王になりたかった男【不老不死伝説と明智光秀】

野松 彦秋

文字の大きさ
55 / 168
第4章 狂王の末路

5.姜文、狂王の影に気づく

しおりを挟む
蘭華は、毎朝起きると先ず二人分の食事をつくる。

それを持って、姜文の家に向かうのである。

面倒見の良い彼女は、徐福の葬儀の次の日からその日課を続けていた。

その日も、何時も通り二人分の朝食を持って姜文の家に出掛けた。

姜文の家につき、蘭華は姜文に声をかけたが応答は無かった。

姜文の精神状況は少しずつ回復に向かってはいるが、未だ眠れない日が続いているようであった。

蘭華は、姜文を起こさない様に家に入り、慣れた手つきで部屋の掃除を始める。

掃除を開始して間もなく、外から物音がして、蘭華は気になり玄関から顔を出す。

すると、其処には仙女の姿をした妖フォンミンが立っていた。

『ひぃいい~』

予想していなかった彼女の来訪に、思わず悲鳴を上げてしまう蘭華であった。

彼女の反応は無理もない、フォンミンは美しい顔なのだが無表情である。

更に初めて会った日、彼女は飽桀の返り血を浴び、血だらけにした顔を蘭華に見せている。

その時の記憶が、一瞬だが彼女を緊張させ、恐怖を思い出させる。

『・・フォンミン殿ですか・・今日も来て下さったのですか』

『・・・・ランカ殿、姜文様はいらっしゃいますか』

『聞きたい事が有って、参りました』

『キョウブンさま、はい、ハイッ、おります 先ずは中へお入りください』

蘭華は、フォンミンが帰ってしまわない様に、慌てて彼女を中にいれようとした。

蘭華が、自分の訪問を許してくれた事を知ったフォンミンの顔が少しだけ変化する。

笑顔になるとか、表情がでるとかではない。
無表情はそのままなのだが、彼女の一瞬緊張がとれた様な空気が蘭華には伝わった。

蘭華はそれが嬉しかった。

フォンミンを椅子に座らせ、蘭華は早歩きで姜文の寝室へ向かう。

扉越しに、姜文へ呼びかけると、眠たそうな目をしてはいるが、驚いた顔で姜文は飛び出してきた。

『蘭華殿、おはようございます。フォンミンが来ているというのは、本当か?』

『私が呼んでいないのに、彼女自身で私の家に・・』

『はい、あちらで椅子に座っております』

『フォンミン殿!よく参られた、よく参られた』と姜文はそう言いながら居間に早歩きで向かう。

蘭華も、それをみて、自分は台所へ向かう。

『はちみつ、お湯を沸かさなきゃ!』、急に湧いた使命に、蘭華の気持ちも盛り上がっていた。

姜文が居間にはいると、無表情な仙女は、昨日と同じく部屋の隅々を興味深げに見ていた。

『フォンミン殿、今日も来てくれるとは嬉しいぞ』

『どうしたのじゃ』と笑顔で言い、姜文はフォンミンの座る席の向いに腰をおろした。

『姜文様、今日は貴方様にお伝えしたい事、お聞きしたい事があって参りました』

『凛凛をさらおうとした男ですが、名は飽桀と申しておりました』

『・・・飽桀・・あの男か‥やはり』

姜文が漁師の長より、飽桀が行方不明だと聞いたのは3日前であった。

徐福と陸信の死から立ち直れなかった姜文に、漁師の長が気兼ねして報告をしていなかったのである。

あの日、徐福と陸信がなくなり、凛凛も誘拐されそうになった。

妖であるフォンミンが誘拐した男を殺し、凛凛を取り戻してくれたが、船もその男の亡骸も未だ見つかっておらず、姜文も犯人が誰だったかを知らなかったのである。

それまで姜文は、二人の死と凛凛の誘拐が関係しているのではと疑ってはいたが、断定迄はしていなかった。

子供のいない夫婦が、乳飲み子をさらって自分達の子として育てるという話は、この時代それほど珍しい事件では無かったのも一つの要因である。

しかし、フォンミンの口から飽桀の名を聞いて、姜文は今回陸信が殺された理由は凛凛が、いや不老不死の霊薬が関わっていた事を確信したのであった。

内容が内容だけに、姜文の顔から笑顔が消えた。

『フォンミン殿、貴女はどうしてその男の名を知っている?』

『その男は自身で名乗ったのか?』

『いえ、その男の記憶を読みました』

『貴女は、そんな事もできるのか・・、では奴の目的もご存知か?』

『はい、あ奴の故郷の国、姜文様達がこの地に参られる前にいた国の王が、不老不死を願い、凛凛を連れて来るように、その男に命じたのです』

『始皇帝』

『あの狂王が・・・』

『そうか・・、未だ諦めていなかったのか・・あの狂人は』と姜文は、頭の中を整理する様にとぎれとぎれに呻くように呟く。

『・・・つまり、あの狂人が、凛凛が貴女の角を食べ、それを食べると不老不死になれる事迄知っていると申すのか!』と、姜文は声を高くし、驚きの声をあげる。

その言葉を聞き、無表情の仙女は無言で頷いたのである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

【読者賞受賞】江戸の飯屋『やわらぎ亭』〜元武家娘が一膳でほぐす人と心〜

☆ほしい
歴史・時代
【第11回歴史・時代小説大賞 読者賞受賞(ポイント最上位作品)】 文化文政の江戸・深川。 人知れず佇む一軒の飯屋――『やわらぎ亭』。 暖簾を掲げるのは、元武家の娘・おし乃。 家も家族も失い、父の形見の包丁一つで町に飛び込んだ彼女は、 「旨い飯で人の心をほどく」を信条に、今日も竈に火を入れる。 常連は、職人、火消し、子どもたち、そして──町奉行・遠山金四郎!? 変装してまで通い詰めるその理由は、一膳に込められた想いと味。 鯛茶漬け、芋がらの煮物、あんこう鍋…… その料理の奥に、江戸の暮らしと誇りが宿る。 涙も笑いも、湯気とともに立ち上る。 これは、舌と心を温める、江戸人情グルメ劇。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

航空自衛隊奮闘記

北条戦壱
SF
百年後の世界でロシアや中国が自衛隊に対して戦争を挑み,,, 第三次世界大戦勃発100年後の世界はどうなっているのだろうか ※本小説は仮想の話となっています

処理中です...