王になりたかった男【不老不死伝説と明智光秀】

野松 彦秋

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第6章 土岐家の名君

13.二つの書状

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1547年9月、尾張の国。

尾張守護代奉行ぶぎょう織田信秀の居城清州城の一室で、3人の男達が話をしていた。

『信秀殿、ワシは何時美濃に戻れる?』

『ワシが守護職を辞したのは、お主が必ずワシを復職させるという、お主の言葉を信じたからじゃ』

『もう既に、半年以上もが経ってしまった、お主は美濃の事をどうするつもりじゃ』

男はそう言うと、癖なのか、自分の持つ長い髭を右手の親指と人指指で触り、その指先を忙しく動かしている。

『頼芸様、焦る御気持ちは分かりますが、物事をなすには慌てず、時勢を見る事が大事です』

『もう半年以上ではなく、未だ半年とお考え下さい』

そう答えたのは、質問された男ではなく、二人の横に座っていた、白髪交じりの男であった。

男は歴戦の猛者なのか、顔には刀で切られた大きな傷があった。

『平手よ、頼芸よりのり様は、ワシに問うたのじゃ、お主は口を挟むでない』

『ハッ!申し訳ございませぬ』

平手と呼ばれた初老の男は、そう謝罪するとその場で両手を畳につけ頭を下げる。

出過ぎた家来をタシナメタ後、清州城の城主織田信秀は、その鋭い眼光を頼芸に向け、そしてユックリと語り始めた。

『頼芸様、ワシも美濃の国の事は毎日注視しておる』

『しかし、未だ時期ではない』

『貴方の甥、頼純殿と道三との間で事が起きるのをお待ち下され・・』

『その時こそ、我らが兵を率いて、大桑城に入り、頼純殿、それを支援する朝倉の兵と共に道三を討つ』

『・・・その時まで、そうじゃな・・頼芸さまが得意とする鷹の絵でも描いていて下され・・』

『その時とは、何時じゃ』

『・・・クドイ!』と、低い声であるが、信秀は頼芸が確かに聞こえる声で、短く叱りつける様に言い放つ。眼光は睨みつける様に鋭い。

信秀は暫し沈黙した後、お願いするような声で、再び口を開く。

『頼芸様、申し訳ござらぬが、これからワシはこの平手と別件の話がある、今日はこれで下がられよ』

信秀がそう言うと、頭を下げていた平手政秀が顔を上げ、廊下の方向を向き声を上げる。

『柴田!権六ごんろくよ、其処に居るのだろう・・、頼芸様をお部屋にお連れしろ!』

『ハッ!』

答えた男が丁寧に襖を開け、部屋に入ってくる。

大男である。

巨漢の男は、先ずは主君信秀に一礼し、その後、頼芸の目の前で膝を落とし、頼芸に立つ様に促し、そして連れて行く。

二人の気配が遠くに行ったことを確認すると、平手政秀がヤレヤレと呆れた表情になり、己の主君信秀に話かける。

『頼芸様にも、困りましたな。あの御方は、未だ己が美濃の国の守護だと、殿と己が同等だと勘違いされておる・・』

『平手、無駄口は良い。用とは何だ』

『ハッ、二つの書状が届いております。一通は、越前の朝倉宗滴殿より、そしてもう一通は、美濃の斎藤道三殿からでございます』

『・・・・ほう、それは奇遇じゃな、頼芸様を呼び戻すか?』

『お戯れを・・・』と言った、政秀は主君の表情を真意を測るべく、じっと信秀の表情をみつめる。

『・・・先ずその二つの書状を見せよ』と、信秀はそう言う。信秀の表情は、冷静であった。

平手政秀は、信秀に持参した書状を手渡す。

信秀は、ユックリと二通の書状に目をとおし、その後暫く目を閉じ考える。

考えがまとまり、目を開けた信秀は側近平手政秀にだけ聞こえる声で呟く。

『決めた、ワシは道三と和解する。美濃を味方にし、後顧の憂いを断つ。そして敵は、駿府の今川義元じゃ』

『???。殿、何を言われます・・。書状の内容とは・・』、困惑する表情をする平手政秀、暫くし、主君の言葉の意味が分かったのか、表情を変える。

『・・・殿、何か新しき御指図がございますでしょうか?』

部屋に残った二人が、こんなやり取りをしている中、部屋から出された土岐頼芸は丁度自分の部屋に戻っていた。

部屋に着いた頼芸は、ブツブツと独り言を言っていた。

『これでは、ワシは美濃に一生戻れず、このまま朽ち果ててしまう・・』

『どうすれば、どうすれば、頼純と道三の間で、事が起きる』

『事、事、事?、事とは何じゃ?二人の関係を壊す、方法は?』

『そうじゃ、事が起きるのを待つのではない。事をワシが起こすのじゃ』

『・・・そうじゃ、そうじゃ、頼純と、道三を繋ぐものを壊せばいいのじゃ』

『繋ぐモノ、・・・繋ぐ・・そうじゃ娘じゃ。娘がおるでは無いか』

『繋ぐ者、祝言をあげた、あの憎き道三の娘を殺せば、娘を殺された道三は、頼純を恨んで殺す筈だ』

『道三が守護を殺したとなれば、それがワシの大義名分となる』

『朝倉と織田の連合軍を率いて、ワシは道三を討ち、そして美濃に、守護職として返り咲ける』

頼芸は、自分の頭の中で書いた筋書きが、自分の確定した未来だと信じたのであった。

その後、頼芸の家来の一人が一通の書状を持って美濃へ向かったのである。

書状の宛先は、土岐家と昔から関係のある暗殺を生業にする忍びの者であり、内容は道三の娘、帰蝶を暗殺せよという内容であった。

季節は、夏から秋に変わろうとしていたのである。
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