98 / 168
第6章 土岐家の名君
21.招かれざる客【後編】
しおりを挟む
頼純が大桑城の城門に着いた時は、既に夕暮れ時であった。
門の外には、土岐頼芸と頼芸が率いてきた武装した3千の兵達がおり、声は出さぬがその者達の身体が動いているのか、静寂の中、時折、カチャカチャと音が聞こえてくる。
頼純は、門に着くと先ずは家来達に武器を持つように指示を出した。
そして、一人の男を呼び、その者に密命を与える。
男は小柄な男であった。
頼純が大桑城へ入ってから、頼純自ら見出し家来として雇った男である。
『嘉門、お主の初仕事の日が来たぞ・・』
『この書状を、稲葉山城にいる我が舅、道三殿に届けてくれ』
頼純が手に持った書状を男の前に差し出すと、男は両手で丁重に受け取る。
『門の前に居るのは、敵兵じゃ。急ぎ、稲葉山城へ向かい、援軍を呼んできてくれぃ!』
『間もなく、日が暮れる。お主は、日が暮れるのを待って、裏門から稲葉城へ向かえ』
『多分、裏門にも敵兵がおると思うが、お主の足なら振り切れる筈じゃ・・・』
頼純がそういうと、命令された男は地面に頭を擦り付け、力強く口を開く。
『この、工藤嘉門、身命をかけて、必ずやり遂げまする』
『オウ、ワシの目に狂いは無かったと、皆に見せるのじゃ。頼りにしておるぞ!頼む!!』
命令された男は、その言葉を聞き、己の主の顔を見る為に顔を上げた。
その顔には、己の主を救いたいという使命感が漲り、主の頼りにしているという優しい言葉に感動したのか、目は赤くなっていた。
男は、頼純の顔を見ると又直ぐに頭を伏せ、その後、『それでは、ゴメン』と言い、頼純の元を走り去っていった。
事前にやるべき事が総て終わった頼純は、門兵に指示を出し門を開けさせる。
門が開くと、武器を持たせた兵達が頼純より先行して門外に飛び出し、城門の上に配置した弓兵も、3千の土岐頼芸の兵達に弓を構える。
弓を向けられた3千の兵達の心の動揺を現すかのように、カチャカチャと甲冑が擦れる音が大きくなる。
その時、一人の男の声が、聞こえて来た。
『我は、前守護職、土岐頼芸である。その我に弓矢を向けるとは何事じゃ!!』
頼芸の声には、明らかに怒気が含まれている。
声が止み、暫く沈黙の時間が生じたが、その声を受け、頼純も門の外に出ていく。
『伯父上、お久しぶりでござる。頼純でございます』
頼芸の声よりも、さらに大きい声で、頼純は皆に伝わる様に招かれざる客に表面上の挨拶をした。
しかし、その言葉は更に続く。
『突然、武装した兵を引き連れて来られ、弓矢を向けるなというのがオカシキ事!』
『今日は何用でございますか?』
『おおう、頼純殿!今日は、お主を助ける為に援軍に来たのじゃ!!』
甥っ子を見つけ、頼芸は声の様子を変える、その言い様は芝居かかっていてわざとらしい。
『伯父上、ワシを助けて下さるとは、有り難いが、ワシを助けるのであれば、今日は兵を連れ、帰って頂きたい!』
頼純の声は、冷静であり、決して挑発的なモノでは無かった。
『今、叔父上の兵をこの城へ迎え入れると、それを口実に、舅殿の兵達がこの大桑城へ押し寄せて参りまする!我が兵達と叔父上の兵達だけで数が足りませぬ、太刀打ちできる相手ではございませぬ。』
『始まりは、そうかも知れぬが、織田や朝倉、美濃国にも我が土岐家に忠義の心を持つ者達が大勢おる』
『我らがこの大桑城で、持ちこたえていれば、その者達が兵を挙げる!!』
『伯父上、それは戯言、正に絵に描いた餅でございます。絵に描いた餅は実際の餅よりも美味そうだが、所詮は、絵、実体が無い物は食えませぬ』
『私、頼純は、この一年、何故、美味しくもない餅を、守護職を、道三の傀儡と分かっていながら、やっていたか、わかりますか?』
『それが、今の美濃国の実体だからです』
『道三が美濃国を治めようが、我らが治めようが、美濃国の民達の命、生活が守られ、日々無事であれば良いでは有りませんか?』
『舅殿は、我が土岐家に名誉は返してくれました。それで、我らが満足せず、元に戻りたいと言えば、我が土岐家は滅びまする』
『ワシは、帰蝶、道三の娘と祝言を挙げました。道三亡き後、我らの息子達の時代に、斎藤家と土岐家が一つになり、その子孫達が、この国を治めていけば良いだけです』
