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君との時間を噛み締めて
しおりを挟む「ほらほら、これなんてどうでしょう、兄さんにぴったりですよ」
「これって子供用の帽子じゃねぇか! 俺がこれならお前は……これだ!」
「これウサミミじゃないですか!? むー、こんなに可愛いのは似合いませんよぉ」
「そんなの無くても、お前は十分可愛いけどな」
「そうですか? うふふっ、ありがとうございます」
妹が行きたいと言ったのは、大きな雑貨屋だった。
ここには恋歌とのデートでも来たが、彼女と来ている時よりも、妹と二人でくだらないアイテムを身に付けたり、見たこともないような海外のお菓子をどんな味だろうかと調べてみたり、間違って成人向けコーナーに入ってしまい、顔を真っ赤にしている妹を連れ戻したり……。
そのどれもが楽しい。
している事自体は恋歌と変わらない。
変わったのは、隣にいる君だけ。
それなのに、どうしてこんなにも楽しいんだろう。
「次はアレ食べてみませんか」
店を出て、妹は近くのパンケーキが有名なお店を指差した。
外出なんて出来ない生活が数ヶ月間続いた中、年頃の女の子が好きそうななんとも綺麗なパンケーキが食べたかったのだろう。
店の窓から見える客層は、若い女性か、カップルだらけで、店の看板にはどこどこのサイトで紹介されたとか、テレビで有名人が来たとかが載せられている。
「一度来てみたかったんです! ここのふわふわパンケーキ……外出できるようになったら真っ先に食べようと思ってたんですよ」
綺麗なパンケーキは、粉砂糖がふりかけられていてキラキラと輝いている。
しかし、値段は一枚二千円と貧乏学生には高すぎる。
恋歌と来た時には、ここじゃパンケーキじゃなくて一つのパフェを二人で食べたんだっけ。
俺の顔に金の心配をしていると書いてあったのだろうか、妹は自分の財布を取り出して中を見せる。
「ふふん、いまこそおこづかいを使う時です!」
決して多くはない。
三千円ぐらいしか無い財布を力強く握り、目をキラキラとさせている。
「俺が出すよ、その金は大切にとっておけ」
「ですが……いいんですか? 兄さんには恋歌とのデートがあります、その時にお金が無いなんて恥ずかしい事になりませんか?」
「お前が喜ぶ顔が見られるなら、安いもんだ」
「むぅ、そんな調子いい事言って……でもありがとうございます、兄さん!」
妹と一緒に短い列に並ぶ。
前のカップルはイチャイチャとまぁお熱い事で、羨ましい。
うわ、こんな人が見てる所で抱きついてキスまでしそうな勢いだ。
「ちゃんと恋歌とイチャイチャしてますか? 見た目はかっこいい系なのに中身はかなりの乙女ですから、兄さんから構ってあげないといけませんよ!」
目の前のカップルとは違い、君は俺と一緒にいるのに恋歌の話しかしない。
今俺の隣にいるのは君なのに、君が見ているのは俺と恋歌のデートシーンだけで、俺を見てくれない。
俺を見てくれ、今君の隣にいるのは兄としての俺じゃない。
一人の男として、君とのデートを楽しんでいるんだ。
「ゆうか、今から俺の事は名前で呼んでくれ」
「ほぇ? 兄さんじゃなくて、ゆう……お兄ちゃんとかでいいんですか?」
今は、君の兄だって事も忘れたい。
「いや、ゆうでいい、呼びにくいならゆう君とかでもいいんだ、とにかくそう呼んで欲しい、頼む!」
両手を合わせて頭を下げると、ゆうかは周囲を見ながらオロオロとし始めて。
「ひ、必死すぎますよ! ……兄さんがそういうならまぁ」
俺の目を見て、兄さんではなく。
「……ゆう君……これでいいですか」
俺の名前を、呼んでくれた。
恋歌も呼び方を変えたが、ゆうかにゆうと呼ばれるのはまた違っていて、とても心が踊る。
ゆうかは少し恥ずかしそうに笑っているが、俺も同じぐらいに恥ずかしい。
それでも、とても幸せだ。
「ありがと、ゆうか」
「むむむ……こういうプレイに付き合わされているのでしょうか、恋歌に共有しないといけませんね……」
「それと、恋歌の話はすんな、今は俺とのデート中だろ」
「そういうのは私が他の男性の話をした時に言うべきでは……」
ゆうかは呆れている。
俺の本気の発言を、彼女はふざけていると捉えている。
それでも、たった一回限りのデートを楽しく過ごしたいんだ、ここで退くわけにはいかない。
「たのむ、他の人の名前が出てくるなんてデートらしくねぇだろ」
「むー……今日のゆう君からはなんだかちょっぴり変態な雰囲気がしますけど……わかりましたよ、まったく……仕方のない人ですね」
「ありがとな、ゆうか」
彼女の肩に手を回す。
しかし、手の甲をつねられてそれを剥がされてしまう。
