花の精霊はいじわる皇帝に溺愛される

アルケミスト

文字の大きさ
30 / 67

30

しおりを挟む
 つくづくゆがんだ親子関係だと思いつつ、龍仁はふと眼を後宮の苑へ移す。

 さっき朱音とすれ違った場所だ。

 声もかけずに通り過ぎた自分を彼女はどう思っただろう。

 遠目にもすぐに彼女とわかった。

 地味な衣をまとった端女たちにまじって床に膝をついて懸命に何かをふきとっていた。

 だが、いじらしいと思った次の瞬間には、彼女は堂々と腕を振りあげて、『せいせいした』などと逞しく叫んでいた。

 そんなに俺がうっとうしかったのかと、平伏する朱音を抱きあげて連れ帰りたくなった。

 二人だけの房に連れ込んで、もうあんなことは言いませんと彼女があの紅い唇で誓うまで、徹底的にかまいたおしてやりたくなった。

(だが、口で誓ったところで、手を離せばまた反抗するのだろうな……)

 ため息がでる。

 彼女に嫌われるように仕向けたわけではない。

 ただ自分は彼女に本音を言うわけにはいかなかった。

 だから突き放した。

 そのつけが今まわってきている。

 思いだす。

 あれは朱音を連れ帰った翌朝のこと。

 朱音が目覚めたと聞いて、生まれて初めて自分の手で花を摘んだ。

 両腕いっぱいの花を持って、勇んで臥所の扉を開けた。

 なのに喜ぶかと思った少女は、真っ青になった。

 後から考えれば花の精である朱音からすれば、切り取った花など仲間の生首の束と同じに思えたとわかる。

 だがあの時はそこまで思いいたらず、拒絶されたことに呆然とした。

 すぐに誤解を正す言葉をかければよかったのだと思う。

 だがあの時の自分はまだ若僧で、はじめて心を動かされた相手を失うまいと必死で、こわばった笑みしかうかべられなかった。

 さらにはその後もまずかった。

 自分は知らなかったのだ、花仙の伴侶の玉をえるのがどういうことか。

 花仙は玉をもつ者が口にする言葉には逆らえない。

 だから傍にいろと言えばいてくれる。

 単純にそう考えていた。

 それが違うと思い知ったのは、もだえ苦しむ朱音を見てからだ。

 何も知らずに、『泣くな』と願いを告げてしまった。

 言霊をのせて命じられた朱音は、身と心が求めているのに泣くこともできず、心を引き裂かれて床に倒れた。

 無垢な箱入り娘だった彼女は自分の心に折り合いをつけられなかったのだ。

 あの時の朱音の真っ青な顔を思いだし自分を殴りつけたくなる。

 もう少しで自分は大切な少女を殺してしまうところだった。

 そしてそのことに気づいた自分は、愚かにも新たなる言葉を発していた。

『泣きたければ泣いていい、苦しまなくていいんだ!』

 結果、朱音は新たな言霊にしばられてしまった。

 泣いていい、という命令と、苦しまなくていいという命令に。

 朱音が苦痛を嫌うのはそのせいだ。
 
 結局、自分は泣いている彼女に、泣くなと言ってなぐさめることもできなくなった。

 どうとりつくろっても、願いという名の強制力は彼女の心に負荷をかける。

 単純な、座れ、といった一時的な言葉ならいい。

 だが心に関わる何かを口にしてしまったら。

 わかっているのに自分は彼女に多くのことを願ってしまう。

 惚れた相手だからこそ、言葉に心かからの想いをのせそうになる。

 だから願いを口にできなくなった。

 後悔した。

 彼女の玉を奪ったことを。

 だが後悔はしても玉を返せなかった。

 返せば彼女は去ってしまう。

 心に傷を負ったまま。

 泣いてばかりの彼女をどう扱っていいかわからず、とほうにくれつつ傍に置いていた。

 そんなある日、言霊でしばっていないのに、彼女が泣くのをやめて怒ってくれたのだ。

 はじめて真っ向から眼をあわせてくれた彼女にどれだけほっとしたか。

 あんなにも怒った顔が可愛らしく思えたことや、怒ってもらえてうれしかったことはない。

