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狂った君
しおりを挟む満月さんと別れたきっかけは妹だった。
最初ははっきり言って嫌だったが、妹の満月さんに対する拒絶は凄まじかった。
まぁ満月さんが嫌いと言うより、俺の"彼女"だったのが嫌だったのだろう。
好きな人が誰かともう付き合っている、誰かの物になってしまっている。
それは俺も冬月さんの一件で痛い程学んだ痛みだ。
妹はそれに耐えられなかったのだろうが、痛みを知っているからこそ責める気になれない。
「んで、守ってたってどう言う事だよ」
「言葉通り、アンタを他の女から守ってたの」
満月さんは決して頭がいい訳じゃない。
テストで負けた事は無いし、妹よりも知識量が少ないんじゃないかって思った事は一回や二回じゃない。
だけど、満月さんから教わった事だってある。
それは……。
「愛する彼氏が困ってる、だからゆうかちゃんの手前退いてあげたけど、妹以外の女がアンタに近づくのは耐えられない」
「相変わらず自分勝手だな」
「相手の全てを理解して、全てを管理する事こそ愛なんだって、あーしは教えたっしょ?」
愛だ。
浮気、誘惑、それらの渦巻く世の中でお互いの愛を証明する方法を満月さんから教わった。
そしてそれらは俺にしっくりときて、俺の愛の基準を作っている。
「それは分かってる、だが他の女から守るって事と俺に嫌がらせしてきた事にどんな関係があんだよ」
目の前の彼女は笑っている。
俺が大好きだったピアスを揺らしながら、不気味に笑っている。
かつて付き合っていた頃に見せた笑顔とは違う、まるで別人のような笑顔はまるで獲物を狙う捕食者のような笑顔だ。
「シスコンだって噂を流せば、ゆうかちゃんと付き合ってるって噂を流せば、あーしは妹と付き合う為にフラれた可哀想な女だって話をすれば……」
そして、俺に抱きついてから。
「アンタは絶対に他の女子から狙われないっしょ?」
昔大好きだった香りを纏う彼女は、俺の頭を撫でている。
その手は力強く、それでいて彼女なりの優しさを含んでいて、昔と何一つ変わっていない。
懐かしさを感じるのと同時に、耳元でそう囁く彼女の考えが徐々に分かってくる。
「妹が大好き、それも彼女と別れる程の重度のシスコンなら他人が寄り付かない……か、確かにな」
「アンタがあーしにやってた事と一緒だよ、男でも女でも関係なく、友達の前でずっとあーしの事を俺の物だって言い続けたアレとおんなじっしょ」
「いや、俺はお前を俺の物だと周囲に分からせただけだ、お前は違う、俺を追い込んだだけじゃねぇか」
満月さんは俺を抱き締め続けている。
彼女の愛が、全身から伝わってくる気がする。
「ゆうかちゃんにも配慮して、アンタを盗られるかもって恐怖をどう押さえるか、どうやってアンタを守るか、その全てを考えてこれしか思い付かなかったの、それはゴメン、辛かったよね」
孤立させる事で俺を守る。
自分勝手な愛だが、もし俺が俺と同じ立場の女性に恋していたなら、きっと俺でもそうするだろう。
「でもさ、アンタが途中本当にシスコンになったかもしれないって思う事が何回もあって……本当にヒヤヒヤしたっての、兄妹で恋人とかあり得ない話なのにね」
だけど、その考えには一つだけ間違いがある。
満月さん視点でも気付けたかもしれない、根本的な部分に、かなり重度の間違いがある。
社会的孤立に追い込む事で、対象者を選ぶ人もいなくなるし、対象者が自分以外を選ぶ事も出来なくなる。
やはり、これは少しだけ間違っている。
「満月さんのやり方は……多分間違ってない、だけど……」
「……何さ、何が間違ってるっての」
「その状況になって、苦しむ原因を作った人を好きでいられると本気で思ってんのか?」
「でもあーししか選択肢ないんだよ? アンタは血の繋がった実の妹かあーししか選択肢が無いの、そんなのどうやってもあーしを選ぶっしょ?」
満月さんの考えはわかった。
何故俺を孤立させるような事を言うのか、何故元恋人なのにあんなに酷い事ができるのか、その理由は理解できた。
でも、それじゃ俺は満月さんを死んでも選ばない。
「俺は今、お前の考えを理解した上で言うが……お前を好きじゃない、恋人同士の愛の証明はお互いが好意を持っている前提で行われる物だろ、だけど……一番辛い時にあんな仕打ちされて……好きでいられる訳ねぇだろうが!」
