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第3章 最期の奇跡(希代の詐欺師逝く)
12.鎮魂歌(レクエイム)
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姜文と蘭華は妖の背中が消えていった方角を、唯呆然と見ていた。
彼女のあまりな迅速な行動が、彼らから思考を奪っていたのである。
一瞬、2度閃光が走った気がした。蘭華は、雷かと思ったが、音など聞こえず、聞こえるのは変わらず穏やかな波音だけだった。
暫くすると、閃光が走っていたと思われる場所の方向から、何かが戻って来る。
自分達とその飛翔物の距離が狭まる度に、そのモノの大きさが少しづつ大きくなる。
飛翔物が凛凛を抱く仙女である事が分かると、蘭華は驚きを隠せない様に姜文に呼びかける。
『姜文様、あの方は、ヒトではないのですか?』
『妖だ・・・以前、私と徐福様達で退治した海の妖、それが彼女だ』
『海の妖・・・。』と、蘭華が自分に言い聞かせる様に呟く。
暫くすると、その海の妖は赤ん坊を連れ、浜辺に戻って来た。
姜文から海の妖と紹介されたその女性は、無表情で言葉をしゃべらず、二人を眺める。
女性が着ている衣服には、黒い汚れが飛び散っていた。
(口にも・・)と思って目を凝らした時、蘭華はそれが人の血痕である事に気づく。
口の周りに赤黒い血痕が、女性の美しい唇から右頬の部分にかけ、白い肌を覆い隠す様についている。
蘭華がゾッとしているのを、知ってか知らずかその血を浴びた無表情の美女が、赤子を抱え蘭華の方に歩き出す。
(私の方に、・・・殺される)と思った蘭華の身体は、本能で一歩後退りする。
息も吸えず、蘭華は唯立っているだけでやっとだった。
蘭華の傍に近づいた妖は、ユックリと抱いていた凛凛を両手で持ち、蘭華へ手渡そうとする。
後足に体重を乗せていた蘭華であったが、反射的に妖の持つ赤子の方に両手がでてしまう。
そして両手にかかった重力に、両手に託された赤子の重みに驚き、怖かった筈の女性へ小走りに歩み寄る。
蘭華は反射的に渡された赤子の顔を確認、その穏やかな寝顔が彼女に少し平静さを取り戻させる。
蘭華は、視線を感じ、顔あげると其処には美女の眼差しがあった。
蘭華を見ていない、彼女がみていたのも、蘭華と同じ赤子の顔であった。
蘭華の心から、恐怖という感情が、急速に抜けていく。それは空気が抜けていく様な感覚であった。
『徐福様、姜文様、御無事ですか? 皆の衆、あれを見ろ!焚き火の近くに人がいるぞ!!』
その時である。驚きのあまり、思わず思考が停止してしまいそうになる蘭華の後ろから漁師の男達の声が聞こえて来たのである。
男達の存在に気づいた妖は、海の方に向き直り、再び海に入っていこうとする。
『姜文様、30日後、又お会いしましょう』
『決意が決まりましたら、これを海に投げて下さい。』と妖は言い、手に出した青い鱗を姜文に手渡す。
『それが海に投げられた時、又此処で・・。)
そう言うと、仙女の姿をした妖は、海に入り、暗闇の世界に戻っていったのである。
『姜文様ぁ、徐福様!』
漁師の長が、慌てながら姜文を目指し走って来た。
長と男達は、徐福の亡骸を見て大いに慌て、そしてその死を知り、その場で泣き崩れた。
突然の、優しく偉大な彼らの指導者の死を、彼らは受け入れる事が出来ず、その憤りを泣く事でしか晴らせなかったのである。
悲しみの時間が永遠に続くのではないかと思われた。
そんな時である。泣き続ける彼らの耳に、暗闇の海の向こうから、彼らを慰めるような優しい歌が聞こえて来たのである。
その歌は、残された生きる者への慰みと死者の安息を願う鎮魂歌であった。
姜文は、その歌を聞き、再び涙を流した。
