花の精霊はいじわる皇帝に溺愛される

アルケミスト

文字の大きさ
39 / 67

39

しおりを挟む
 今と変わらぬ艶やかな笑みをうかべて、この女は四年前、十六だった自分の耳に真実という名の毒をふきこんだ。

『このことがある限り、あなたは一生、私とのつながりを断てないの。
 あなたを守れるのは私だけ。
 よく覚えておきなさい、そしていつまでも私の可愛い息子でいてね……』

 あの夜、当時まだ皇后だったこの女は、うっとりとした顔で我が子に秘密を、皇帝位に関わる事実を睦言のようにささやいた。

『あなたの父は陛下ではないの。
 陛下の御父君、崩御された先帝陛下なのよ』

 あの時の衝撃は忘れられない。

 龍仁を身ごもり先帝の崩御を迎えた母は、そのことを隠し、父の妃となった。

 どんなすべを使ったのかはわからない。

 後宮の医官や宦官を抱きこみ、新しい皇帝の後宮へ入りこんだ。

 そして月足らずの子を産み落とした。

 皇位継承の正当性がないと知った時、信じていた世界のすべてが脆く崩れたように感じた。

 皇帝の血は継いでいる。

 ただし、祖父の血だ。

 おぞましくて自分の体を引き裂き、すべての血を流しつくしたくなった。

 だが自分がこのことを公にすれば仕えてくれている皆に迷惑がかかる。

 父も傷つき苦しむだろう。

 雅叡にまで疑惑の眼がいくかもしれない。

 一人すべてをのみこんで耐えるしかなかった。

 抜け殻のようになっていた自分が息を吹き返したのは、無邪気に笑う朱音に会ったからだ。

 彼女の笑みを見た時、知らず涙がこぼれた。

 自分が愛され、浄化されたように感じた。

 朱音に救われたあの時から、叛逆の牙をといだ。

 皇太后もそれに気づいたのだろう。

 だからこそ朱音を奪おうと執着して、今、毒杯をすすめてみせる。

 これは脅しだ。

 自分が飲まないことを前提とした。

 拒否すればこの女は、子が母のすすめた酒も飲んでくれないと父に泣きつく。

 何も知らない父を味方につけてこちらをなぶる。

 そして朱音の居所なり何らかの譲歩を引きだすつもりだ。

(こちらが下心ありで宴をすすめたように、この女もこのために話を受けたか)

 さすがは母子だ。

 思考が似ている。

 ならばどう言いぬけようと退路は断たれている。

 この女の望みは朱音を手に入れ、香凜を皇后にすえて、韓一族のさらなる繁栄を約束すること。

 それを叶え続ける限り、自分はこの女がもつ不思議な力に援助されて、崔国歴代の皇帝の中でも比類なき力を得るだろう。

 国が傾こうともびくともしない、孤独な皇帝位を。

 だが。

(子とはいずれ巣立つものなのですよ、母上)

 いつまでもいいように扱われる気などない。

 そちらがその気なら、どんな攻撃も利用してやる。

 もとからそのつもりで用意してきた。

 この手を使えばしばらく不自由になる。

 が、朱音にも会った。

 無事は確かめられたし、しばらく自分が動けなくなっても彼女なら大丈夫だ。

(俺も補給はたっぷりしたしな)

 龍仁は杯に手をのばした。

 まさか飲むとは思っていなかったのか、皇太后が軽く眼を見開くのが見えた。

「いただきます、母上」

 それを横目に、龍仁はそっと自分の袖口から、小さな薬包を取りだした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

幼い頃に、大きくなったら結婚しようと約束した人は、英雄になりました。きっと彼はもう、わたしとの約束なんて覚えていない

ラム猫
恋愛
 幼い頃に、セリフィアはシルヴァードと出会った。お互いがまだ世間を知らない中、二人は王城のパーティーで時折顔を合わせ、交流を深める。そしてある日、シルヴァードから「大きくなったら結婚しよう」と言われ、セリフィアはそれを喜んで受け入れた。  その後、十年以上彼と再会することはなかった。  三年間続いていた戦争が終わり、シルヴァードが王国を勝利に導いた英雄として帰ってきた。彼の隣には、聖女の姿が。彼は自分との約束をとっくに忘れているだろうと、セリフィアはその場を離れた。  しかし治療師として働いているセリフィアは、彼の後遺症治療のために彼と対面することになる。余計なことは言わず、ただ彼の治療をすることだけを考えていた。が、やけに彼との距離が近い。  それどころか、シルヴァードはセリフィアに甘く迫ってくる。これは治療者に対する依存に違いないのだが……。 「シルフィード様。全てをおひとりで抱え込もうとなさらないでください。わたしが、傍にいます」 「お願い、セリフィア。……君が傍にいてくれたら、僕はまともでいられる」 ※糖度高め、勘違いが激しめ、主人公は鈍感です。ヒーローがとにかく拗れています。苦手な方はご注意ください。 ※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