ゆうかはジトーっと俺を見てから。
「えっちなゆう君ですね」
そう言って、俺を見ている。
この間恋歌とここに来た時には、彼女から手を繋いで欲しいとせがまれたのに、ゆうか相手だと俺から彼女を求めてしまう。
今なら恋歌が俺にした事の意味が全て分かるような気がした。
肩に雪が積もる前に入店できた。
そして案内されたのは、恋歌と過ごした座席で、そこに座るゆうかと恋歌が重なって見える。
「ふっふふ~ん、パンケーキ、パパパパンケーキ~」
ガチガチに緊張して挙動不審になっていた恋歌とは違い、ゆうかはとても自然体だった。
見ていて微笑ましくて、それでいて少しもドキドキしてくれていないのかなと思う自分がいて……。
「ゆ~う~くーん!」
「な、何だよ、とにかく注文しねぇとな」
「何だか今日のゆう君は変ですよ? 落ち着きがまったくありません」
どうやら、俺も恋歌と同じ事になっているらしい。
そうなるとゆうかは……あの時の俺のような感情で、俺を見ているのだろうか。
そんな感じで一人モヤモヤしていると、女性の店員さんが水を持ってきた。
それと同時に、水を置いている最中なのにゆうかは。
「パンケーキをお願いします!」
目をキラキラさせながら、少し店員を驚かせつつ元気な注文をする。
周囲の客からクスクスと笑う声と、"緊張してるんだね"といった優しい言葉が聞こえてくる。
俺はそれが恥ずかしいとは思わなくて、昔のゆうかそっくりな今の姿にとてもほっこりとしていた。
「こちらのパンケーキですが、ただいまクリスマスキャンペーン中でして、カップルのお客様には一枚追加をさせていただいております」
「パンケーキがもう一枚……!?」
「カップル……!?」
俺がカップルって言葉を店員からかけられて驚いているのに対し、ゆうかはパンケーキがもう一枚って所に食いついている。
その後ですぐにハッとしたような表情で、俺をじっと見始めた。
「はい、お客様は……カップルでよろしいですか?」
妹は答えようとして、そこからまた黙ろうとして。
目を輝かせたり、光を消したりを繰り返している。
カップルだって言ってくれるだけでパンケーキが追加されるんだ、流石にゆうかだってカップルだと答えるしかないだろう。
しかしあの目は俺に答えろと言っている。
食い意地をはっていると思われたくないのか、もしくは俺とカップルだと答えるのが嫌なのかは分からないが、確実に俺に指示している。
「はい、俺達は恋人同士です」
俺はゆうかの視線に答えるべく、店員さんに笑顔で恋人だと答えた。
妹は複雑そうな顔をしつつも、親指を小さく立てて喜んでくれている。
「では、カップルの証明をお願いします」
「カップルの」
「証明……ですか?」
「はい、例えばデートしている時の写真を見せてもらうとか、何でもいいんです、ただお客様が恋人同士だと私が分かる物で示して下さい」
店員さんが指差す場所を、ゆうかが一度も目を通さなかったメニュー表を見ている。
俺もそれを見てみると、確かにカップル特典と特典条件がそこに書かれている。
しかし細かい字だな、これ読む用に虫眼鏡とか無いと初見じゃ絶対わかんねぇだろ。
「か、カップルの証明ですか……うぅ、ならやっぱり」
「恋人らしい事をしてみせる、それでもいいですか?」
ゆうかは驚き、周囲の客も俺の言葉を聞いて俺を見ている。
そして店員は手を叩き、「もちろんです!」と言いながらニヤニヤしていて……まったく、趣味がいいな。
席を立ち、ゆうかの横に跪く。
彼女の顔が近くなり、頬が少し赤くなっているのが目で見て分かる。
ゆうかも緊張してくれている。
その事実はとても嬉しくて、ゆうかが焦って目を合わせないようにしているのも愛おしい。
「目、閉じてろ」
「ですがそれは……私達はその……」
「今日はカップルだろ、ゆうか」
「うぅ……でも、でも」
「パンケーキの為だ、我慢しろ」
「……パ、パンケーキの為ですからね!」
「ああ、分かってるよ」
俺はゆうかの髪を撫でる。
目を閉じて、さっきとは比べ物にならない程顔を真っ赤にした彼女に俺は……。
「ストップストップストーップ! わかりましたわかりました! お客様が恋人同士なのはもう雰囲気でわかりましたから、店内でキスはお止めください!」
ゆうかの唇を奪う前に、店員に止められた。
ゆうかも俺の手を払いのけ、俺に席に戻れと言っている。
「ゆう君、今どこにキスしようとしましたか?」
「恋人だからな、もちろん唇だけど」
ゆうかは口を抑え、声を落としてから。
「私達は兄妹なんですよ、まったくもう……バカな兄さん」
真っ赤な笑顔で、俺を笑った。
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