『そうすれば、伯父上が望むモノは、美濃は我ら土岐家の手に戻って来るのです・・』
『・・・ですから、今日は、どうか兵を連れてお戻りくださ・・い』
そう言いながら、頼純は無意識に泣いていた。目から涙が零れ落ちていた。
(伯父上も、亡き父も、どうして、若輩のワシにもわかる、こんなに簡単な事が分からないのだろうか・・)
(国を治める者の、一番大事な事を、志を、忘れてしまっていた自分達(土岐家)だから、国は奪われたのではないか)
頼純の涙は、自分の一族の年長者達に対しての失望であった。
『・・・このウツケ者が、道三の傀儡になっている自分が恥ずかしいと思わんのか!』
『やはり、お主には守護は務まらん、死んで、亡き一族達に詫びよ!!』
そう言うと、頼芸は自分の片手をあげた。
頼芸が片手を挙げてから、数秒後、一発の銃声が鳴り響いた。
(・・・熱い、なんじゃ、これ・・・)
頼純は、自分の腹が燃やされるような熱さを感じた。
反射的に傷口を抑えたのだが、抑えた手の下から感じる感触は、濡れたモノを掴んだ時の不快感であった。
『殿ッ、』
倒れかける頼純を、抱えようと数名の家来達が急いで駆け寄る。
一瞬、暗闇がパッと晴れた気がした、叔父、頼芸の顔の口が、唇の赤さがやけに印象的であった。
しかし急激にその色は無くなり、気がつけば、情景は灰色になっていた。
『帰蝶・・』
急に襲って来た暗闇の世界で、頼純は最期の力を振り絞って呟いた言葉は、幼い我が妻の名であった。
招かれざる客が、土岐家の名君になるべく男を死に追いやったのであった。
その年、土岐頼純は23歳、早すぎる死であった。
門の外には、土岐頼芸と頼芸が率いてきた武装した3千の兵達がおり、声は出さぬがその者達の身体が動いているのか、静寂の中、時折、カチャカチャと音が聞こえてくる。
頼純は、門に着くと先ずは家来達に武器を持つように指示を出した。
そして、一人の男を呼び、その者に密命を与える。
男は小柄な男であった。
頼純が大桑城へ入ってから、頼純自ら見出し家来として雇った男である。
『嘉門、お主の初仕事の日が来たぞ・・』
『この書状を、稲葉山城にいる我が舅、道三殿に届けてくれ』
頼純が手に持った書状を男の前に差し出すと、男は両手で丁重に受け取る。
『門の前に居るのは、敵兵じゃ。急ぎ、稲葉山城へ向かい、援軍を呼んできてくれぃ!』
『間もなく、日が暮れる。お主は、日が暮れるのを待って、裏門から稲葉城へ向かえ』
『多分、裏門にも敵兵がおると思うが、お主の足なら振り切れる筈じゃ・・・』
頼純がそういうと、命令された男は地面に頭を擦り付け、力強く口を開く。
『この、工藤嘉門、身命をかけて、必ずやり遂げまする』
『オウ、ワシの目に狂いは無かったと、皆に見せるのじゃ。頼りにしておるぞ!頼む!!』
命令された男は、その言葉を聞き、己の主の顔を見る為に顔を上げた。
その顔には、己の主を救いたいという使命感が漲り、主の頼りにしているという優しい言葉に感動したのか、目は赤くなっていた。
男は、頼純の顔を見ると又直ぐに頭を伏せ、その後、『それでは、ゴメン』と言い、頼純の元を走り去っていった。
事前にやるべき事が総て終わった頼純は、門兵に指示を出し門を開けさせる。
門が開くと、武器を持たせた兵達が頼純より先行して門外に飛び出し、城門の上に配置した弓兵も、3千の土岐頼芸の兵達に弓を構える。
弓を向けられた3千の兵達の心の動揺を現すかのように、カチャカチャと甲冑が擦れる音が大きくなる。
その時、一人の男の声が、聞こえて来た。
『我は、前守護職、土岐頼芸である。その我に弓矢を向けるとは何事じゃ!!』
頼芸の声には、明らかに怒気が含まれている。
声が止み、暫く沈黙の時間が生じたが、その声を受け、頼純も門の外に出ていく。
『伯父上、お久しぶりでござる。頼純でございます』
頼芸の声よりも、さらに大きい声で、頼純は皆に伝わる様に招かれざる客に表面上の挨拶をした。
しかし、その言葉は更に続く。
『突然、武装した兵を引き連れて来られ、弓矢を向けるなというのがオカシキ事!』
『今日は何用でございますか?』
『おおう、頼純殿!今日は、お主を助ける為に援軍に来たのじゃ!!』
