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最後のイルミネーション
しおりを挟む綺麗なパンケーキが席に届けられるまでの時間、俺とゆうかに会話は無かった。
日頃から目の前の彼女に"女心が分からない人"だと言われていたが、今は何をすべきかが分かる。
恋歌みたいに喋り続けるのはダメ、言葉を交わさないコミュニケーションこそが今一番大切だ。
「……」
ゆうかはチラチラと俺の顔を見て、目が合うとすぐにそらしてしまう。
だけど、少し待てばすぐに彼女から目をまた合わせてくれる。
さっき俺に落ち着きが無いと言った姿はどこへやら、ゆうかは落ち着きなく、手遊びも始めてる。
「何笑ってるんですか」
「……笑ってたか?」
そんなつもりは無かったが、彼女の目は"笑っていたぞ"と訴えかけてくる。
そっか、俺は……無意識に笑ってたんだ。
「ふーんだ、どうせ私の事を子供っぽいとか思ってるんでしょう? パンケーキではしゃいだっていいじゃないですか、そもそも私にとってこのお店は……」
「お前とのデートが楽しいから、笑ってただけだよ」
「うぅ……ふんだ!」
腕を組み、頬を膨らませてそっぽを向く。
笑っている君も、照れている君も、少し怒っている君も。
そのどれもが、愛おしい。
こんなにも素敵な彼女だけは、俺の愛を受け止めてくれている。
ただ唯一、血が繋がっているって壁はあるけれど、他の誰よりも……。
「その、えっと……」
「何だ、言ってみろ」
そんな事を考えていると、ゆうかはこれまでよりも激しい手遊びをしながら、上目遣いで俺を見る。
可愛い。
それ以外の言葉はいらない。
「私も、楽しい……ですよ」
「俺達って相性いいのかもな」
「……っっ! そ、そうかもしれませんね」
ゆうかは少しだけ苦い顔をしてから、すぐに笑顔を取り戻し、俺を笑顔で包んでくれた。
運ばれてきたパンケーキはゆうかが殆ど平らげ、俺は目をキラキラさせて頬に手を置いて"幸せです!"と言っている彼女を堪能した。
恋歌みたいに食べさせてくれるイベントがあるかもしれないと期待していた自分がいたが、ゆうかは目の前の夢の塊の前でそこまで考える余裕が無かったみたいだ。
「……はっ! あの、ゆう君も食べてました……よね?」
「ああ、堪能したよ」
一口も食べてないけれど、パンケーキよりもいいもの味わったからな。
「よかったです……ふぅ、完全にふわふわで甘くて口の中で溶けるようなパンケーキに意識を持っていかれてましたから、二枚も私が食べたのかと思いましたよ」
「へぇ、そんなにゆうかを虜にするなんて……パンケーキに嫉妬する日が来るなんて思わなかったな」
粉砂糖が雪のように舞い、バターが溶けて甘い香りが立ち上る、まるで冬の夢を閉じ込めたような一皿だったが、それだけではここまで俺の感情を揺さぶらなかっただろう。
君が食べているからこそ、俺もそれに嫉妬してしまった。
「もぅ! またそうやって……ほら、次行きましょう!」
会計を終わらせて、外に出ると店内との気温差が激しく全身を襲ってくる。
それはもちろんゆうかにも来ているみたいで、急いで手袋をつけようとしている。
「寒いな、雪も止まないし……明日やばそうだな」
「明日も洗濯物干せないかなぁ……寒いのは苦手です」
「手、繋いでたら暖かいだろ、ほら」
「ちょっと、そんないきなり……」
右手は手袋に包まれた。
しかし彼女の左手は俺が握った。
冷たいゆうかの手は俺の手から体温を奪っていく。
細くて、力を込めたら折れてしまいそうな指を絡めて、久しぶりの恋人繋ぎは寒いはずなのにとても暖かい。
「ゆう君の手……あったかいです」
「お役に立てて嬉しいよ」
「ですがこの手の繋ぎ方は……流石に……その……」
「……これは暖を取るための一番いい手の繋ぎ方なんだ、寒さ対策だと思って我慢してくれるか?」
