【毎日連載】古魔道具屋『レリックハート』の女房と猫

丁銀 導

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015 荷馬車にて【セリオン・ハルバード】

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 こんにちは、セリオン・ハルバードです。
 講義が終わったので、今日もエイデンさんのお店に行こうと思ったんですが…
 ちょっと困った事になっています。

 同じゼミの人達が「今夜飲み会をするので、参加費を出して欲しい」と言うんです。
 …僕は参加しないので、お金を出す理由はないと思うんですけど…。
 そう答えたら、なんだか皆さん怒り出して…
 罵られた上に暴力を振るわれそうになったので、今逃げているところです。

 情けないですけど、乱暴なのは嫌いなんです。おとなしく払った方がいいんでしょうか…
 でも両親からの仕送りはそんなに多くないし、度々は困ります。
 こういう緊張した状態が続くのは、正直好ましくないことです。
 …『彼』が目を覚ましてしまったら、あの人達も僕も、ただでは済まないでしょう…。
 せっかく静かに暮らせていたのに、どうしてこうなってしまうんだろう。
 僕の態度は、そんなに良くないんでしょうか。

『おとなしそうな顔して、裏じゃ自分以外はみんなバカだと思ってるんだろう』

 あの人達だけではなく、色々な人から同じ事を言われました。
 …僕は誰の事も悪く思ってません。あの人達とだって仲良くしたいです。
 でも、こうまで嫌われてしまっては、もう無理かもしれません。
 なんとか構内から出る事が出来ましたが、こんなに暗い気分でエイデンさんに会いたくない…
 そう思った僕は、家に帰る事にしました。
 家では一人ぼっちですが、誰も傷つけないし、僕も傷つきません。
 今夜は早く寝て、嫌な事は忘れてしまおう…。とぼとぼ帰路を歩きました。

 ちなみに僕の家は、エイデンさんのお店のある遺物横丁とは逆の方向にあります。
 情けない気持ちでしょんぼり歩いていると、不意に苗字を呼ばれて思わず振り返りました。
 …あの人達に見つかってしまいました…。
 撒いたと思ったのに、今日は本当についてない日です。厄日でしょうか。
 相手は4人で、ひ弱な僕よりも体格で勝っています。…たちまち取り囲まれてしまいました。
 もうお金を払うしかないのかな…でも、嫌だなぁ…
 三万円なんて、僕の一ヶ月分の食費より多いです。それを一晩で?
 ……くだらない奴ら。生きる真似事をしているだけの馬鹿ども。
 …いけない。『彼』の意識が混ざり始めました…どうしよう、このままでは…。
 頭の中がごちゃごちゃに混濁し始めたその時、突然ひづめの音が間近で響きました。
 かろうじて『僕』の意識を保って目を上げると、
 すぐそこの道路に荷馬車が停まっていました。
 くすんだ白の荷台には『古魔道具レリックハート』と黒い字で書かれています。
 …まさか、エイデンさん?
 恥ずかしい思いもありましたが、それよりもやっぱり嬉しさが勝りました。
 しかし…

「きみ…セリオン・ハルバードくん?」

 荷馬車から降りて来たのは、エイデンさんではなく、店員のジュナイさんでした。
 
…今日はやっぱり厄日だ。正直、ジュナイさんが苦手な僕は、失礼ながらもそう思いました。
「久しぶり。学校帰りか?」
 ジュナイさんは僕に、いつものように気さくな態度で話し掛けて来ました。
 僕が曖昧な返事をすると
「店に寄るんだろ?エイデンさんが本を返したがってたし」と言いました。

 とにかくこの場から逃れたい一心で、僕はがくがくと首を縦に振りました。
「じゃあ乗んなよ。俺もちょうど店に帰るとこだ」
 ジュナイさんは僕の手を引いて、荷馬車に乗るよう促しました。
 当然あの人達は何か言っていましたが、ジュナイさんが一言

「文句ないよな」

 そう言うと、黙ってしまいました。
 ジュナイさんは特に凄んだ様子もなかったのですが、何というか…
 目や言葉の奥底に、有無を言わせない恐さがありました。
 …ちょっと、あの人達に同情してしまいます…。
 ともかく、僕はジュナイさんの操る荷馬車の助手席に座り、難を逃れた形となりました。
 …一応は、ですが。

 車上ではジュナイさんも僕も黙っていたので、しばらく沈黙が続きました。
 先程もちょっと言いましたが、僕はジュナイさんが苦手なのです…。
 ジュナイさんには初対面の時、ちょっとからかわれただけで、
 あの人達のように酷い事をされた訳ではありません。理由は分かっています。
 僕は、ジュナイさんが怖いんです。
 彼の強い視線に、僕の抱えている秘密を見透かされてしまうのを、恐れているんです。
「…さっきの奴ら、友達じゃないよな?」
 信号の魔石が赤に変わると、ジュナイさんが沈黙を破りました。
 戸惑った後「はい」と答えると
「シメた方が良かったか?」
 さらりと怖い言葉が返って来ました。
「い、いいんです。僕の問題ですから、自分でなんとかします」
 慌ててそう答えると、ジュナイさんは笑って
「セリオンくんは、意外と骨があるな」と言いました。

