壊れた妹と見えない束縛

ケイト

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美術道具室

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 美術道具室に向かう訳だが、今日のこの感じ、つけられている可能性がある。
特に満月さんが乗り込んで来たらたまったもんじゃない。
だからそのままストレートに向う事は出来ないので、自分の教室を出てから三階に上がり、その後でもう一度二階に戻ってから図工室に入った後で、一階に降りて美術室に入る。
ここまで動き回れば、尾行されてても巻けるだろう。

「……気にしすぎ、だったかな」
 
 美術室の中には、俺の心配とは裏腹に誰も居ない。
ここはめったに使われない場所で、人も来ない、おまけに美術部ってのが無いから使われない机には少し埃が乗っているし、誰かが使っていたであろう絵の具は触れば粉々になると確信できる程乾ききっている。
そんな美術室の裏側に繫がる扉を開くと、そこには……。
 
「兄さん……兄さん……何故来てくれないのですか……」

「大丈夫、お兄さんは絶対来るから、ゆうかちゃんを見捨てる訳ないでしょ」
 
 頭を抱えて震える妹と、その隣に寄り添う恋歌がいた。
埃っぽい美術道具室の中央に置かれた綺麗な机と椅子三つはそのままに、掃除されていない地面に二人共座り込んでしまっている。
 
「遅れた、ごめんな」
 
「兄さん!」
 
 妹は俺の顔を見るなり、駆け寄ってきて抱き締められた。
その勢いでバランスを崩して倒れそうになる体をどうにか持ち直し、妹を抱きしめ返してやると、満足そうに彼女は頬をスリスリと……動物みたいな行為をしている。
 
「遅れそうなら連絡して下さいよ、何かあったらメッセージって約束したじゃないですか」
 
 後ろから見ていた恋歌は少し頬を膨らませている。
俺は妹に何かあったら、もしくは何かありそうになったらメッセージを送るように言っていたが、恋歌の言う通り、俺がその約束を守れていない。
 
 頬をふくらませている恋歌は、爽やかなボーイッシュ少女という学校の評判とは全然違っていて、少し幼く見えてくる。
こっちが素なのか、それとも怒ったふりをしているのか分からないが、俺が悪い事だけは確実だ。
 
「悪かった、恋歌ちゃん」
 
「まったくですよ、ぷんぷん」
 
「えへへ、今日も兄さんとお昼ご飯が食べられるなんて幸せですけど……その前に」
 
 妹が俺から離れると、何故か恋歌の前に立ってからくるっと180度回転した。
俺に背中を見せて、いきなり顔が目の前に来た恋歌も怪訝な顔をしている。
……何がしたいんだろう、まったく分からん。
 
「兄さん、埃がついてますから取ってくれませんか?」
 
「ついてるって……いや、それは自分で取れよ」
 
「女の子はか弱いので、そんな事できません」
 
どんな理屈だよ……まったく……。

「……って待て、お前……いや確かに埃で汚れてるけど」
 
 お尻に埃がついている。
そして妹はこれを俺に取れと言っている。
取る為には尻を触る必要がある訳で、ここは家じゃなくて恋歌も見ている。
いやこれは流石に……普通の兄妹らしくない。
何より、これは妹に害のある物じゃないし、俺が守るって程の事でもない。
その証拠に、妹はこっちをチラチラと見つつ、ニヤニヤしてる。
 
「お兄さん、何躊躇してるんですか?」
 
「うぇ!? あ、いや別に」
 
 恋歌の目が鋭くなる。
いやそんなに睨まないで欲しい、悪いのはどっからどう見ても妹だろ!

「さぁ兄さん、早く取ってくれないとお昼ご飯が食べられませんよぉ」
 
「……な、なら、触るぞ」
 
「そのまま好きにしてくれてもいいんですよ」
 
 する訳無いだろ!
お前目の前の恋歌の顔見ろよ、ヤベー顔してるって!
こっちをニヤニヤしながら見てる場合じゃないって!
 
「はーい、お兄さんちょっと失礼しますね」
 
 ゴミを見るような目をした恋歌が俺の隣に来て……そして。
 
「痛ッッッ!」
 
 スパーンと、見事な音を立て妹の尻を叩いた。
変な意味じゃないんだが、めちゃくちゃいい音がしたな……いや俺も叩いてみたいとか考えてないけども……。
 
「お兄さん困ってたでしょ、埃取るぐらい自分でやんなよ」

「恋歌ぁ! これは兄さんへの日頃のお礼として、合法的にお触りができるシチュエーションを作っていたのに! 見てください、おかげで兄さんがしょんぼりしています!」
 
 例えばそうだな。
家族の尻を触りたい事なんてあるだろうか。
触った事なんて無いし、そもそもそんな発想が出てこないんじゃないか?
欲しくない、なんならいらない物を押し付けられそうになって、それを取り上げられたからしょんぼりって……する訳ないだろ。
 
