【毎日連載】古魔道具屋『レリックハート』の女房と猫

丁銀 導

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017 身も心も【ジュナイ】

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 俺がエイデンさんと初めて寝たのは、
 ここに住み着いて半年を少し過ぎたあたりだ。

 とある事情で時代屋の仕事を、書置きひとつ残して四日かそこら休んだ。
 流石に温和なエイデンさんでも、
 怒るかクビにするだろうと思ったが、何も言われなかった。
 お咎めがある訳でもないし、俺にどこで何をしていたか訊くでもない。
 これは、そもそも俺に興味が無いんだな。
 そう思うと気が楽になる反面、正直少し面白くなかった。…けどまぁ、仕方ない。
 エイデンさんからしたら俺は、勝手に上がりこんで棲みついた野良猫と一緒なんだろう。

 それで今関わってる事案もなかなか落ち着かないから、
 度々俺は仕事を休み、店にも戻らなかった。
 別に誰が待ってる訳でもない。そう思っていたから、罪悪感なんて大して無かった。
 エイデンさんが出て行けと言うなら出て行くつもりだし、
 そうでなくてもこの店に長居する気は無かった。
 元々俺は死ぬ気だったのに、何かの間違いでここに居るだけなんだからな。

 …それでも俺はエイデンさんの見た目も性格も、正直かなり好みなので、
 完全に愛想を尽かされるまでは、きちんと仁義を通そうと思った。
 それで何日かぶりに帰ったその朝も、いつものように朝飯の支度をしていた。
 いつも7時には起きてくるエイデンさんが、その日は8時過ぎになってようやく起きて来た。
 弱いくせに酒が好きだから、たぶん飲み過ぎたんだろう。
 のそっと台所に現れたエイデンさんは驚いた目で俺を見たが、
 やはり俺に何を訊く訳でもない。
 だが、澄んだ強い視線に少し胸が騒いだ。
 それを隠すように、今朝は随分ゆっくりなんだなとか、適当な事を言った。
 たぶんエイデンさんは何も聞かないし、言わない。
 俺に興味がないんだから当たり前だ。
 それならこっちの対応だって、それなりでいいだろう。

 …そんな事を考えていたら、いきなり後ろから抱きしめられた。

 そういう事には今更特に驚かないが、真面目なエイデンさんが
 こういう行動に出るという事においては、確かに意外だった。
 普通に女が好きだと思ってたからな。
 似たような目には昔から何回も遭ってるんで、よく分かるが、
 その腕の力は、振りほどけば簡単に外れるくらいのものだった。
 確率は低いが、冗談なのかも知れない…。
 そう思ってしばらく黙っていたが、腕が外される事はなく。
 エイデンさん、と背後の彼の顔を見ようと首をめぐらせると、
 そのままキスされた。
 …これはマジでやる気なんだな。
 そう観念すると、後は流されるに任せた。
 抵抗する理由がない。別に嫌じゃないからだ。

 さすがに台所の床でヤるのは嫌なんで、部屋を移って貰ったが、
 それ以外は特に何がある訳でもなく…
 俺とエイデンさんはなんの障害もなく、関係を結んでしまった。
 
 エイデンさんは常と変わらず優しかったが、意外と情熱的なところもあったので、
 結構溜まっていたのかも知れない。まぁそうでもなきゃ、
 いくら見た目が少しばかり良かろうと、男を抱こうとは思わないだろう。
 店番以外の仕事が、ひとつ見つかったか…。
 着崩れた服を直すのも億劫で、タタミの上に横になったまま
 そんな事をぼんやり考えていると、また抱きしめられた。
 今度は正面からだった。

 相変わらず、エイデンさんは何も言わないし聞かない。
 だから俺も素性も行き先も話すことはない。体の関係は単なる性処理。
 …そういう関係なら、それはそれで構わない。
 だがそれなら、こんな風に抱きしめたりしないで欲しいな……
 口には出さないが、そう思った。
 嫌だと言えば、エイデンさんは止めてくれるだろう。
 でも俺は、そうされたくはなかった。
 真意なんか知りたくないし、嘘でもいい。
 …そんなバカな事を思っちまうんだから、
 誰かを好きになるって、なんて間抜けな事なんだろう。