 …そういえば、なぜジュナイさんは僕の苗字を知っているのでしょう。
 たしかエイデンさんにも名乗っていないのに…。
 率直にそう尋ねると、ジュナイさんはこともなげに答えました。
「魔法学校の図書館のだよな?本に貸出票が挟まってた」
 確かに貸出票には氏名と学生番号が記載されています。
 ジュナイさんも、あの本を読んだのでしょうか?
 再び尋ねると「ああ。読ませてもらった」という返事でした。
「ごめんな」
 不意に謝られて、僕がきょとんとしていると、ジュナイさんは続けて言いました。
「エイデンさんのために借りた本を、勝手に読んで」
 …確かにそうですが、改めて言葉にされると、恥ずかしいもので…。
 僕は顔が熱くなるのを感じながら、いいんです、と応えました。
 ジュナイさんも僕も、再び黙りました。
 運転するジュナイさんの横顔をちらりと伺うと、やっぱり綺麗な人だなと思いました。
 …エイデンさんとジュナイさんが一緒にいるところを何度か見ましたが、
 その度に胸の内がざわざわと不穏に騒ぎました。
 それはおそらく、嫉妬なのでしょう……我ながら、身の程知らずです。

 ジュナイさんは、さして付き合いの深くない僕を、
 ただその場を通りすがったというだけで助けてくれて…
 貸した本についても、僕の気持ちを慮ってくれる優しい人なのに。
 そんな人を嫉妬心から勝手に苦手だと思う自分が、嫌になりました。
 僕が一人で落ち込んでいると、ジュナイさんは言いました。

「セリオンくんは、エイデンさんの事好きなんだよな?」
 突然の言葉に、僕はみっともなく慌てた挙句
「友達として好きです」と苦しい答えを返しました。

 ジュナイさんはニヤリと笑って「そうなんだ」と言いました。
 …完全に見透かされてます。
 基本的に弱腰の僕ですが、こうやられっぱなしでは
 流石ににちょっとくらい言い返したくなります。

「…か、ジュナイさんは、エイデンさんをどう思いますか?」

 そう聞くとジュナイさんは、少し黙った後、言いました。

「好きだよ」

 さらりと口にされた短い言葉は、しかしとても真摯で…
 不覚にも胸がドキリとしました。
 ジュナイさんがどんな意味でエイデンさんを好きなのか…
 その一言だけで、僕にも痛いくらいに伝わりました。

「…でも、俺は駄目だから」

 荷馬車車が停まりました。
 見るとそこは、遺物横丁裏の馬車小屋でした。
 話に夢中で、いつの間にやらという気分です。

「セリオンくんなら、エイデンさんにぴったりだと思うけどな」

 ジュナイさんは僕をじっと見た後、そう言いました。
 その微笑みはとても優しく、寂しいものでした。
 何かを諦めてしまったかのように…。

 僕は荷馬車を降りると、改めてジュナイさんに頭を下げ、お礼を述べました。
 ジュナイさんは「いいよ別に」と、やはりあっさり笑って言いました。
「俺はちょっと寄る所あるから、先に店行っといてくれ」
 そう言ってジュナイさんは馬車小屋の鍵を僕に預けると、どこかに行ってしまいました。
 …僕はただ、その後姿を見送りました。
 なんだか今日は色々な事がありすぎて…僕の頭の中はごちゃごちゃでしたが、
 とりあえずお店に行くと、いつものようにエイデンさんが出迎えてくれて、心底ほっとしました。
 貸した本を返していただいて、その内容についてお話ししました。
 ジュナイさんはその後、結局お店に帰って来ませんでした。

 …馬車小屋の鍵を返すついでに、ジュナイさんにここまで送って頂いた事を話すと、
 彼は静かに「そうなのか」と言いました。
「ジュナイさんどこに行ったのですか?」
 僕がそう尋ねると、エイデンさんは

「どこだろう…俺も知らないんだ」

 そう応えて、穏やかに微笑みました。
 …僕は、その表情に見覚えがありました。

 エイデンさんのお店をおいとました後、僕は帰路を一人歩きながら
 今日あった出来事のひとつひとつを反芻しました。
 とりあえず分かったことは…
 僕は今日、おそらく失恋したのだろうという事です。

 でも不思議とつらくも悔しくもなく。
 僕だけではなく、エイデンさんも、ジュナイさんも…
 いや、人というのは皆一人残らず、
 誰とも分かち合うことのできない重荷を
 胸の内にひっそりと抱えているのだな……


 ただ身に沁みて、そう思いました。

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