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最初で最後のデート
しおりを挟む恋歌は俺以外の男と仲良くしている。
その事実を満月さんと見てから気持ちが落ち着かない。
本人にそれについて詰め寄ったが、彼女は「また今度ちゃんと話しますから」と言ってはぐらかす。
満月さんの言っている事全てを信じる訳じゃないが、あの写真は彼女の発言全ての信憑性を裏付けている。
『アンタの愛、届いてなかったみたいだね』
そう言われてから、俺は一緒に帰ろうとする恋歌を無視して一人で帰ってきたんだ。
バイトに行く気がしない。
行かなきゃいけないのに、行きたくない。
頭の中の黒いもやが消えてくれなくて、一人でいる事を酷く拒絶している。
ダメだ、早く帰って安心したい。
絶対に俺を裏切らない彼女を抱き締めたい。
何回も使うのを止めろと言ったが、俺は今あのエプロンを着てニコニコと明るい笑顔で出迎えてくれる彼女に会いたくて仕方なかった。
「あ、兄さんおかえりなさい! 今日は少し早いですが……あ、もしかしてこれから着替えて恋歌とデートだったりします?」
俺の期待とは違う妹が出迎えてくれた。
エプロンは着けておらず、普段着に白色のエプロンを着けている。
普段は見ているだけで恥ずかしく、なにやってんだお前と思うはずなのに、今じゃあのエプロンを使っていないだけで妹が俺からさらに離れたんだって、嫌でも俺に自覚させてくる。
「ただいま、ゆうか」
急いで靴を脱ぎ、俺は妹にかけよった。
そしていつも通りに彼女を抱き寄せて……。
「兄さん、普通の兄妹に戻るって私と約束したじゃないですか、それはダメです」
抱き締めさせて貰えなかった。
妹は両手で俺を押さえて、抱き締めさせないようにしている。
いつもと変わらない笑顔なのに、その行動はとても冷たかった。
無理やりにでも抱き締めたかったが、それをしては妹を襲おうとした男達と同じだし……。
「そう……だよな、ごめん」
諦めるしか、なかった。
「ふふっ、そんな事をしたら恋歌に対する裏切りになっちゃいますからね、兄さんはもう恋歌の彼氏だって事を自覚しないとダメなんですからね」
妹は変わった。
俺が他の女性の側にいても怒らなくなったし、不安定になる事もなくなった。
俺とは真逆で、どんどん世間一般で言う所の"普通"になっていく。
このまま行けば昔の妹みたいに、俺以外の男とも普通に過ごす日がくるのかもしれない。
「ゆうか」
そんなの、嫌だ。
恋歌は俺の愛を受け入れてくれない。
満月さんの愛は受け入れられない。
冬月さんは俺を裏切った。
俺の愛を受け入れてくれるのは……。
「はい? あ、まだご飯できてませんからね?」
「俺以外の男と話すな、いいな?」
「言われなくても分かってます! と言うよりそもそもまだ話せませんよ、まったく!」
「お前がどこにいるか俺が把握出来なくなるから、スマホの電源は切るなよ?」
「むー、兄さんって束縛気質ですよね……私は彼女じゃないに……分かってますよ」
「これは全部お前を……」
「私を守る為には仕方ない事、なんですよね……分かってますよ」
妹だけは、俺の愛を受け入れてくれる。
彼女には、俺以外の選択肢が無い。
満月さんの言っていた選択肢を絞らせる方法が今、彼女の好意を残した状態で展開できている。
後は……実の妹でさえ無ければ、完璧だった。
「私はいいですけど、恋歌にそんな事言ったら嫌われちゃいますからね!」
「……もう言ったよ、束縛するなって言われちゃった」
「もう! 私から恋歌に謝っておきますから……とりあえず兄さんは今から恋歌に謝って来て下さい」
妹はスマホを触っている。
きっと、恋歌に連絡しているのだろう。
信じてくれと言ったのに、俺以外の男と楽しそうにしていた。
俺以外の男と出掛けていた恋歌に、妹が何を謝るってんだ。
「もういい、やめろ」
「そうはいきません! その感じ……喧嘩したみたいですけど、そんなに簡単に破局されたら困ります!」
「喧嘩なんてしてない、だから大丈夫だ」
「兄さんの嘘は分かりやすいですね、とにかくしっかり恋歌と話し合って下さい! じゃないと……私が兄さんを諦めた意味が無いじゃないですか」
妹は泣いていた。