 愛してほしいとは口が裂けても言えない。

 それは自分の本心だから、どうしても言霊をのせてしまう。

 彼女に強制してしまう。

 だが言霊をのせなくてもこうして向かいあえる道がある。

 それがうれしかった。

 そして決心した。

 不用意に玉を奪い、彼女の心に傷を負わせた責任をとろうと。

 愛を求める言葉の代わりに、心の傷を乗り越えられる強さを彼女に贈ろうと思った。

 捕えた自分が言うのもなんだが、彼女がもう二度と他の人間の手に捕まらないように警戒心をもたせようと、並の言葉では傷つかないように鍛えようと思った。

 そして強くなった彼女が自由になる道を選んだら、あるいは他の男の伴侶になると言ったら。

 その時はしょうがない、潮時だ。

 玉を返してやろうと自分に誓った。

 はっきり言って自由になどしたくないし、自分以外の男を選ぶなど、相手をぶち殺してやりたいくらいしゃくだが、彼女にまたあの蒼白な顔をさせるよりはましだ。

 それからは周囲の者に眉をひそめられながらも、朱音にわざときつくあたった。

 揶揄する言葉をはき、人とは意地悪な存在なのだと身をもって彼女に教えた。

 彼女がおそるおそるこちらを気づかってくると、きつくつっぱねた。

 わざと意地悪をするのは正直苦痛ではなかつた。

 ぷうとふくれた朱音は花の蕾のように可愛かったから。

 新鮮だった。

 媚びへつらう者にばかりかこまれてきた身には、真っ向から、嫌、といって逆らってくる小さな彼女がひたすら愛しかった。

 強制されない真っ直ぐな言葉も、彼女の眼が自分を映すのも心地よくてたまらなかった。

 それに嫌われていたほうがいい。

 なまじなつかれでもしたら、男としての自分を抑えていられない。

 まだ子どもの朱音にどんな願いを抱いてしまうか自信がない。

 囚われたのは自分のほうだ。

 嫌われている。

 優しくできない。

 それでもなんとかして彼女を守れないかと、柄にもなく必死になっている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

幼い頃に、大きくなったら結婚しようと約束した人は、英雄になりました。きっと彼はもう、わたしとの約束なんて覚えていない

ラム猫
恋愛
 幼い頃に、セリフィアはシルヴァードと出会った。お互いがまだ世間を知らない中、二人は王城のパーティーで時折顔を合わせ、交流を深める。そしてある日、シルヴァードから「大きくなったら結婚しよう」と言われ、セリフィアはそれを喜んで受け入れた。  その後、十年以上彼と再会することはなかった。  三年間続いていた戦争が終わり、シルヴァードが王国を勝利に導いた英雄として帰ってきた。彼の隣には、聖女の姿が。彼は自分との約束をとっくに忘れているだろうと、セリフィアはその場を離れた。  しかし治療師として働いているセリフィアは、彼の後遺症治療のために彼と対面することになる。余計なことは言わず、ただ彼の治療をすることだけを考えていた。が、やけに彼との距離が近い。  それどころか、シルヴァードはセリフィアに甘く迫ってくる。これは治療者に対する依存に違いないのだが……。 「シルフィード様。全てをおひとりで抱え込もうとなさらないでください。わたしが、傍にいます」 「お願い、セリフィア。……君が傍にいてくれたら、僕はまともでいられる」 ※糖度高め、勘違いが激しめ、主人公は鈍感です。ヒーローがとにかく拗れています。苦手な方はご注意ください。 ※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

ヒスババアと呼ばれた私が異世界に行きました

陽花紫
恋愛
夫にヒスババアと呼ばれた瞬間に異世界に召喚されたリカが、乳母のメアリー、従者のウィルとともに幼い王子を立派に育て上げる話。 小説家になろうにも掲載中です。

