生がいますが、正規留学生はあなた一人です。どうか我々の期待に応えてください」
「ハイ、一生懸命頑張ります」
僕よりさらに若い者達に混ざって烈苛な競争に打ち勝つのには並々ならぬ努力が必要だと強く自覚していた。
まして自分にはスペイン語のハンデイーもある。
期待に胸が押しつぶされそうになった。
同じスペイン語クラスにアメリカ人の留学生のマイクがいた。
英国系の白人でマリンコープ(海兵隊)あがりの27歳だが学費と生活費は海兵隊からの援助であった。
外国人の医学部留学生という境遇が同じなので、すぐに友達になり、週末の休日に彼のモンロビアの住まいをアウレリアと共に訪問した。
これまではマイクとは英語での会話であったが、今日はアウレリアが一緒なので西語での会話となった。
小高い丘の上の小さな一軒家を借りて犬と一緒に住んでいた。
この犬は彼がケンタッキーから連れてきたというシェパードの雑種であったが、主人である彼の言葉をよく理解し数々の命令を混乱することなく適切に処理したのに僕らは驚いた。
「どのくらいの命令作法をおぼえたの?」
と僕が訊くと、
「今までのところ200通りばかり教えた」
とマイクが満足そうに応えた。
アウレリアが続けて、
「それではコスタリーカで大いに役にたつわね、ここはドロボーが多いから」
「そうなんですよ、それで特別に訓練してるって訳です」
彼も女性に丁寧なフェミニストだ。
「本当にここは泥棒天国だね。僕ももうやられたよ、新しく借りた一軒家を留守にしてカメラや彼女のために日本から持ってきた真珠のネックレスなど盗まれてしまった」
「そりゃ気の毒だ、そんな高価な物を。私も前回の帰国でどうでもいいような物を少し持っていかれたけど」
「お二人ともお気の毒に、コスタリーカは凶悪犯罪は少ないけど泥棒事件だけは多いのよね」
「まあ他のラテンアメリカの国も泥棒は多いけどね。ところで少し早いけど、昼食にアワカテ(アボガド)とハモンセラーノ(生ハム)のサンドイッチを作っておいた。ビールにワインにコークもあるけどコスタリーカ名物のうまいタマリンド ジュースとツマミにしようとセビッチも作ったよ」
マイクが立ち上がりキッチンへ入っていった。
アウレリアと僕も手伝うためとキッチンの造作を見ようと彼の後に従った。
飾り気のないあっけらかんとした広いスペースはいかにもラテン的で高いガラス窓を透して陽光がさんさんと降り注いでいた。
んとした広いスペースはいかにもラテン的で高いガラス窓を透して陽光がさんさんと降り注いでいた。
野菜置き場のストーレッジには盛り沢山の南国風野菜や果物が積まれていて、その臭気が食欲を刺激した。
愉快な談笑の中に会食が始まり、テーブルの上に並べられたさまざまの食べ物をしげしげと見ていたアウレリアが、
「あなたって手先が器用ね、日本人のエイシーもそうだけど、あなた方はドクターに向いてるわ。あなたはコスタリーカでお医者さんになるつもり、マイク?」
「私は無事卒業できたら医師免許を米国に切り替えてアメリカで開業したいと思っているけど、それにもまた試験があるんだよね」
「どうしてまたコスタリーカに留学したの?」
アウレリアが興味深く質問を続けた。
「アメリカで医学を修了するには大学で合計8年もかかってしまう。コスタリーカでははるかに短縮できる事と何といっても学費が安いので奨学金が出やすいのです。ところでエイシーは卒業したらどうするの?」
「僕はコスタリーカの田舎へ行って、辺境地医療をやろうとおもっている」
「それはいい心がけだね、セニョリータ アウレリアは高校卒業後のプランは?」
「うちは私を大学に行かせてくれる余裕はないわ、高校に入ってからも休暇はアルバイトで家計を助けてきたの。父がタクシー1台持って、貨物車のピックアップも持って働いているけど、兄弟が多くて大変なの。国立大に入っても卒業できる自信はないし」
「私もケンタッキーの父が公務員で大学に行かせてもらう余裕がなく、長い間マリンコープ(海兵隊)で奉仕して大学進学の奨学金を得たんです」
「僕は少し恵まれていたけど、それがかえって僕に紆余曲折の人生をもたらしてしまい、いつも試行錯誤さ。今度こそはアウレリアと確実な生活を築きたいと思っている」
「聞いたけど、凄いねえ。一年間に七回半の地球半周、はるばる東京からのデイト旅行。そんな熱愛ストーリー、アメリカでも聞いたことがない。でもアウレリア、君みたいな素晴らしい女性が相手なら納得だ。君たちの将来を祝して、ガッド ブレス ユー(神の祝福を)!」
マイクがワイングラスを高く持ち上げた。
「サンキュー マイク」
と僕が応え、
「グラシアス マイク」
とアウレリアが感謝した。
「サルー!(乾杯!)」
皆んなでトス(祝杯)をした。
三人の友情を祝福するかのように、マイクの愛犬が「ウオー、ウオー」と同調の叫び声をあげた。
もう引き返せない、前へ進むだけだという思いを新たにした。
将来への不安、心細さも心の隅にあったが、アウレリアの僕に対する愛情を感じる時、そういう気の弱さは影をすくめた。
アウレリアとデイトを重ねるたびにコスタリーカの社会や文化について、また世間の人々の慣習や幸福感などを話題に、話し合った。
彼女はまだ将来の展望を決めていなかった。
僕に会ったのが彼女の運命の分岐点になるようで僕は少なからず緊張した。
そういう思いを彼女に告白すると、
「いいのよ心配しなくて、愛する人とどういう成り行きになって、どういう結末を迎えようと後悔しないわ、自分で選んだ道だもの」