俺を見ながら、両腕をだらりと下げて、うつむいている。
綺麗に掃除された床は彼女の涙を弾き、涙が綺麗な円形を描いている。
「兄さんが幸せになってくれないと、私は何の為に苦しんでるか分からなくなっちゃいますよ……」
そのまま妹はしゃがみこんでしまった。
近づいて抱き締めようとするが、彼女は「触らないで下さい」と言って、俺を拒絶する。
これまでされた事のない拒絶は、脳を思いっきりハンマーで殴られたかのような衝撃をもたらした。
「兄さんとデートがしたい、兄さんと恋人になりたい、兄さんを……恋歌なんかに取られたくない! でも普通を望んだのは兄さんです、兄さんが普通を望んだんです! なのに今さら破局なんて認めませんから!」
実の妹が選択肢にあったとしても、もはや彼女は俺を受け入れてくれないらしい。
好意を向けられていた時は見向きもしなかったのに、向けられなくなったとたんに俺は彼女の好意を求めている。
俺はクズだ、それは間違いない。
失ってから、変わらない愛を提供し続けてくれた妹のありがたみを感じている。
「兄さん……何がしたいんですか」
「俺は……」
妹の言う通り、普通を望んだのは俺だ。
妹へ依存しつつある自分をどうにかする為に、世間一般の普通に戻るため、現実は俺が決めた通りに進んでいる。
それでその結果、俺はまだ妹を求めている。
妹からの好意を失いたくないと、騒いでいる。
「外……出られるようになったんだよな?」
「少しだけですけど、それがどうしましたか」
自分でも何をやっているか分からない。
助けてくれる方に、優しい方に、俺はただ逃げている。
恋歌は俺の愛を受け入れてくれない。
その事実から、俺は妹に逃げようとしている。
「デートしよっか、ゆうか」
終わりにしないといけない。
恋歌の事をどうするかはまだ結論が出ないけれど、妹との関係を、未練を終わらせないといけない。
身勝手な依存を終わらせる。
少なくとも、妹は俺の意思を尊重してくれている。
彼女の意思、恋歌の献身、その二つに答えないといけない。
それでも、最後に大好きな君とデートがしたい。
兄としてではなく、一人の男として。
妹としてではなく、一人の女の君と夢が見たい。
「……なら、行ってみたい所があるんです」
「エスコートするよ、ゆうか」
「これが最初で最後のデートです、これが終わったら本当に終わりです、兄さんが好きなんて二度と言いません、恋歌に嫉妬もしません、私も……」
ここ半年は妹の為に生きてきた。
かつて、その状況を不幸だとか、罰だとか、そんな風に思っていた時期もあった。
誰かに助けを求めて、内心恋歌に助けを求めた。
今の俺はそう思っていない。
過去の俺がどれだけ恵まれていたのかと、羨んでいる。
「兄さん以外の、素敵な男性を探してもいいですか?」
「……それは、必要なのか? 俺じゃダメなのか?」
「兄さんは実の妹を異性として見ていないし、見られないと言いましたよね? そして普通の兄妹になる事も望んでいました、だから特に問題はないと思います」
「ゆうか、俺は……」
「さぁ、私と兄さんの最初で最後のデートに行きましょう!」
ゆうかはこのデートが終われば俺に二度と愛を向けてくれなくなる。
そんな複雑な気持ちの俺。
ニコニコと、さっきまでの笑顔を取り戻した妹。
外は暗くなりつつあり、雪が降っている。
妹はマフラーと手袋を着けて、俺にもマフラーを渡してくれる。
以前のように二人で一つのマフラーを使うの訳じゃない、お互いに別の物だ。
気持ちだけではなく、物理的な距離も遠ざかっていく。
「何をボーッとしてるんですか! まさか恋歌とのデートでもそんな感じじゃないですよね?」
男女のデートなのに、平気で他の人の名前すら飛んでくる。
「……ああ、行こっか、ゆうか」
「はい! 兄さん!」
手を繋ごうとしたが、それは躱されてしまう。
ただ妹は隣で、楽しそうに笑っている。
俺とは違い、心から楽しそうに笑っている。
街灯が俺達を照らすが、数が少なくて星の明るさがよく目立つ。
半月の光と星の光が照らす道を、俺達は進んでいる。
大好きな君との、最後のデートが始まった。
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