義娘が転生型ヒロインのようですが、立派な淑女に育ててみせます!~鍵を握るのが私の恋愛って本当ですか!?~

咲宮
恋愛
 没落貴族のクロエ・オルコットは、馬車の事故で両親を失ったルルメリアを義娘として引き取ることに。しかし、ルルメリアが突然「あたしひろいんなの‼」と言い出した。  ぎゃくはーれむだの、男をはべらせるだの、とんでもない言葉を並べるルルメリアに頭を抱えるクロエ。このままではまずいと思ったクロエは、ルルメリアを「立派な淑女」にすべく奔走し始める。  育児に励むクロエだが、ある日馬車の前に飛び込もうとした男性を助ける。実はその相手は若き伯爵のようで――?  これは若くして母となったクロエが、義娘と恋愛に翻弄されながらも奮闘する物語。 ※小説家になろう様、カクヨム様でも掲載しております。 ※毎日更新を予定しております。

追放された薬師は、辺境の地で騎士団長に愛でられる

湊一桜
恋愛
 王宮薬師のアンは、国王に毒を盛った罪を着せられて王宮を追放された。幼少期に両親を亡くして王宮に引き取られたアンは、頼れる兄弟や親戚もいなかった。  森を彷徨って数日、倒れている男性を見つける。男性は高熱と怪我で、意識が朦朧としていた。  オオカミの襲撃にも遭いながら、必死で男性を看病すること二日後、とうとう男性が目を覚ました。ジョーという名のこの男性はとても強く、軽々とオオカミを撃退した。そんなジョーの姿に、不覚にもときめいてしまうアン。  行くあてもないアンは、ジョーと彼の故郷オストワル辺境伯領を目指すことになった。  そして辿り着いたオストワル辺境伯領で待っていたのは、ジョーとの甘い甘い時間だった。 ※『小説家になろう』様、『ベリーズカフェ』様でも公開中です。

私が育てたのは駄犬か、それとも忠犬か 〜結婚を断ったのに麗しの騎士様に捕まっています〜

日室千種・ちぐ
恋愛
ランドリック・ゼンゲンは将来を約束された上級騎士であり、麗しの貴公子だ。かつて流した浮名は数知れず、だが真の恋の相手は従姉妹で、その結婚を邪魔しようとしたと噂されている。成人前からゼンゲン侯爵家預かりとなっている子爵家の娘ジョゼットは、とある事情でランドリックと親しんでおり、その噂が嘘だと知っている。彼は人の心に鈍感であることに悩みつつも向き合う、真の努力家であり、それでもなお自分に自信が持てないことも、知っていて、密かに心惹かれていた。だが、そのランドリックとの結婚の話を持ちかけられたジョゼットは、彼が自分を女性として見ていないことに、いずれ耐えられなくなるはずと、断る決断をしたのだが――。 (なろう版ではなく、やや大人向け版です)

触れると魔力が暴走する王太子殿下が、なぜか私だけは大丈夫みたいです

ちよこ
恋愛
異性に触れれば、相手の魔力が暴走する。 そんな宿命を背負った王太子シルヴェスターと、 ただひとり、触れても何も起きない天然令嬢リュシア。 誰にも触れられなかった王子の手が、 初めて触れたやさしさに出会ったとき、 ふたりの物語が始まる。 これは、孤独な王子と、おっとり令嬢の、 触れることから始まる恋と癒やしの物語

幽閉された王子と愛する侍女

月山 歩
恋愛
私の愛する王子様が、王の暗殺の容疑をかけられて離宮に幽閉された。私は彼が心配で、王国の方針に逆らい、侍女の立場を捨て、彼の世話をしに駆けつける。嫌疑が晴れたら、私はもう王宮には、戻れない。それを知った王子は。

この世界に転生したらいろんな人に溺愛されちゃいました!

キムチ鍋
恋愛
前世は不慮の事故で死んだ(主人公)公爵令嬢ニコ・オリヴィアは最近前世の記憶を思い出す。 だが彼女は人生を楽しむことができなっかたので今世は幸せな人生を送ることを決意する。 「前世は不慮の事故で死んだのだから今世は楽しんで幸せな人生を送るぞ!」 そこからいろいろな人に愛されていく。 作者のキムチ鍋です! 不定期で投稿していきます‼️ 19時投稿です‼️

処理中です...