王になりたかった男【不老不死伝説と明智光秀】

野松 彦秋

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第9章 世代交代への動き

3.もうひとりの息子

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天文17年(1548年)4月、織田信秀の嫡男織田信長と、斎藤道三の娘帰蝶の婚約が発表された。

それは、尾張・美濃の周辺の国の人々にとってみては、寝耳に水という様な大ニュースであった。

犬猿の中であったはずの両国が同盟する事を意味していたからである。

しかも、この年の2月、斎藤軍が大垣城を武力によって奪ったばかりである。

この情報は驚きと共に伝わり、そして彼らを警戒させるのには十分であった。

二人の祝言は、翌年の始め頃になるという事、其れは正式に美濃と尾張が手を結んだ事を意味していたからである。

大垣城を暫定的に任された稲葉一鉄にもこの事が伝えられた。

道三の側近である彼にとってみれば、以前より内内ないないに聞いていた事が公になっただけであったが、其れを届けに来た者が特別であった。

美濃3人衆の一人、安藤守就あんどうもりなりである。

守就もりなりは、道三の命を受け大垣城の正式な城代として赴任し、稲葉一鉄と交代する為に来たのであった。

大垣城は、元々斎藤家のモノであった為、二人の引継ぎは淡々と進み、その日の夜は一鉄と守就もりなりは、久しぶりに酒を酌み交わした。

二人の内容は、帰蝶の婚約から始まり、織田との同盟、今後の斎藤家の行く末について語り合った。

安藤守就もりなりは、立派な顎髭を携えた眉毛の太い武骨な男である。

歴戦の猛者で、その小柄な体には多くの古傷が所せましと刻まれていた

しかし、顔立ちは優しく、黙っていれば小熊の様な愛嬌があった。

『稲葉ぁ、此処だけの話、お主今回の織田との同盟、どう見ておる・・』

酒がススムにつれ、守就もりなりの言葉が荒れる。

それは会社で、上司が一回り下【守就もりなりはこの時45歳、一鉄33歳】の部下に、愚痴を溢す様であった。

『・・・正直、分かりません。道三様のお気持ちが読めておりません』

一鉄の口調は、守就もりなりとは未だ違い、冷静であった。

『ワシもじゃ、大垣城を取り戻し、さあ、イヨイヨ織田へ攻め込めると・・』

『いう時に、織田と同盟とは・・・、斎藤道三ともあろう者が老いたとしか言いようが無い』

守就もりなり殿、殿を呼び捨てとは・・・酔っておりますな』

『ワシは酔ってはおらん、ワシは悲しいのじゃ、殿の気弱な姿が・・・』

『気弱な姿・・・ですか?』

『そうじゃ、気弱じゃ、尾張を見てみろ・・』

『機会があれば、領土拡大を狙っておる』

『三河松平家の御曹司を誘拐するわ、その国を奪わんと兵を再三出す』

『負けはしたが、6千の兵で倍の今川・松平連合軍と互角に渡り合ったのじゃ』

『勢いが違う・・いきおいが、我らと織田では全然違うのじゃ・・』

『老いた、老いたのよ、我らが主、道三様は!攻めではなく、守りに入っておる!』

守就もりなりはそう言うと、自分の近くにあったお銚子を奪い取る様にとり、盃に入れるのではなく、銚子の口から、自分の口に直接酒を流し込む。

(この人は、普段は、大人しい人なのだが、酒が入ると、日頃我慢している事が総て出る・・)

(やはり、家来達をこの部屋から離して置いて正解だった・・・)

一鉄は、そんな事を思いながら、気にしてない素振りで、別のお銚子をとり自分の盃に酒を注いだ。

『稲葉ぁ、お主、ワシの話を真面目に聞いておるのかぁ・・ワシは悲しいのじゃ』

守就もりなりは、そう言うと少し涙ぐんだ。

『何もそれ程悲観する事はありますまい、我らには義龍様という立派な跡取りが居りまする』

『殿も、そろそろ、義龍様に家督をと、考えているのではござんらんか・・』

『義龍様が、家督を継ぎ、落ち着くまでの、暫定的な同盟かもしれませぬ・・』

『・・・義龍さまぁ』

守就もりなりも、一鉄の言葉を聞き、思い出したかのように道三の嫡男の名前を口に出した。

『そうだ、それなら良い、問題ない、殿も、早く義龍様に家督を譲れば良いのじゃ』

『稲葉ぁ、お主からも、次殿にあったら家督を義龍様に御譲りする様に進言してくれ!』

『エッ、ワシがですかぁ、下手すると道三様の気分を害する可能性も、・・嫌ですぞ』

『お主を置いて、誰が居る。義龍様の母は、其方の姉、適任ではないか!』

『・・・お主は、この城に居るから知らんかもしれんが、稲葉山城ではキナ臭い噂がでておる』

『キナ臭いウワサ・・なんですか、それは?』

『殿が、義龍様に家督を譲らないのは、ゆくゆくは義龍様を廃嫡し、次男の孫四郎様に家督を譲らせる為なのではないか・・という噂じゃ』

『孫四郎さまは、未だ元服もしておらぬ、14歳じゃ、有り・・』

『孫四郎様が元服するのを待っておるのかもしれん』

一鉄が未だ言葉を言い終えないのに、、守就もりなりはその言葉を否定する様に打ち消した。

『孫四郎様は、正妻小見の方の子、次男といっても帰蝶様と同じ正妻の子じゃ』

『聞くと、昨年義龍様は土岐頼純様を見殺しにしたと、道三様を厳しく責めたらしい』

『その時から、殿は義龍様と会おうともしていない・・』

『道三様から寵愛うける孫四郎様派、つまり明智家と、我ら美濃3人衆が推す義龍様派で後継者争いが起こっておるという噂じゃ』

『???、安藤殿、ワシが大垣城に居るのに、どうしてそんな噂が流れるのじゃ』

『派閥の中心となるべく、ワシが留守なのに、どうして』

『此処だけの話、氏家殿じゃ、氏家殿が将来を見据え、動いておる』

『将来?将来とは?』

一鉄の質問を、守就もりなりは聞いていたが答えない。

『・・・殿亡き後の、斎藤家という事か』

一鉄は、自分の導き出した回答を呟く。

守就もりなりはその答えを聞き、ただ黙って頷くのみであった。

『孫四郎様・・ワシはあの方がどんな方なのか、分らん』

『何を考えているのか、腹の底が読めんのじゃ・・』

守就もりなりが、正直に自分の思いを打ち明ける。

『義龍様は。不器用だが一本気な方、しかし、あの方は・・・』

(何か、狂気を感じる・・)

一鉄は、口には出さず、自分の心の中で、そう言葉を続けた。
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