140 / 168
第9章 世代交代への動き
3.もうひとりの息子
しおりを挟む
天文17年(1548年)4月、織田信秀の嫡男織田信長と、斎藤道三の娘帰蝶の婚約が発表された。
それは、尾張・美濃の周辺の国の人々にとってみては、寝耳に水という様な大ニュースであった。
犬猿の中であったはずの両国が同盟する事を意味していたからである。
しかも、この年の2月、斎藤軍が大垣城を武力によって奪ったばかりである。
この情報は驚きと共に伝わり、そして彼らを警戒させるのには十分であった。
二人の祝言は、翌年の始め頃になるという事、其れは正式に美濃と尾張が手を結んだ事を意味していたからである。
大垣城を暫定的に任された稲葉一鉄にもこの事が伝えられた。
道三の側近である彼にとってみれば、以前より内内に聞いていた事が公になっただけであったが、其れを届けに来た者が特別であった。
美濃3人衆の一人、安藤守就である。
守就は、道三の命を受け大垣城の正式な城代として赴任し、稲葉一鉄と交代する為に来たのであった。
大垣城は、元々斎藤家のモノであった為、二人の引継ぎは淡々と進み、その日の夜は一鉄と守就は、久しぶりに酒を酌み交わした。
二人の内容は、帰蝶の婚約から始まり、織田との同盟、今後の斎藤家の行く末について語り合った。
安藤守就は、立派な顎髭を携えた眉毛の太い武骨な男である。
歴戦の猛者で、その小柄な体には多くの古傷が所せましと刻まれていた
しかし、顔立ちは優しく、黙っていれば小熊の様な愛嬌があった。
『稲葉ぁ、此処だけの話、お主今回の織田との同盟、どう見ておる・・』
酒がススムにつれ、守就の言葉が荒れる。
それは会社で、上司が一回り下【守就はこの時45歳、一鉄33歳】の部下に、愚痴を溢す様であった。
『・・・正直、分かりません。道三様のお気持ちが読めておりません』
一鉄の口調は、守就とは未だ違い、冷静であった。
『ワシもじゃ、大垣城を取り戻し、さあ、イヨイヨ織田へ攻め込めると・・』
『いう時に、織田と同盟とは・・・、斎藤道三ともあろう者が老いたとしか言いようが無い』
『守就殿、殿を呼び捨てとは・・・酔っておりますな』
『ワシは酔ってはおらん、ワシは悲しいのじゃ、殿の気弱な姿が・・・』
『気弱な姿・・・ですか?』
『そうじゃ、気弱じゃ、尾張を見てみろ・・』
『機会があれば、領土拡大を狙っておる』
『三河松平家の御曹司を誘拐するわ、その国を奪わんと兵を再三出す』
『負けはしたが、6千の兵で倍の今川・松平連合軍と互角に渡り合ったのじゃ』
『勢いが違う・・いきおいが、我らと織田では全然違うのじゃ・・』
『老いた、老いたのよ、我らが主、道三様は!攻めではなく、守りに入っておる!』
守就はそう言うと、自分の近くにあったお銚子を奪い取る様にとり、盃に入れるのではなく、銚子の口から、自分の口に直接酒を流し込む。
(この人は、普段は、大人しい人なのだが、酒が入ると、日頃我慢している事が総て出る・・)
(やはり、家来達をこの部屋から離して置いて正解だった・・・)
一鉄は、そんな事を思いながら、気にしてない素振りで、別のお銚子をとり自分の盃に酒を注いだ。
『稲葉ぁ、お主、ワシの話を真面目に聞いておるのかぁ・・ワシは悲しいのじゃ』
守就は、そう言うと少し涙ぐんだ。
『何もそれ程悲観する事はありますまい、我らには義龍様という立派な跡取りが居りまする』
『殿も、そろそろ、義龍様に家督をと、考えているのではござんらんか・・』
『義龍様が、家督を継ぎ、落ち着くまでの、暫定的な同盟かもしれませぬ・・』
『・・・義龍さまぁ』
守就も、一鉄の言葉を聞き、思い出したかのように道三の嫡男の名前を口に出した。
『そうだ、それなら良い、問題ない、殿も、早く義龍様に家督を譲れば良いのじゃ』
『稲葉ぁ、お主からも、次殿にあったら家督を義龍様に御譲りする様に進言してくれ!』
『エッ、ワシがですかぁ、下手すると道三様の気分を害する可能性も、・・嫌ですぞ』
『お主を置いて、誰が居る。義龍様の母は、其方の姉、適任ではないか!』
『・・・お主は、この城に居るから知らんかもしれんが、稲葉山城ではキナ臭い噂がでておる』
『キナ臭いウワサ・・なんですか、それは?』
『殿が、義龍様に家督を譲らないのは、ゆくゆくは義龍様を廃嫡し、次男の孫四郎様に家督を譲らせる為なのではないか・・という噂じゃ』
『孫四郎さまは、未だ元服もしておらぬ、14歳じゃ、有り・・』
『孫四郎様が元服するのを待っておるのかもしれん』
一鉄が未だ言葉を言い終えないのに、、守就はその言葉を否定する様に打ち消した。
『孫四郎様は、正妻小見の方の子、次男といっても帰蝶様と同じ正妻の子じゃ』
『聞くと、昨年義龍様は土岐頼純様を見殺しにしたと、道三様を厳しく責めたらしい』