彼女の笑顔は変わらない。
俺は怒りをぶつけているはずなのに、以前までの彼女なら俺の言葉に対して悪態をついて返してきたはずなのに、その気配がまるでない。
ただただニコニコと、自分の身勝手な愛を信じきっている。
「ねぇ、アンタは何であの恋歌って後輩と付き合ってんの」
笑顔のまま一歩、また一歩と近づいてくる。
非力な彼女だが、その狂気じみた態度が異様で、俺は無意識に一歩、また一歩と下がっていたようで、背中に金網が当たる感覚があってから初めてそれに気づいた。
彼女は俺の頬に柔らかく、長い爪の手で触れつつも、笑顔を崩さない。
「恋歌が好きだから、それ以上理由はいらないはずだろ」
「その好きってのは、妥協した"好き"なんじゃないの?」
「んなことねぇ!」
「あるから言ってんの、あーしにはアンタが無理をしているようにしか見えない、違う?」
心を見透かされているような気がした。
妥協なんてしないのに、そんな恋歌に失礼な事をした覚えなんてないのに、その言葉は俺の心に深く刺さってしまう。
頭でそれを否定しようとしている。
否定しなきゃいけない。
それなのに……。
「あの後輩とのデート、全然楽しそうじゃなかったよね」
彼女のスマホ画面には、俺が恋歌と二人でデートをしていた時の写真が写っている。
そこに写る恋歌はとても楽しそうに店の前でマフラーを選んでいて、その後ろにいる俺は……恋歌を見ていなかった。
「後輩がくれたのは赤色のマフラーだったよね、それ使ってる?」
使ってない。
恋歌から貰った初めてのプレゼントだから大切にしたいと言って、部屋に置きっぱなしだ。
「食べてる時も上の空、日が落ちてせっかくいい雰囲気になった時でさえ、アンタは後輩にキスの一つもしなかった……いや、出来なかったの間違いかなぁ?」
「……初デートでキスはやりすぎだと思っただけだ」
「へぇ、あーしとは初デートでしたのに?」
逃げ道がどんどん塞がれていく。
俺の身勝手で部活も辞めた彼女に対して申し訳ないって気持ちと、恋歌本人に惚れてはいないんじゃないかって疑問が現れつつある。
『お兄さんやゆうかちゃんは"僕"を見てくれます、作られた僕じゃなくて、僕自身を見てくれる』
恋歌は自分を見て欲しがっている。
それは前から分かっていたはずだ。
しかし今俺が見ているのは……。
「アンタはね、後輩の事が好きなんかじゃない、ただただ孤立してる所にちょっと優しくしてもらって勘違いしちゃっただけ、分かるでしょ?」
「違う! 俺は恋歌が好きなんだ!」
認めちゃダメだ!
今の俺は恋歌の彼氏だ。
付き合ってるんだ。
彼女を裏切るような真似はしちゃダメなんだ!
例え、妹が脳裏にちらついていたとしても、それを口にしちゃいけない!
「ならその好きだって気持ちに、後輩はアンタの愛に答えてくれてる? あーしみたいにアンタを受け入れてくれてるの?」
「それは……」
恋歌は……俺の愛を受け取ってはくれない。
他の男と話すなと言っても。
『心配しすぎですよ、僕はゆうかちゃんと違って平気ですから』
そう言って、まともに聞き入れてくれない。
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『友達ですから大丈夫です、僕はお兄さんの……ゆう先輩だけの彼女ですよ』
俺の不安を払拭してくれない。
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口ではそう言うが、俺を信用させようとしてくれない。
俺の愛を、受け止めてくれてない。
「大丈夫じゃないでしょ、それが話したかった事の一つなんだけど……ほら、横座って、昔みたいにあーしの肩に手回して抱き寄せてよ」
スマホ画面を横にスクロールすると、恋歌の写真が現れた。
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そんなの、嫌だ。
「嘘だ……」
「ほらほらもっとくっつきなよ~、じゃないと……」
次の写真は、恋歌が知らない男と……違う、コイツは満月さんの弟だ。
二人でアイスを食べている。
俺の目を盗んで、こんな事を……。
「アンタはきっと、一人じゃ耐えられないんだから」
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