 ***
 エイデンさんとそういう関係になった後も、俺は度々店を出て帰らなかった。
 今の暮らしが嫌な訳じゃないが、関わってる事案がなかなか片付かないからだ。

 …レオの精神状態はもうそろそろ限界だ。
 次連絡があった時が、おそらく最後なんだろう。

 四日ぶりに帰るとなると、さすがに少しは気が重い。
 今度こそ「出て行け」と言われるかも知れない。
 いつそう言われても仕方ないと覚悟しちゃいるが、それでも平気な訳じゃない。
 我ながら勝手だとは思うが…。
 帰ると、エイデンさんはいなかった。古魔道具の買付けにでも出てるのかも知れない。
 代わりにリュウが飛び付いて来た。のんびり屋のこいつが、珍しい事もあるもんだ。
 リュウもここで暮らして半年ちょっとになる。
 黒く長いつややかな毛並みは綺麗にブラシを掛けられ、体重もかなり重くなった。
 俺が拾った時はボロ雑巾みたいな野良猫だったのに、今はどこから見ても幸せな飼い猫だ。
 リュウは黒い影のように、するすると俺にまとわりついた。

「こらリュウ!踏んじまうだろ、ちょっと退け」
 
 喉を鳴らしながら足元にまとわりつくリュウを叱るが、聞いている気配はない。
 いっぺん踏んづけてやろうか…なんて思っていると、リュウはぴくりと耳を動かし、
 店の入り口まで素早く走った。見ると、そこにはエイデンさんが立っていた。
 エイデンさんはリュウを抱き上げ、喉を撫でた。リュウは腕の中で喉を鳴らしている。
 …懐いたもんだ。

「そう邪険にしてやるな」

 エイデンさんは穏やかに言った。

「…リュウも嬉しいんだ。お前が帰って来たことが」

 そうなのかなと適当な返事をしながら、ふと、その言葉に違和感を覚えた。
 
…『リュウも』?
 
リュウ以外の誰が、俺が帰って嬉しいって?
 俺が黙ると、エイデンさんは自分が口を滑らせた事に気付いたのか、
 気まずそうに視線を逸らした。しらばっくれるのが下手な人だ。耳の辺りがほんのり赤い。
 そんなに可愛い態度をされると、ちょっと苛めたくなるな。

「エイデンさんは?」

 そう訊くと、案の定返事はなかった。
 無視するのではなく、口籠っている感じだ。

「…そうだよなぁ、別に何とも思わないよなぁ…。」

 俺がわざと寂しそうな風を装って言うと、
 エイデンさんはハッとしたように顔を上げ、俺の手を掴んで言った。

「そんな事はない!」

 意外にはっきりと言い切られて、内心かなり驚いた。
 澄んだ琥珀色の強い目でまっすぐ見つめられて、今度は俺がどぎまぎする番だった。

「…俺は、何とも思わない相手と、寝たりしない…」

 エイデンさんはひどく真剣な様子で、そう言った。
 この人、自分が何言ってるのか分かってんのかな…?
 やけに冷静にそう思ったが、頭が言葉の意味を理解するに従って
 じわじわと顔が熱くなるのを感じた。…あ??なんだこれ…。
 エイデンさんはもっと気の毒なくらい赤くなって、掴んでいた手を離すと
 店の奥に行ってしまった。

 …まぁ確かに以前、風俗に行かないのかとからかったら
「そういう事は、惚れた相手としかしたくない」って言ってたけど…
 その時は、案外この人も嘘つきだなと思っただけだった。
 …だってそうだろ。

 その理屈だとエイデンさんは俺に惚れてるって事になる。

 それは無いって…。
 あったとしても十中八九、気の迷いだよなぁ。
 そうでなけりゃエイデンさんみたいに真面目で優しい人が、
 俺に惚れるとか絶対あり得ない。
 …そんなの、あっちゃいけない事だ。

 そう自分に何度も言い聞かせても、
 さっきのエイデンさんの言葉が、耳から離れなかった。

 弟を…リュウを苦しめて死なせた俺に、幸せになる資格はない。
 それなのに、嬉しいと思ってしまう自分が嫌だった。


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