『その時から、殿は義龍様と会おうともしていない・・』
『道三様から寵愛うける孫四郎様派、つまり明智家と、我ら美濃3人衆が推す義龍様派で後継者争いが起こっておるという噂じゃ』
『???、安藤殿、ワシが大垣城に居るのに、どうしてそんな噂が流れるのじゃ』
『派閥の中心となるべく、ワシが留守なのに、どうして』
『此処だけの話、氏家殿じゃ、氏家殿が将来を見据え、動いておる』
『将来?将来とは?』
一鉄の質問を、守就は聞いていたが答えない。
『・・・殿亡き後の、斎藤家という事か』
一鉄は、自分の導き出した回答を呟く。
守就はその答えを聞き、ただ黙って頷くのみであった。
『孫四郎様・・ワシはあの方がどんな方なのか、分らん』
『何を考えているのか、腹の底が読めんのじゃ・・』
守就が、正直に自分の思いを打ち明ける。
『義龍様は。不器用だが一本気な方、しかし、あの方は・・・』
(何か、狂気を感じる・・)
一鉄は、口には出さず、自分の心の中で、そう言葉を続けた。
それは、尾張・美濃の周辺の国の人々にとってみては、寝耳に水という様な大ニュースであった。
犬猿の中であったはずの両国が同盟する事を意味していたからである。
しかも、この年の2月、斎藤軍が大垣城を武力によって奪ったばかりである。
この情報は驚きと共に伝わり、そして彼らを警戒させるのには十分であった。
二人の祝言は、翌年の始め頃になるという事、其れは正式に美濃と尾張が手を結んだ事を意味していたからである。
大垣城を暫定的に任された稲葉一鉄にもこの事が伝えられた。
道三の側近である彼にとってみれば、以前より内内に聞いていた事が公になっただけであったが、其れを届けに来た者が特別であった。
美濃3人衆の一人、安藤守就である。
守就は、道三の命を受け大垣城の正式な城代として赴任し、稲葉一鉄と交代する為に来たのであった。
大垣城は、元々斎藤家のモノであった為、二人の引継ぎは淡々と進み、その日の夜は一鉄と守就は、久しぶりに酒を酌み交わした。
二人の内容は、帰蝶の婚約から始まり、織田との同盟、今後の斎藤家の行く末について語り合った。
安藤守就は、立派な顎髭を携えた眉毛の太い武骨な男である。
歴戦の猛者で、その小柄な体には多くの古傷が所せましと刻まれていた
しかし、顔立ちは優しく、黙っていれば小熊の様な愛嬌があった。
『稲葉ぁ、此処だけの話、お主今回の織田との同盟、どう見ておる・・』
酒がススムにつれ、守就の言葉が荒れる。
それは会社で、上司が一回り下【守就はこの時45歳、一鉄33歳】の部下に、愚痴を溢す様であった。
『・・・正直、分かりません。道三様のお気持ちが読めておりません』
一鉄の口調は、守就とは未だ違い、冷静であった。
『ワシもじゃ、大垣城を取り戻し、さあ、イヨイヨ織田へ攻め込めると・・』
『いう時に、織田と同盟とは・・・、斎藤道三ともあろう者が老いたとしか言いようが無い』
『守就殿、殿を呼び捨てとは・・・酔っておりますな』
『ワシは酔ってはおらん、ワシは悲しいのじゃ、殿の気弱な姿が・・・』
『気弱な姿・・・ですか?』
『そうじゃ、気弱じゃ、尾張を見てみろ・・』
『機会があれば、領土拡大を狙っておる』
『三河松平家の御曹司を誘拐するわ、その国を奪わんと兵を再三出す』
『負けはしたが、6千の兵で倍の今川・松平連合軍と互角に渡り合ったのじゃ』
『勢いが違う・・いきおいが、我らと織田では全然違うのじゃ・・』
『老いた、老いたのよ、我らが主、道三様は!攻めではなく、守りに入っておる!』
守就はそう言うと、自分の近くにあったお銚子を奪い取る様にとり、盃に入れるのではなく、銚子の口から、自分の口に直接酒を流し込む。
(この人は、普段は、大人しい人なのだが、酒が入ると、日頃我慢している事が総て出る・・)
(やはり、家来達をこの部屋から離して置いて正解だった・・・)
一鉄は、そんな事を思いながら、気にしてない素振りで、別のお銚子をとり自分の盃に酒を注いだ。
『稲葉ぁ、お主、ワシの話を真面目に聞いておるのかぁ・・ワシは悲しいのじゃ』
守就は、そう言うと少し涙ぐんだ。
『何もそれ程悲観する事はありますまい、我らには義龍様という立派な跡取りが居りまする』
『殿も、そろそろ、義龍様に家督をと、考えているのではござんらんか・・』
『義龍様が、家督を継ぎ、落ち着くまでの、暫定的な同盟かもしれませぬ・・』
『・・・義龍さまぁ』
守就も、一鉄の言葉を聞き、思い出したかのように道三の嫡男の名前を口に出した。
『そうだ、それなら良い、問題ない、殿も、早く義龍様に家督を譲れば良いのじゃ』
『稲葉ぁ、お主からも、次殿にあったら家督を義龍様に御譲りする様に進言してくれ!』
『エッ、ワシがですかぁ、下手すると道三様の気分を害する可能性も、・・嫌ですぞ』
