王になりたかった男【不老不死伝説と明智光秀】

野松 彦秋

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第9章 世代交代への動き

5.信長の傅役(もりやく)

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織田信秀とその嫡男信長が、安祥城あんしょうじょうを信広に任せ、平手政秀が待つ古渡城へ戻ったのは、3月末であった。

信秀達が留守の間、政秀は多忙を極めた。

焼き払われた古渡城の城下町、その住人達の仮住まいとなる場所を作り、それと同時に新しき城を作る準備、その金策をするのである。

余人をもって代えがたいと言われる信秀の懐刀政秀は、正に熟練の職人であった。

山積みにされた仕事を淡々と整理し、優先順位をつけ確実に処理していったのである。

政秀という男は、一所懸命いっしょけんめいの男であった。

書いて字の通り、任された場所【しごと】に命を懸けるのである。

責任感の強さ、それは彼の代名詞であった。

しかし、政秀は自分の仕事に誇りを持っている為、指図する側への文句(愚痴)も多い。

上司を選ぶ人材、言葉を変えれば上司によっては毛嫌いされるタイプの人間であった。

彼の幸運は、彼の主君信秀が彼の長所、短所をわきまえた上で彼の能力を使いこなしてくれたという一言に尽きる。

そんな政秀であるから、信秀、信長と3人きりになった途端、やはり始まってしまった。

『・・殿、信広様を安祥城あんしょうじょうの城主にするとはどういう事ですか?』

『織田家の家督を継がせるのは、若(信長)ではなく、信広様にするのですか!】

政秀は、主君の行った人事に真っ向から反対したのであった。

’『・・・何を言っておる、ワシは信広に今川への備えを任せたのみ、家督等と・・』

『殿は、考えが足りのうござる、此度の件、多くの者が信広様が次の主になるのではと・・』

『考えさせてしまう行為でござりまする』

『・・・たわけた事を、信広は側室の子、あ奴もそれは良く分かっておる・・』

『信広様はそうかもしれませぬが、信広様の周りの者が、期待を持ってしまったのでござる』

『・・平手よ、其方は考えすぎじゃ』

『三郎、信長が、美濃の斎藤家から嫁を貰う、それを見れば、ワシの後継者が信長であるという事は誰の目から見ても、明白では無いか・・・』

『・・・その斎藤家の後継者候補の筆頭は誰であるかは、殿も御存知のはず』

『・・・道三が嫡男、確か義龍とか申したな』

『義龍は、道三の正室の子ではござりませぬ、側室の子、信広様と一緒でございます』

『・・・美濃の国の状況と我らは違うではないか』

信広は、側近が食い下がるのを、少し面倒そうに、そう答えた。

『同じです。・・何が違うというのですか?』

もちろん、政秀も美濃の特殊な状況を知っている。

美濃の斎藤道三は、主君を追いやり、自ら国を奪った者である。

国を奪う過程で、道三は当時主君の土岐頼芸よりのりより、よりのりの側室深芳野みよしのを下賜された。

道三は、その時既に明智家から迎え入れた正妻がいたが、深芳野みよしのが産んだ子が、最初の男子であった為、彼を自分の家督を継がせる嫡男として育てたのである。

政秀は続ける。

『信長様が、家督を継ぐまで、イエ、家督を継いだ後の事を考えて、殿は物事を決めねばならぬのです』

『・・・・・』

信秀も、政秀の言葉に道理が有る為、言葉が止まる。

『爺、もう止めろよ、オヤジが困ってるぜ、此度の件と家督の件、一緒にする事じゃねぇだろ』

『・・・誰が家督を継ごうか、関係ねぇじゃねぇか、力のある者が上に立てば良いのさ』

横で、二人の様子を見ていた信長が、信秀に助け船を出す様にそう言った。

『ダマラッしゃいぃ!』

信長のその言葉は、政秀の堪忍袋を、いや、彼の堪忍袋の緒はそもそも切れていた。

緒が切れて、彼の腹より止めどもない量の怒りが、火薬の様に積もっていたのである。

信長の言葉は、その火薬に火をつける、火そのものであった。

『そもそも、誰の為に、ワシがこんなに苦労しているんじゃ!若のせいじゃ・・』

『若が、常日頃、しっかりしてないから、他の者が要らんことを考えるのじゃ』

政秀は、顔を真っ赤にさせ、吐き捨てる様に言った。

『・・・・誰も家督を継がせてくれとは、頼んでおらん』

信長は、政秀とは対称的な態度で、同じく吐き捨てるように言った。

それを聞いた政秀は、もう止まらない。

『ワシが頼まれたのじゃぁあ!殿に!・・・若の傅役もりやくを、織田家の跡取りの傅役ぅを!!』

『これで若が家督を継がなければぁ、ワシの十数年が無駄になるのじゃ、ワシが今迄どんなに苦労したかも分らんくクセにぃい・・許さんぞ、そんな事絶対に許さんぞ、ワシはぁあ・・●×△』

政秀の言葉の最後は、もう言葉では無かった。彼はそう言うと、片腕で目を覆い、泣きながら部屋を飛び出していってしまった。

政秀が居なくなったと、静寂が二人の居る部屋に訪れる。

呆然と二人を見ていた信秀に、信長が政秀の出て行った方角を指さし、話しかける。

『オヤジ、爺をオレの傅役にしたのは失敗だったと思うぜ・・』

『・・・・、そうじゃな、お主の育て方も・・・人生とはままならんモノじゃな』

その日、信秀は平手政秀の大切さを、彼の大変さを身に染みる。
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