花の精霊はいじわる皇帝に溺愛される

アルケミスト

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 朱音の身元がばれることを気づかってか、下っ端侍従の官服を着て変装していた。

「この娘の身元引受人は蒼夫人だよ。
 私は頼まれて様子を見にきたんだ。
 親孝行な娘で母が危篤と聞いて取り乱してるんだ、大目に見てやってくれ。
 上にも黙っててくれないか」

 佑鷹が侍従の身分を示す割符を衛士たちに見せながら言い訳する。

 龍仁の側で女官を束ねる蒼夫人の名は絶大だった。

 衛士たちも、そういう事情ならと朱音を不問にふすことに同意してくれた。

 気持ちはわかるがもうこんな騒ぎは起こさないようにとたしなめられながら縄を解かれて、朱音は佑鷹と門脇によった。

 佑鷹がそっと朱音の耳に口をよせて言った。

「陛下は、ご無事だよ」

 あわててふり仰いだ朱音に、佑鷹が微笑む。

「陛下は耐性をつけておられるから。
 君も知ってるだろう?」

 知っている。

 龍仁はまずそうな顔をしながら薬師が調合した物をいろいろ飲んでいた。

 朱音が何だろうと見ようとしたら、それは毒だ、触るなと、すごい顔で怒られた。

 でもそれとこれは話が別だ。

 だって耐性のない薬を使われたかもしれない。

 それに、

「毒を盛られるなんて龍仁様らしくないではありませんか、やはりどこか調子がお悪いのでは」

「陛下だって人の子だ。
 油断なさる時もあるよ」

 そこで佑鷹がぎこちなく、意地悪っぽく見えなくもない流し眼をくれた。

「特に、魅力ある女人といる時には」

(それって誰か妃候補といたってこと?)

 そういえば龍仁が倒れたのは後宮内だった。

 宴での姿を思いだしてかっとなりそうになった。

 でも違う、佑鷹がそわそわと挙動不審すぎる。

 ごまかそうとしているだけだ。

 龍仁みたいに。

「あの、佑鷹様、無理に怒らせて元気づけようなんてなさらなくてけっこうですよ。
 あの方の無事を知らせにきてくださっただけで、私じゅうぶんですから」

「……君もそう言うんだね。
 やはり私では陛下のようにはいかないか」

 佑鷹が肩を落とす。

 芝居べたな自分にがっかりしているらしい。

 でも真面目で優しい気配りができるのが佑鷹のいいところだ。

 思いきって朱音は聞いてみた。

「お願いします、佑鷹様。
 私に今何がおこっているのか教えてください」

 だって何も知らされずやきもきするのはもう嫌だ。

 少しためらった後、佑鷹が、知っておいたほうがいいか、そのほうが君も気をつけるだろうしねと、ため息をついた。

「ただし私がしゃべったことは陛下には内緒だよ。
 叱られるから。
 もとからね、あの宴の席で騒ぎを起こす予定ではあったんだよ。
 見た眼だけは重篤になる薬を自ら持ち込んで。
 危険だから思いとどまってくださるよう、直前までお願いしていたのだけど」

 佑鷹が語りだす。

 龍仁と皇太后の争いの話を、何故朱音が後宮に入れられたか、その本当の理由を。

「龍仁様は私を守るために後宮に入れられたとおっしゃるのですか……?」

「はっきり陛下の口からお聞きしたわけではないけどね。
 状況を重ねあわせるとそうなるんだよ。
 だから今回ばかりは信じてあげてほしいんだ」

 それだけ手強いんだよ、皇太后様は、と佑鷹が続ける。

 決して龍仁の力が劣っているわけではない。

 皇太后のもとで甘い汁を吸っていた者たちは既得権益にしがみつき、こちらの敵にまわる。

 そして甘い汁を吸えるということは、手強い内部の重職についているということ。

 それらを外から奪い返すのは容易ではない。

 一気に親玉である皇太后をたたこうにも、下手に処断をくわえれば、即位早々に実母に不幸をはたらく皇帝と人心が離れる。

 外堀を埋めて穏便に離宮へ隠居させるしかない。

「だから今回の策をとられたんだよ。
 さすがに皇帝暗殺未遂となれば大罪だからね、皇太后様も瑞鳳宮の捜査を拒めない。
 そして陛下は病床から皇太后様を牽制しつつ、官吏たちにどちらにつくかはっきりするよう、求めていらっしゃる」

 はじめて話してもらえた。

 龍仁をとりまく情勢を。

 なぜもっと早くに興味を持って自分から聞かなかったのだろう。

 龍仁も佑鷹も皆、頑張っていたのに。
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