王になりたかった男【不老不死伝説と明智光秀】

野松 彦秋

文字の大きさ
159 / 168
第10章 マムシの怨霊退治

5.問い(2)

しおりを挟む
『・・・・老いぼれがぁ・・』

予想していなかった敵の罠にはまった事を理解し、孫四郎の身体に憑依した始皇帝は、憎々し気に叫んだ。

そしてその後、襖向こうで待機している家来へ向け、大声で叫ぶ。

『趙高よ!・・コヤツ、どうやら我らの事に感づいていたらしい、二人でやるぞ!』

『ササッと部屋に入って来い!』

『ハッ!、・・・・』

襖の外で、男が慌てて立ち上がろうとするのが茶室の中からも分かった。

しかし、直ぐに外から開けられると思われた襖は動かなかった。

『何をしておる、趙高』

『・・・始皇帝様、出来ませぬ』

『・・・先程、そ奴に呪をかけられたのか・・・扉に触る事もできないのです』

『呪だと、たかだか人間ごときに、そんな真似が出来る訳が・・・』

始皇帝(孫四郎)は、突然自分達を未知の環境へ引きずり込んだ男の顔に視点を戻した。

『・・・何じゃ、異国の言葉か?たいそう慌てておるようじゃのう・・』

『・・外の事を気にしておる暇はあるのかのう?お主の右足、大変な事になっておるぞ』

道三は、そう言うとニタリと笑い、自分の息子の顔を被った男に、右足を見る様に相手の右足を見ながら、アゴを突きだした。

『何じゃ、これは、お前、何をした!』

始皇帝が視線を落とすと、自分の右足の脛の下から、肉が削げ、昔は骨だったモノがが剥き出しになっていた。

『ホウ、言葉が元にもどったな、何とはオカシキ事、茶を点てたと言ってやっただろ!』

『茶の湯の水は、菊泉水という霊泉の水じゃ、快川かいせん和尚という名のある名僧に破魔の祈祷をしてもらった、手間のかかった水じゃがな・・』

『人にとっては健康長寿の水が、邪悪なモノたちには猛毒とはな・・・』

『クククッ、どうじゃ、美濃のマムシの毒は?格別じゃろ・・・』

道三は、そう言うと座ったまま、何かを持ち上げ自分の横に置く。

持ち上げたモノは茶釜の蓋であった。

そして、釜を両手で持ち上げる。

にたらふく飲ませるつもりで、ほ~ら・・湯もこの通りじゃ、未だ沢山あるぞ』

道三が始皇帝(孫四郎)に見せようとしたものを、彼は見えなかった。

恐怖と、相手の持つモノが見えない驚きに、始皇帝は絶句する。

その表情をみて、道三が続ける。

『そうじゃな、お主にはこれが見えなかったな・・』

『平家の怨霊が、琵琶法師を見つけられず、経を書き忘れた耳だけを持っていったという話が事実だったのは、驚きじゃったが、やはりお主らも、その類じゃったか・・・』

『ワシの使った茶道具には、すべて般若心経を書き記しておるから、お主には見えんのだろう』

『ワシの家族に危害を与えた事を悔やみ、成仏するが良い、異国から来た怨霊よ』

道三は、そう言うと自分の両手の掌を重ね、災厄を払う経を唱え始めた。

『なむさまんだ~もとなん』

『おはら~ちい ことしゃ』

『そのなん と~じとえん』

それを聞き、始皇帝(孫四郎)は頭が割れそうになるぐらいの痛みを覚え、悶え苦しみ始めた。

経が耳に入って来ない様に、始皇帝は耳を両手で抑え、もんどりをうつように畳の上で転がり苦しむ。

『止めろ・・止めるのじゃ、ワシが死ねば、この体のモノ、お主の息子も死ぬのだぞ』

正に苦し紛れの、脅しであった。

『ぎゃ~ぎゃ~ぎゃ~ぎゃ~き~』

『うんぬん・しふら‐・しふら‐』

道三は、その脅しに耳を貸さず、というよりも、相手が自分を脅した事に対抗する様に経を唱える速度を上げた。

経を唱える速度が上がり、それに伴い、始皇帝の苦しみが増す。

最初から、最後まで道三の完勝で終わると思われた時である。

『ちち・・・うえ』

孫四郎の声で、始皇帝が最後の足掻きで、助けを懇願する様に叫んだのである。

『はらしふ・・・・・・・・・』

その声が、道三の心に迷いを生じさせた。

『孫四郎ッ』と道三は息子の名を呼び、止めてはいけない経を、除霊の経を唱える事を止めてしまったのである。

それは、怨霊退治を相談した快川和尚が、決してやってはいけないと言われた事である。

それは、経を止めるということではなく、怨霊たちの言葉に耳を貸してはいけないという事であった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【読者賞受賞】江戸の飯屋『やわらぎ亭』〜元武家娘が一膳でほぐす人と心〜

☆ほしい
歴史・時代
【第11回歴史・時代小説大賞 読者賞受賞(ポイント最上位作品)】 文化文政の江戸・深川。 人知れず佇む一軒の飯屋――『やわらぎ亭』。 暖簾を掲げるのは、元武家の娘・おし乃。 家も家族も失い、父の形見の包丁一つで町に飛び込んだ彼女は、 「旨い飯で人の心をほどく」を信条に、今日も竈に火を入れる。 常連は、職人、火消し、子どもたち、そして──町奉行・遠山金四郎!? 変装してまで通い詰めるその理由は、一膳に込められた想いと味。 鯛茶漬け、芋がらの煮物、あんこう鍋…… その料理の奥に、江戸の暮らしと誇りが宿る。 涙も笑いも、湯気とともに立ち上る。 これは、舌と心を温める、江戸人情グルメ劇。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
国を、民を守るために、武田信玄は独裁者を目指す。 独裁国家が民主国家を数で上回っている現代だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 純粋に国を、民を憂う思いが、粛清の嵐を巻き起こす 【第弐章 川中島合戦】 甲斐の虎と越後の龍、激突す 【第参章 戦争の黒幕】 京の都が、二人の英雄を不倶戴天の敵と成す 【第四章 織田信長の愛娘】 清廉潔白な人々が、武器商人への憎悪を燃やす 【最終章 西上作戦】 武田家を滅ぼす策略に抗うべく、信長と家康打倒を決断す この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です))

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

処理中です...