その涙は、徐福の死を悲しんだ涙だけではなく、歌い手の気持ちを理解した涙であった。
満月の夜、浜辺の海風は、人の温かみを感じさせる匂いがした・・。
彼女のあまりな迅速な行動が、彼らから思考を奪っていたのである。
一瞬、2度閃光が走った気がした。蘭華は、雷かと思ったが、音など聞こえず、聞こえるのは変わらず穏やかな波音だけだった。
暫くすると、閃光が走っていたと思われる場所の方向から、何かが戻って来る。
自分達とその飛翔物の距離が狭まる度に、そのモノの大きさが少しづつ大きくなる。
飛翔物が凛凛を抱く仙女である事が分かると、蘭華は驚きを隠せない様に姜文に呼びかける。
『姜文様、あの方は、ヒトではないのですか?』
『妖だ・・・以前、私と徐福様達で退治した海の妖、それが彼女だ』
『海の妖・・・。』と、蘭華が自分に言い聞かせる様に呟く。
暫くすると、その海の妖は赤ん坊を連れ、浜辺に戻って来た。
姜文から海の妖と紹介されたその女性は、無表情で言葉をしゃべらず、二人を眺める。
女性が着ている衣服には、黒い汚れが飛び散っていた。
(口にも・・)と思って目を凝らした時、蘭華はそれが人の血痕である事に気づく。
口の周りに赤黒い血痕が、女性の美しい唇から右頬の部分にかけ、白い肌を覆い隠す様についている。
蘭華がゾッとしているのを、知ってか知らずかその血を浴びた無表情の美女が、赤子を抱え蘭華の方に歩き出す。
(私の方に、・・・殺される)と思った蘭華の身体は、本能で一歩後退りする。
息も吸えず、蘭華は唯立っているだけでやっとだった。
蘭華の傍に近づいた妖は、ユックリと抱いていた凛凛を両手で持ち、蘭華へ手渡そうとする。
後足に体重を乗せていた蘭華であったが、反射的に妖の持つ赤子の方に両手がでてしまう。
そして両手にかかった重力に、両手に託された赤子の重みに驚き、怖かった筈の女性へ小走りに歩み寄る。
蘭華は反射的に渡された赤子の顔を確認、その穏やかな寝顔が彼女に少し平静さを取り戻させる。
蘭華は、視線を感じ、顔あげると其処には美女の眼差しがあった。
蘭華を見ていない、彼女がみていたのも、蘭華と同じ赤子の顔であった。
蘭華の心から、恐怖という感情が、急速に抜けていく。それは空気が抜けていく様な感覚であった。
『徐福様、姜文様、御無事ですか? 皆の衆、あれを見ろ!焚き火の近くに人がいるぞ!!』
その時である。驚きのあまり、思わず思考が停止してしまいそうになる蘭華の後ろから漁師の男達の声が聞こえて来たのである。
男達の存在に気づいた妖は、海の方に向き直り、再び海に入っていこうとする。
『姜文様、30日後、又お会いしましょう』
『決意が決まりましたら、これを海に投げて下さい。』と妖は言い、手に出した青い鱗を姜文に手渡す。
『それが海に投げられた時、又此処で・・。)
そう言うと、仙女の姿をした妖は、海に入り、暗闇の世界に戻っていったのである。
『姜文様ぁ、徐福様!』
漁師の長が、慌てながら姜文を目指し走って来た。
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突然の、優しく偉大な彼らの指導者の死を、彼らは受け入れる事が出来ず、その憤りを泣く事でしか晴らせなかったのである。
悲しみの時間が永遠に続くのではないかと思われた。
そんな時である。泣き続ける彼らの耳に、暗闇の海の向こうから、彼らを慰めるような優しい歌が聞こえて来たのである。
その歌は、残された生きる者への慰みと死者の安息を願う鎮魂歌であった。
姜文は、その歌を聞き、再び涙を流した。
その涙は、徐福の死を悲しんだ涙だけではなく、歌い手の気持ちを理解した涙であった。
満月の夜、浜辺の海風は、人の温かみを感じさせる匂いがした・・。
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