「それなら……仕方ないですよね、寒いですし!」
「ああ、寒いから仕方ないよな」
ああ、どうか俺の心臓の鼓動の速さがゆうかに伝わりませんように。
そして叶うなら、どうかこの瞬間が続きますように。
「さ、次は毛糸を見に行きましょう!」
「毛糸?」
「はい、兄さ……じゃなくて、外に出られるようになったら自分で毛糸を選んで……ゆう君にマフラーを作ってあげようと思ってたんです」
言葉に出かかった"兄さん"って言葉。
俺はそれが大嫌いだ。
それが聞こえる度に、君との距離が縮まらないような気がするし、俺は異性として見られていないと認識させられるからな。
「そっか、ありがとな」
「初めて作るので下手かもしれませんけど……頑張って作りますからね!」
「どんなボロボロのマフラーでも大切にするって約束するよ」
「ボロボロまで言ってませんよぉ!」
ゆうかから貰った物は多くない。
普通の兄妹として過ごす中で、そんなプレゼントを貰うような事はあまり無かったはずだ。
だからこそ、今君から言ってくれたプレゼントを楽しみにしている。
きっと……それは俺と君の……。
「渡す時はきっと、私とゆう君はこんな関係じゃないですし、彼女さんからもっといい物を貰っているかもしれませんけど、絶対に捨てたりしないで下さいね!」
ウインクをするゆうかは無邪気に店の方向を指差し、俺を連れて前に進む。
ゆうか自身が前に進むように、君は前に進む。
この関係は今夜限り、デートは金輪際行われない。
遠回りにそう言われて足取りが重くなる俺とは違い、君は……前に進んでいる。
「ほら、行きますよ」
「ああ、分かってるよ」
辛いな、これ。
失恋が分かっているのに告白するような気分、いやそれ以上だ。
ゆうかは色々な毛糸を手に取り、俺と毛糸を何度も見ている。
きっとどの色が似合うのかを考えている。
楽しみにしているソレが完成すれば、作り始めればもうそれ終わり。
目の前で、数字の無いカウントダウンをされているような気持ちになってきやがる。
ダメだ……楽しまなきゃ。
「ゆう君には……そうですね、紫なんてどうでしょうか」
「お前が選ぶならなんでもいいよ」
「もー! そういうのが一番困るんですよ!」
「なら、それがいい、お前が今持ってるその紫色がいい」
ゆうかが手芸用品を見終わって、満足そうに紙袋を握ってレジから帰ってきた。
時間は午後九時近く、終わりの時が近づいている。
……そうだ、確かこの近くに冬月さんを誘って来ようと思ってたイルミネーションをやってる場所があったはずだ。
「いい時間ですし、帰りますか?」
嫌だ、終わらせたくない。
「いや、最後に一つ行きたい所があるんだ」
「言っておきますけど、ここから外食とか無しですからね! 乙女の体はもうパンケーキを食べてますから、これ以上食べられませんよ」
イルミネーションに興味なんて無い。
一人なら確実に見に行かない。
ただの人工的な光を見ても感動なんてしないだろう。
それでも、君と過ごした時間を深く記憶に刻み付ける為。
君の喜ぶ顔が見たいから。
「イルミネーション、見に行かないか」
「イルミネーション……ですか」
興味が無い物でも、興味が持てる。
カップルだらけの駅前広場。
少し早いクリスマスの装飾、あらゆるにちりばめられた星のようなライト。
空に浮かぶ星よりも輝いていて、綺麗な色に変化し続けている。
大きなクリスマスツリーにはその星がいくつも巻かれていて、下からゆっくりと光がのぼっていき、頂点の星に光が集まっていく。
「綺麗……」
誰もがクリスマスツリーを見ている。
だけど、俺は君の横顔から目が離せない。
光を放つそれよりも、俺には君が何倍も綺麗に見えていた。
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