「私の認識が間違って無ければ、お兄さんは真顔で呆れてると思うんだけど」

「いいえ、これは次のチャンスはいつになるだろうと絶望している顔ですよ」
 
「ふーん……お兄さんってお尻好きなの?」
 
「正確には妹のお尻が好きなんです! まぁ全身好きでしょうけど、兄さんの視線的に……」
 
 これはいけない。
大変な事になっている。
妹は怒りながら俺が妹の体のどこが好きなのかを力説し、それをよく分からない理屈と理由で恋歌を納得させようとしている。
それを聞いて恋歌は……無言で俺を見た。

「兄妹でそれは行き過ぎたスキンシップだと思いますよ」
 
 その目は俺を非難しているようで、どこか残念そうな感じもしている。
とにかく妹を黙らせ……いや、それが原因で傷つける事になるかもしれないからそれは出来ない。
なら……えーっと……。
 
「兄妹でそれは不健全なので認めませんが……えい」
 
「ちょ!」
 
 恋歌は俺の手を掴むと、彼女の尻に嫌でも当たるように手を柔らかな場所に押し付けた。
運動をしていると聞いたが……ずいぶん柔らかいんだな。
妹のような柔らかそうな見た目じゃないけれど、揉みやすい手頃な……。
 
「ちょっと、お兄さん……必死になって触りすぎ」
 
「あ、いやこれは違う! 誤解だ誤解!」
 
「兄さん? 何故恋歌の汚い尻は触るのに、私のは触らないのですか?」
 
「あのね、お兄さんだって男なの、兄妹の体に興味は無くても私には興味があって当然なの」
 
「違う……兄さんは女性の体を興味で触るような人じゃない!」
 
 ふざけてもいい雰囲気だったのは分かる。
俺も驚いていたがそこまで重大な事だと思わなかったし、妹も怒りつつも表情は笑っていた。
恋歌が過激なイタズラをして俺のリアクションをからかおうとしていたのは、少し過ぎたイタズラだが理解出来る。
 
「兄さんをあんなクズ共と一緒にしないで! 兄さんはあんなのとは違うの、本当に好きな人にしかそんな事しないの!」
 
 俺の意識がたりなかった結果、今妹は涙を流しつつ座り込んでしまった。
恋歌が叩くように取った埃が大量に落ちている床に座り、再び彼女は埃に包まれていく。

「その、えっと、お兄さんは」

「兄さんは私にしか興味無いの! 兄さんは私を守るって約束してくれたの! だから、私の兄さんは恋歌にそんな感情を持ったりしない!」
 
 恋歌が何か言おうとしたが、それを上回る声で妹がかき消していく。
泣きながら、自分の敵を見るような目で恋歌睨みつけている。
恋歌は俺と妹を交互に見てから、口を開こうとして、何を言えばいいのか分からなくなったのか、閉じて妹の強い言葉を身に受けている。
 
「……ごめんなさい」
 
 そんな恋歌が、絞り出すような小さな声で詫びたのを、俺は聞き逃さなかった。
 
「任せてくれ」
 
 恋歌にだけ聞こえるように一言言ってから、俺は妹に近付いて彼女を立たせる。
未だ涙は止まらず、俺に飛びついてきた彼女は俺の胸元を涙で濡らしていく。
どうやって場を収めるかだが、はっきり言って正解は分からない。
それでも、協力してくれる恋歌をここで責められない。
そして妹は勿論責められない。

だったら……これしかない。
 
「ゆうか、さっき埃取ってもらったばっかりなのに……じっとしてろよ」
 
「ふぇ……兄さん?」
 
 心を無にしつつ、俺は妹の背中に手を回す。
パンパンと軽くはたきながら背中、腰、そして尻にかけて埃を取っていく。

「えへへ、兄さんお尻だけ回数多いです」
 
「埃が多かったから回数が増えただけだっての!」
 
 涙が止まった。
よし、これで良かったんだな?
さっきまでの睨みつけるような目も普段の物に戻り、顔には勝ち誇ったような笑顔を浮かべている。

「……ハァ、私が悪かったよ、ほらとりあえずご飯食べない? もう時間無いんだけど」
 
 恋歌が取り出したスマホの時間を見ると、昼食の時間は残り十分を切っているのが分かり、俺達三人は急いで昼食をかき込んだ。
少しトラブルはあったけど、とりあえず今日も昼食が無事に……。
 
「恋歌ちゃんからメッセージだ……何かあったのか?」
 
 ギリギリの時間で教室に戻り、授業中スマホにメッセージ通知が来たのを見てそれを開く。
そこには、ゆうかの身に何か危険が迫っているとかの話じゃなくて、別の疑いの内容が書かれていた。
 
『ゆうかちゃんの状況は理解していますが、少し距離感がおかしいです。まさかとは思いますが、本当はお兄さんもゆうかちゃんが異性として好き、なんて事ありませんよね?』
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