と泰然と笑った。
コスタリーカ国立大学に登校の初日、教務課主任がわざわざ僕に面会に来て、
「セニョール ハヤタ、見せたいものがある。ちょっと私について来てくれませんか」
と言うので、彼の後に従い、とある大きな部屋の中に入っていった。
そこにはいろんな種類の真新しい医療器具、機械が整然とおかれていた。
多分医学生の実習室なんだろうと思った。
「セニョール ハヤタ、これらの医療機器は日本政府から寄贈してもらったものです。あなたが頑張って医学部を無事卒業されることを教授、職員一同が期待しています。当校には十人ほど日本からの聴講生がいますが、正規留学生はあなた一人です。どうか我々の期待に応えてください」
「ハイ、一生懸命頑張ります」
僕よりさらに若い者達に混ざって烈苛な競争に打ち勝つのには並々ならぬ努力が必要だと強く自覚していた。
まして自分にはスペイン語のハンデイーもある。
期待に胸が押しつぶされそうになった。
同じスペイン語クラスにアメリカ人の留学生のマイクがいた。
英国系の白人でマリンコープ(海兵隊)あがりの27歳だが学費と生活費は海兵隊からの援助であった。
外国人の医学部留学生という境遇が同じなので、すぐに友達になり、週末の休日に彼のモンロビアの住まいをアウレリアと共に訪問した。
これまではマイクとは英語での会話であったが、今日はアウレリアが一緒なので西語での会話となった。
小高い丘の上の小さな一軒家を借りて犬と一緒に住んでいた。
この犬は彼がケンタッキーから連れてきたというシェパードの雑種であったが、主人である彼の言葉をよく理解し数々の命令を混乱することなく適切に処理したのに僕らは驚いた。
「どのくらいの命令作法をおぼえたの?」
と僕が訊くと、
「今までのところ200通りばかり教えた」
とマイクが満足そうに応えた。
アウレリアが続けて、
「それではコスタリーカで大いに役にたつわね、ここはドロボーが多いから」
「そうなんですよ、それで特別に訓練してるって訳です」
彼も女性に丁寧なフェミニストだ。
「本当にここは泥棒天国だね。僕ももうやられたよ、新しく借りた一軒家を留守にしてカメラや彼女のために日本から持ってきた真珠のネックレスなど盗まれてしまった」
「そりゃ気の毒だ、そんな高価な物を。私も前回の帰国でどうでもいいような物を少し持っていかれたけど」
「お二人ともお気の毒に、コスタリーカは凶悪犯罪は少ないけど泥棒事件だけは多いのよね」
「まあ他のラテンアメリカの国も泥棒は多いけどね。ところで少し早いけど、昼食にアワカテ(アボガド)とハモンセラーノ(生ハム)のサンドイッチを作っておいた。ビールにワインにコークもあるけどコスタリーカ名物のうまいタマリンド ジュースとツマミにしようとセビッチも作ったよ」
マイクが立ち上がりキッチンへ入っていった。
アウレリアと僕も手伝うためとキッチンの造作を見ようと彼の後に従った。
飾り気のないあっけらかんとした広いスペースはいかにもラテン的で高いガラス窓を透して陽光がさんさんと降り注いでいた。
んとした広いスペースはいかにもラテン的で高いガラス窓を透して陽光がさんさんと降り注いでいた。
野菜置き場のストーレッジには盛り沢山の南国風野菜や果物が積まれていて、その臭気が食欲を刺激した。
愉快な談笑の中に会食が始まり、テーブルの上に並べられたさまざまの食べ物をしげしげと見ていたアウレリアが、
「あなたって手先が器用ね、日本人のエイシーもそうだけど、あなた方はドクターに向いてるわ。あなたはコスタリーカでお医者さんになるつもり、マイク?」
「私は無事卒業できたら医師免許を米国に切り替えてアメリカで開業したいと思っているけど、それにもまた試験があるんだよね」
「どうしてまたコスタリーカに留学したの?」
アウレリアが興味深く質問を続けた。
「アメリカで医学を修了するには大学で合計8年もかかってしまう。コスタリーカでははるかに短縮できる事と何といっても学費が安いので奨学金が出やすいのです。ところでエイシーは卒業したらどうするの?」
「僕はコスタリーカの田舎へ行って、辺境地医療をやろうとおもっている」
「それはいい心がけだね、セニョリータ アウレリアは高校卒業後のプランは?」
「うちは私を大学に行かせてくれる余裕はないわ、高校に入ってからも休暇はアルバイトで家計を助けてきたの。父がタクシー1台持って、貨物車のピックアップも持って働いているけど、兄弟が多くて大変なの。国立大に入っても卒業できる自信はないし」
「私もケンタッキーの父が公務員で大学に行かせてもらう余裕がなく、長い間マリンコープ(海兵隊)で奉仕して大学進学の奨学金を得たんです」
「僕は少し恵まれていたけど、それがかえって僕に紆余曲折の人生をもたらしてしまい、いつも試行錯誤さ。今度こそはアウレリアと確実な生活を築きたいと思っている」
「聞いたけど、凄いねえ。一年間に七回半の地球半周、はるばる東京からのデイト旅行。そんな熱愛ストーリー、アメリカでも聞いたことがない。でもアウレリア、君みたいな素晴らしい女性が相手なら納得だ。君たちの将来を祝して、ガッド ブレス ユー(神の祝福を)!」
マイクがワイングラスを高く持ち上げた。
「サンキュー マイク」
と僕が応え、
「グラシアス マイク」
とアウレリアが感謝した。
「サルー!(乾杯!)」
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