ヒスババアと呼ばれた私が異世界に行きました

陽花紫
恋愛
夫にヒスババアと呼ばれた瞬間に異世界に召喚されたリカが、乳母のメアリー、従者のウィルとともに幼い王子を立派に育て上げる話。 小説家になろうにも掲載中です。

義娘が転生型ヒロインのようですが、立派な淑女に育ててみせます!~鍵を握るのが私の恋愛って本当ですか!?~

咲宮
恋愛
 没落貴族のクロエ・オルコットは、馬車の事故で両親を失ったルルメリアを義娘として引き取ることに。しかし、ルルメリアが突然「あたしひろいんなの‼」と言い出した。  ぎゃくはーれむだの、男をはべらせるだの、とんでもない言葉を並べるルルメリアに頭を抱えるクロエ。このままではまずいと思ったクロエは、ルルメリアを「立派な淑女」にすべく奔走し始める。  育児に励むクロエだが、ある日馬車の前に飛び込もうとした男性を助ける。実はその相手は若き伯爵のようで――?  これは若くして母となったクロエが、義娘と恋愛に翻弄されながらも奮闘する物語。 ※小説家になろう様、カクヨム様でも掲載しております。 ※毎日更新を予定しております。

追放された薬師は、辺境の地で騎士団長に愛でられる

湊一桜
恋愛
 王宮薬師のアンは、国王に毒を盛った罪を着せられて王宮を追放された。幼少期に両親を亡くして王宮に引き取られたアンは、頼れる兄弟や親戚もいなかった。  森を彷徨って数日、倒れている男性を見つける。男性は高熱と怪我で、意識が朦朧としていた。  オオカミの襲撃にも遭いながら、必死で男性を看病すること二日後、とうとう男性が目を覚ました。ジョーという名のこの男性はとても強く、軽々とオオカミを撃退した。そんなジョーの姿に、不覚にもときめいてしまうアン。  行くあてもないアンは、ジョーと彼の故郷オストワル辺境伯領を目指すことになった。  そして辿り着いたオストワル辺境伯領で待っていたのは、ジョーとの甘い甘い時間だった。 ※『小説家になろう』様、『ベリーズカフェ』様でも公開中です。

私が育てたのは駄犬か、それとも忠犬か 〜結婚を断ったのに麗しの騎士様に捕まっています〜

日室千種・ちぐ
恋愛
ランドリック・ゼンゲンは将来を約束された上級騎士であり、麗しの貴公子だ。かつて流した浮名は数知れず、だが真の恋の相手は従姉妹で、その結婚を邪魔しようとしたと噂されている。成人前からゼンゲン侯爵家預かりとなっている子爵家の娘ジョゼットは、とある事情でランドリックと親しんでおり、その噂が嘘だと知っている。彼は人の心に鈍感であることに悩みつつも向き合う、真の努力家であり、それでもなお自分に自信が持てないことも、知っていて、密かに心惹かれていた。だが、そのランドリックとの結婚の話を持ちかけられたジョゼットは、彼が自分を女性として見ていないことに、いずれ耐えられなくなるはずと、断る決断をしたのだが――。 (なろう版ではなく、やや大人向け版です)

触れると魔力が暴走する王太子殿下が、なぜか私だけは大丈夫みたいです

ちよこ
恋愛
異性に触れれば、相手の魔力が暴走する。 そんな宿命を背負った王太子シルヴェスターと、 ただひとり、触れても何も起きない天然令嬢リュシア。 誰にも触れられなかった王子の手が、 初めて触れたやさしさに出会ったとき、 ふたりの物語が始まる。 これは、孤独な王子と、おっとり令嬢の、 触れることから始まる恋と癒やしの物語

幽閉された王子と愛する侍女

月山 歩
恋愛
私の愛する王子様が、王の暗殺の容疑をかけられて離宮に幽閉された。私は彼が心配で、王国の方針に逆らい、侍女の立場を捨て、彼の世話をしに駆けつける。嫌疑が晴れたら、私はもう王宮には、戻れない。それを知った王子は。

この世界に転生したらいろんな人に溺愛されちゃいました!

キムチ鍋
恋愛
前世は不慮の事故で死んだ(主人公)公爵令嬢ニコ・オリヴィアは最近前世の記憶を思い出す。 だが彼女は人生を楽しむことができなっかたので今世は幸せな人生を送ることを決意する。 「前世は不慮の事故で死んだのだから今世は楽しんで幸せな人生を送るぞ!」 そこからいろいろな人に愛されていく。 作者のキムチ鍋です! 不定期で投稿していきます‼️ 19時投稿です‼️

処理中です...