甥っ子を見つけ、頼芸は声の様子を変える、その言い様は芝居かかっていてわざとらしい。
『伯父上、ワシを助けて下さるとは、有り難いが、ワシを助けるのであれば、今日は兵を連れ、帰って頂きたい!』
頼純の声は、冷静であり、決して挑発的なモノでは無かった。
『今、叔父上の兵をこの城へ迎え入れると、それを口実に、舅殿の兵達がこの大桑城へ押し寄せて参りまする!我が兵達と叔父上の兵達だけで数が足りませぬ、太刀打ちできる相手ではございませぬ。』
『始まりは、そうかも知れぬが、織田や朝倉、美濃国にも我が土岐家に忠義の心を持つ者達が大勢おる』
『我らがこの大桑城で、持ちこたえていれば、その者達が兵を挙げる!!』
『伯父上、それは戯言、正に絵に描いた餅でございます。絵に描いた餅は実際の餅よりも美味そうだが、所詮は、絵、実体が無い物は食えませぬ』
『私、頼純は、この一年、何故、美味しくもない餅を、守護職を、道三の傀儡と分かっていながら、やっていたか、わかりますか?』
『それが、今の美濃国の実体だからです』
『道三が美濃国を治めようが、我らが治めようが、美濃国の民達の命、生活が守られ、日々無事であれば良いでは有りませんか?』
『舅殿は、我が土岐家に名誉は返してくれました。それで、我らが満足せず、元に戻りたいと言えば、我が土岐家は滅びまする』
『ワシは、帰蝶、道三の娘と祝言を挙げました。道三亡き後、我らの息子達の時代に、斎藤家と土岐家が一つになり、その子孫達が、この国を治めていけば良いだけです』
『そうすれば、伯父上が望むモノは、美濃は我ら土岐家の手に戻って来るのです・・』
『・・・ですから、今日は、どうか兵を連れてお戻りくださ・・い』
そう言いながら、頼純は無意識に泣いていた。目から涙が零れ落ちていた。
(伯父上も、亡き父も、どうして、若輩のワシにもわかる、こんなに簡単な事が分からないのだろうか・・)
(国を治める者の、一番大事な事を、志を、忘れてしまっていた自分達(土岐家)だから、国は奪われたのではないか)
頼純の涙は、自分の一族の年長者達に対しての失望であった。
『・・・このウツケ者が、道三の傀儡になっている自分が恥ずかしいと思わんのか!』
『やはり、お主には守護は務まらん、死んで、亡き一族達に詫びよ!!』
そう言うと、頼芸は自分の片手をあげた。
頼芸が片手を挙げてから、数秒後、一発の銃声が鳴り響いた。
(・・・熱い、なんじゃ、これ・・・)
頼純は、自分の腹が燃やされるような熱さを感じた。
反射的に傷口を抑えたのだが、抑えた手の下から感じる感触は、濡れたモノを掴んだ時の不快感であった。
『殿ッ、』
倒れかける頼純を、抱えようと数名の家来達が急いで駆け寄る。
一瞬、暗闇がパッと晴れた気がした、叔父、頼芸の顔の口が、唇の赤さがやけに印象的であった。
しかし急激にその色は無くなり、気がつけば、情景は灰色になっていた。
『帰蝶・・』
急に襲って来た暗闇の世界で、頼純は最期の力を振り絞って呟いた言葉は、幼い我が妻の名であった。
招かれざる客が、土岐家の名君になるべく男を死に追いやったのであった。
その年、土岐頼純は23歳、早すぎる死であった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
独裁者・武田信玄
いずもカリーシ
歴史・時代
国を、民を守るために、武田信玄は独裁者を目指す。
独裁国家が民主国家を数で上回っている現代だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。
【第壱章 独裁者への階段】 純粋に国を、民を憂う思いが、粛清の嵐を巻き起こす
【第弐章 川中島合戦】 甲斐の虎と越後の龍、激突す
【第参章 戦争の黒幕】 京の都が、二人の英雄を不倶戴天の敵と成す
【第四章 織田信長の愛娘】 清廉潔白な人々が、武器商人への憎悪を燃やす
【最終章 西上作戦】 武田家を滅ぼす策略に抗うべく、信長と家康打倒を決断す
この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です))
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる