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朱音はこほんと咳払いをすると、何事にも動じない大人な態度で龍仁の腕をつっついた。
「もう行ってしまいましたから、離してくださいませんか」
「……冷静だな。
とりあえず離すのは却下だ。
宴の席でいろいろ毒気にあてられてつかれた。
充力しないと動けん。
腕を離す気力もない。
少し休む。
つきあえ」
「休むって、宴はどうなさるのですか、主賓でしょう?」
「どうせ長引く。
半刻ほど中座しても大丈夫だ。
そもそも今の俺は皇太后おすすめの妃候補と夜の苑を散策していることになっている。
誰も文句は言わないし、さがす野暮もしない」
その妃候補は香凜?
では今彼女はどこにいるの?
彼女が先に戻ればばれてしまうでは?
でもなんとなく彼女の名を口にしたくない。
龍仁から、彼のものではない甘い香りがする。
これは香凜の香だろうか。
胸が痛くなった。
ほどけない男の腕と自分の心が気まずくてうつむくと、彼がこんと朱音の頭に顎をのせた。
「元気がないな。
やはり来て正解か。
夫婦の義務上、たまには抱きあわないとまずいのだな」
「は?!」
「違うのか?
俺たちは一応、伴侶だ。
ずいぶん長く離れていたから、俺の補給がきれてそんなしょぼくれた顔をしているのではないのか」
しょぼくれた顔は余計だ。
でもそうか、しばらく放っていた自覚があるから、野良猫にまとめて餌をやる感覚でこんなことをしているのか。
意地悪だけど責任感はある彼らしい。
(私のこと、忘れてたわけじやなかったんだ……)
ちよっと嬉しい。
体を包む彼の腕が、急にぽかぽかとすごく温かいものに感じてくる。
俺の補給なんて変な言い方だけど、そんな心配はないと思う。
だってひと月ほったらかしにされていたけど、大丈夫だったし。
でも。
「そう、ですね。
龍仁様が玉を返してくださるなら別にこんなことしなくていいんですけど」
朱音はそっぽを向いて言っていた。
まるでこの行為が必要なように。
そんな噓を言ってしまった自分に驚いて、頭に血がのぼる。
顔をあげられない。
いろいろ聞きたいことがあるのに口も開けられない。
身を硬くして眼だけ泳がしていると、いきなり龍仁の手に顎をつかまれた。
首が捻じ曲がるような勢いで彼のほうへ向かされる。
「え?
あの、もがっ」
顔と顔をあわせたと思ったら、龍仁が朱音の口に何か小さな丸いものを放り込んでいた。
舌にふれる味でわかる。
栗だ。
皇帝のために用意された、蜜で煮つめた一級品。
しかも手が汚れないように、固く冷やした飴で固めてある。
朱音が眼を丸くすると、視線をあわせたまま龍仁がかるく笑った。
「どうせろくなものを食べていないだろう。
宴の席からくすねてきてやった、感謝しろ」
皇帝がくすねてなんて言葉を使っていいのか。
それにろくなものを食べられない端女にしたのは誰。
反論したいけど、口の中と視界が彼でいっぱいで何も言えない。
口の中が甘い。
ずっと粗食だったから、貴重な蜜の甘さが体の隅々にまで染みわたる。
さっきの気まずさがとろりととけて、甘さだけが残る。
自分を抱く龍仁の温かい陽の気に、体のこわばりがほどけていくのを感じる。
自分はこんなに食い意地がはっていただろうか。
こんな栗ひとつで幸せいっぱいになるくらいに。
だが小さな子どもに与えるように口に食べ物を放り込まれたことには抵抗がある。
もごもごといそいで飲み込んで、抗議しようと口を開ける。
するとすかさずまた栗を放り込まれた。
もごもごごくん。
口を開くとまたぽいと新しい栗を入れられる。
まるで鳥の雛だ。
「もう行ってしまいましたから、離してくださいませんか」
「……冷静だな。
とりあえず離すのは却下だ。
宴の席でいろいろ毒気にあてられてつかれた。
充力しないと動けん。
腕を離す気力もない。
少し休む。
つきあえ」
「休むって、宴はどうなさるのですか、主賓でしょう?」
「どうせ長引く。
半刻ほど中座しても大丈夫だ。
そもそも今の俺は皇太后おすすめの妃候補と夜の苑を散策していることになっている。
誰も文句は言わないし、さがす野暮もしない」
その妃候補は香凜?
では今彼女はどこにいるの?
彼女が先に戻ればばれてしまうでは?
でもなんとなく彼女の名を口にしたくない。
龍仁から、彼のものではない甘い香りがする。
これは香凜の香だろうか。
胸が痛くなった。
ほどけない男の腕と自分の心が気まずくてうつむくと、彼がこんと朱音の頭に顎をのせた。
「元気がないな。
やはり来て正解か。
夫婦の義務上、たまには抱きあわないとまずいのだな」
「は?!」
「違うのか?
俺たちは一応、伴侶だ。
ずいぶん長く離れていたから、俺の補給がきれてそんなしょぼくれた顔をしているのではないのか」
しょぼくれた顔は余計だ。
でもそうか、しばらく放っていた自覚があるから、野良猫にまとめて餌をやる感覚でこんなことをしているのか。
意地悪だけど責任感はある彼らしい。
(私のこと、忘れてたわけじやなかったんだ……)
ちよっと嬉しい。
体を包む彼の腕が、急にぽかぽかとすごく温かいものに感じてくる。
俺の補給なんて変な言い方だけど、そんな心配はないと思う。
だってひと月ほったらかしにされていたけど、大丈夫だったし。
でも。
「そう、ですね。
龍仁様が玉を返してくださるなら別にこんなことしなくていいんですけど」
朱音はそっぽを向いて言っていた。
まるでこの行為が必要なように。
そんな噓を言ってしまった自分に驚いて、頭に血がのぼる。
顔をあげられない。
いろいろ聞きたいことがあるのに口も開けられない。
身を硬くして眼だけ泳がしていると、いきなり龍仁の手に顎をつかまれた。
首が捻じ曲がるような勢いで彼のほうへ向かされる。
「え?
あの、もがっ」
顔と顔をあわせたと思ったら、龍仁が朱音の口に何か小さな丸いものを放り込んでいた。
舌にふれる味でわかる。
栗だ。
皇帝のために用意された、蜜で煮つめた一級品。
しかも手が汚れないように、固く冷やした飴で固めてある。
朱音が眼を丸くすると、視線をあわせたまま龍仁がかるく笑った。
「どうせろくなものを食べていないだろう。
宴の席からくすねてきてやった、感謝しろ」
皇帝がくすねてなんて言葉を使っていいのか。
それにろくなものを食べられない端女にしたのは誰。
反論したいけど、口の中と視界が彼でいっぱいで何も言えない。
口の中が甘い。
ずっと粗食だったから、貴重な蜜の甘さが体の隅々にまで染みわたる。
さっきの気まずさがとろりととけて、甘さだけが残る。
自分を抱く龍仁の温かい陽の気に、体のこわばりがほどけていくのを感じる。
自分はこんなに食い意地がはっていただろうか。
こんな栗ひとつで幸せいっぱいになるくらいに。
だが小さな子どもに与えるように口に食べ物を放り込まれたことには抵抗がある。
もごもごといそいで飲み込んで、抗議しようと口を開ける。
するとすかさずまた栗を放り込まれた。
もごもごごくん。
口を開くとまたぽいと新しい栗を入れられる。
まるで鳥の雛だ。
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