花の精霊はいじわる皇帝に溺愛される

アルケミスト

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終話

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 朱音の釈然としない顔に、龍仁がぼそりと言う。

「香凜には、雅叡が許せば、あいつの妃になっていいと約してやったんだ。
 そっとしておけ」

「え!?
 で、でも香凜は今十七歳でしたよね。
 で、雅叡様は確かまだ十三歳じや……」

「言うな。
 香凜は年下好きなんだ。
 だからこそ雅叡を餌に早々にこちらに引きこめた」

「あの、よろしいのですか。
 雅叡様にだって意思というものが。
 もう少し雅叡様が成長なされば気にならない歳の差ですけど、今のままだと犯罪すれすれな気が……」

「四歳の年の差なら俺たちもだろう、犯罪などというな。
 それに香凜の猫かぶりと人たらしは俺が保証する。
 香凜なら一生、雅叡をだまくらかして幸せにしてくれるだろう」

 いったい香凜様って何者。

 朱音があっけにとられて遠ざかる背を見送っていると、龍仁が焦れたように舌打ちをもらした。

 朱音の腕をつかんで引きよせる。

「おい、いい加減こちらを見ろ。
 香凜の〈義姉〉という言葉は完全無視か?
 伴侶の玉を自分から渡しておきながら、どうも意識が薄いようだから言っておく。
 誰がお前に女官長になれなどと言った。
 俺はお前に俺の妃として後宮を仕切れと言っているんだ。
 俺のしごきに耐えたお前だ。
 今からでも皇后教育はたたきこめるだろう。
 基本はもうしっかりしこんであるしな」

 え?

 龍仁は何と言った?

「確かにきっかけはただの一目惚れだった。
 だが惚れ込んだのは共に過ごした歳月だ。
 この四年ずっと見ていた。
 お前の泣いた顔、怒った顔。
 気取らない表情に惚れた。
 真っ直ぐにらみ返してくる瞳に心をつかまれた。
 数えだしたらきりがない。
 俺の執着心の深さをなめるな!」

「あ、あの、龍仁様?」

「お前の何気ないしぐさ、声、やわらかな肌、匂い。
 すべてに魅了された。
 がんじがらめに縛られて身動きもとれん、どうしてくれる。
 責任はとってもらうぞ。
 俺をこんなにしたのはお前なのだから!」

 そんなこと人前で言われても……。

 朱音の顔が真っ赤になる。

「ほう、少しは恥じる心もあったのだな。
 さんざんこの俺を焦らしおって。
 もうこれ以上は待てん。
 いい返事を聞かせろ、朱音……と、その前に、おい、手を広げろ。
 こんなものをにぎっていると思ったように願いを口にできない」

 言いつつ、龍仁が朱音の手をとって、右手をかざした。
 
 朱音の掌の上に、白い玉がころんと落ちてくる。

「必要ないだろう?
 こんなものなくてもお前は俺から離れられない。
 違うか?」

 なんて自信家。

 でもそこがたまらなく彼らしくて惹きつけられる。

 もう駄目だ。

 自分のほうこそ幾重にも彼に縛りつけられている。

 捕まった。

 悔しいけどもう逃げられない。

 でも自分だって彼を捕まえた。

 なら、もう逃がしてあげない。

 龍仁はただの男ではない。

 皇帝だ。

 重い責務や国の未来を背負っている。

 後宮の女たちの幸せも彼の肩にかかっている。

 彼と添えば朱音もいろいろ苦しむことになるだろう。

 朱音は苦しいのが嫌いだ。

 それにまだ子どもの自分にどれだけのものが背負えるかと思う。

 だけどやる。

 この人の伴侶になると決めたのだから。

 自分は花仙だ。

 花だ。

 花は見られてこそ。

 だけどその前に、花は自ら花開いてこそだ。

 まぶしく咲き誇るから人に見てもらえる。

 後宮の女たちも同じ。

 皆、必死に花開こうとしている。

 自分を輝かせるため、愛する人の視線を獲得するために。

 恋する女は雄々しい。

 誰よりもまばゆく輝いてみえる。

 だから自分もそうなりたい、そう思った。

 無理と投げる前に、頑張ってみようと。

 朱音は龍仁の腕にそっと自分の手を添えた。

 それで承諾の意志を伝える。

 龍仁が朱音の体に腕を回した。

 力がこもる。

 そして彼が眼を細めて、ぞくりとする低音でささやいた。

「やっと言えるな。
 玉だけでは足りない、お前のすべてをよこせ、と」

「……それはこちらの言葉です」

 制約を外されて、今までの想いのたけをぶつけるかのような龍仁の熱い言葉に、朱音は小さく応えた。

 二人、向きあって見つめあう。

 互いの間にある距離が気になった。

 もっと相手を感じたくなる。

 すいよせられるように二人の顔が近づく。

 最初はおそるおそる探りあうように。

 それから相手を気づかうように優しく、さらには拒絶されないことに勇気を得てだんだんと深く、激しく。

 互いの想いを確かめあう。

 四年の間、我慢を重ねていた龍仁の口づけは執拗だった。

 長く甘い責めからようやく解放された朱音は、体から力が抜けて自力で立つこともできない。

 口づけに酔ってしまったみたいだ。

 くてくてと胸に倒れかかった朱音を抱きとめて、龍仁があやすように顎に手をそえる。

 顔を仰向かせ、眼を合せて、龍仁が朱音の唇に指を這わせる。

 そして彼は言った。

 急には無理だが、ゆるやかに後宮制度は廃止の方向に向かわせると。

「俺の苑に花は一輪でいい」

 もうこんな悲劇をおこさないためにと、もう意地悪ではなくなった皇帝が誓って、優しい口づけをもう一度、朱音の唇にそっと落とした。



   終
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