『お主を置いて、誰が居る。義龍様の母は、其方の姉、適任ではないか!』
『・・・お主は、この城に居るから知らんかもしれんが、稲葉山城ではキナ臭い噂がでておる』
『キナ臭いウワサ・・なんですか、それは?』
『殿が、義龍様に家督を譲らないのは、ゆくゆくは義龍様を廃嫡し、次男の孫四郎様に家督を譲らせる為なのではないか・・という噂じゃ』
『孫四郎さまは、未だ元服もしておらぬ、14歳じゃ、有り・・』
『孫四郎様が元服するのを待っておるのかもしれん』
一鉄が未だ言葉を言い終えないのに、、守就はその言葉を否定する様に打ち消した。
『孫四郎様は、正妻小見の方の子、次男といっても帰蝶様と同じ正妻の子じゃ』
『聞くと、昨年義龍様は土岐頼純様を見殺しにしたと、道三様を厳しく責めたらしい』
『その時から、殿は義龍様と会おうともしていない・・』
『道三様から寵愛うける孫四郎様派、つまり明智家と、我ら美濃3人衆が推す義龍様派で後継者争いが起こっておるという噂じゃ』
『???、安藤殿、ワシが大垣城に居るのに、どうしてそんな噂が流れるのじゃ』
『派閥の中心となるべく、ワシが留守なのに、どうして』
『此処だけの話、氏家殿じゃ、氏家殿が将来を見据え、動いておる』
『将来?将来とは?』
一鉄の質問を、守就は聞いていたが答えない。
『・・・殿亡き後の、斎藤家という事か』
一鉄は、自分の導き出した回答を呟く。
守就はその答えを聞き、ただ黙って頷くのみであった。
『孫四郎様・・ワシはあの方がどんな方なのか、分らん』
『何を考えているのか、腹の底が読めんのじゃ・・』
守就が、正直に自分の思いを打ち明ける。
『義龍様は。不器用だが一本気な方、しかし、あの方は・・・』
(何か、狂気を感じる・・)
一鉄は、口には出さず、自分の心の中で、そう言葉を続けた。
0
あなたにおすすめの小説
独裁者・武田信玄
いずもカリーシ
歴史・時代
国を、民を守るために、武田信玄は独裁者を目指す。
独裁国家が民主国家を数で上回っている現代だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。
【第壱章 独裁者への階段】 純粋に国を、民を憂う思いが、粛清の嵐を巻き起こす
【第弐章 川中島合戦】 甲斐の虎と越後の龍、激突す
【第参章 戦争の黒幕】 京の都が、二人の英雄を不倶戴天の敵と成す
【第四章 織田信長の愛娘】 清廉潔白な人々が、武器商人への憎悪を燃やす
【最終章 西上作戦】 武田家を滅ぼす策略に抗うべく、信長と家康打倒を決断す
この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です))
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
織田信長 -尾州払暁-
藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。
守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。
織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。
アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)
三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。
佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。
幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。
ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。
又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。
海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。
一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。
事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。
果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。
シロの鼻が真実を追い詰める!
別サイトで発表した作品のR15版です。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる