【毎日連載】古魔道具屋『レリックハート』の女房と猫

丁銀 導

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016 亡き弟の独白②蝶の翅ばたき【リュウ・アーヴァイン】

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 窓の外は嵐だ。
 風の唸りと雨粒がガラスを叩く音が、病室の中まで染み込んでくる。

 …この嵐も始まりも、『蝶のはばたき』だったのかな。

 僕がそう言うと、ジュナイは「そんな物語、あったな」と言った。
 今夜はここに泊まるらしい。なにしろこの天気だ。それが賢明だろうね。

 ジュナイは僕の四つ上の兄だけど、血の繋がりは無いし、戸籍上も他人だ。
 けれど僕もジュナイも同じ日に親に棄てられ、同じ孤児院に入った。
 だからなんとなく、互いを兄弟だと思うようになった。
 …失敗したと思う。僕はジュナイを愛してしまった。
 後戻り出来ないほど深く。
 いつから彼を愛するようになったのかは、憶えていない。
 しかしきっかけはおそらく、些細な事なのだろう。
 蝶のはばたきのように。
 小さな蝶の翅が起こした風が、回り回って強大な嵐となる。
 それは、今の僕の身にそっくり当てはまる。

 九時の消灯時間となり、部屋の照明も消えた。
 いつもなら魔石灯をつけて本を読むのだけれど、
 今夜は補助ベッドで眠るジュナイの邪魔になるので、我慢する。
 よほど疲れていたのだろう。
 横になった途端、ジュナイは眠ってしまったようだ。かすかな寝息が聞こえる。
 暗闇の中で目を開く。
 眠るジュナイの姿を見つめていると、どうしてもその髪や肌に触れたくて、たまらなくなった。
 一度、キスして欲しいとジュナイに頼んだが拒まれた。
 …当たり前だよね。彼からしたら、僕は弟なのだから。
 でも、僕の中ではジュナイはもう兄ではないんだよ。

 僕はベッドから抜け出して、冷たい床を素足でひたひたと歩いた。
 ジュナイの眠る補助ベッドの端に腰掛ける。
 暗闇に慣れた目には、その寝顔がよく見える。
 前髪に指で触れると、さらりと心地よい。頬をつついても目を覚ます様子はない。
 寝付きが良いのは昔からだ。

 身を屈め、口づける。
 触れた唇は柔らかく、少しかさついていた。
 顔の真ん中がふにゃりとへこむような、不思議な感触だったが心地よかった。
 何度も口づけを繰り返すが、ジュナイが目を覚ます気配はない。
 起きたらどうしよう?抱いて欲しいと言ったら、彼はどんな顔をするだろう。
 僕が抱く側なら…いや、無理矢理なんて可哀相だし、
 たぶんどちらにせよ、僕の心臓が激しい負荷に耐えられないだろう。
 …まったく、我が身が恨めしい。
 色々と考えた結果、添い寝するという妥協案を見つけた僕は、
 布団をめくり、ジュナイの隣に潜り込んだ。…こうして眠るのは何年ぶりだろう。

 子供の頃は僕が一人では眠れないとべそをかくと、
 ジュナイは一緒に寝てくれた。
 朝起きたら、一体どんな反応をするかな。
 驚くか、怒るか、飽きれるか…
 なんであれ、『兄』の顔をするのだろう。
 僕から気持ちを伝えられても「聞かなかった事にする」なんて…
 君は本当に酷いやつだ。

 あれ以来、僕は
 どうしたらジュナイを一番傷付けられるのか
 …その事ばかり考えている。

 死に際の僕が遺した小さな翅のはばたきが、
 ジュナイを激しい嵐に叩き込む事だけを望んでいる。

 君の中で『良い弟』としてだけ記憶に残るなんて、耐えられない。
 僕からしたら、そんなの二度死ぬのと同じなんだよ。

 …ジュナイ、僕は君を許すよ。
 君が僕にした仕打ちを許す。

 でも僕の事は許さないで欲しい。
 身勝手な愛で君を傷つける僕を…

 どうか許さず、憎み続けて。

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