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022 カロン川心中③【エイデン】
しおりを挟むレオくんはそこまで一気に話すと、涙でぐしゃぐしゃになった顔を
イーサンくんにタオルで拭かれていた。
…こんな時に何だが、レオくんには文才があると思う。
夜の冬の川の芯まで凍てつくような寒さも、水の冷たさも、
ジュナイがどんな表情でその言葉を言ったのかも…
まるでその場にいるように、鮮明に思い描く事が出来た。
「ジュナイは、今どこに?」
そう聞くと、レオくんもイーサンくんも一様に沈んだ顔を見せたが、
沈黙を破ったのはレオくんだった。
「ジュナイさんは…アスラさんに連れられて、
黒ギルドの偉い人のところへ行ったみたいです…その後は…」
そう言うと、レオくんは首を横に振った。
「ジュナイさんは「仕事の話だから心配ない」って」
日頃のジュナイの働きぶりや、ラルフ先生や彼らの話を聞く限り、
ジュナイは黒ギルドとやらでも随分と重宝されていたのだろうと想像がつく。
イーサンくんやレオくんのように黒ギルドを抜けた訳でも無いようだが…。
なぜジュナイは、何も持たない身で俺の店に現れたのだろうか。
そして、何が彼を死のうとまで思い詰めさせているのだろう。
これらの事はあれこれ想像するよりも、本人に聞いた方が早いのだろう。
彼が真実を話すかどうかは別だが。
「その黒ギルドというのは『グラディウス』で間違いないか」
そう訊くと、レオくんとイーサンくんは顔を見合わせ、それぞれ頷いた。
「なんで知ってるんですか?」
イーサンくんがこの部屋で初めて口を開いた。
…どう答えたものか少し迷ったが
「古魔道具業界では常識なんだ」と適当な事を言った。
他の黒ギルドならちと厄介だったが、
幸い『グラディウス』なら渡りも付く。なんとかなるだろう。
窓の外を見ると、薄暗闇を緋色の夕焼けが縁取っていた。
随分と長居をしてしまったようだ。
「話してくれてありがとう」
レオくんとイーサンくんに頭を下げると、
二人は「平気です」「大丈夫です」と恐縮しきっておろおろした。
見た目は不良っぽさが抜けていないが、根は本当に純朴な青年達だと思う。
ジュナイが彼らを捨て置けず、何くれと世話を焼いた理由がよく分かった。
***
「いつか、お店に遊びに行っていいですか」
去り際、病院の玄関まで見送ってくれたレオくんが、遠慮がちにそう言った。
「もちろんだ」
断る理由など無い。
「フレデリックくんと三人で、いつでも来てくれ」
そう言うと、レオくんもイーサンくんも微笑んで手を振ってくれた。
市民病院の馬車停め場から荷馬車を出し、もう一度玄関前を通ると
二人はまだその場に居て、俺に気づくとまた手を振ってくれた。
小さく手を振り返すと、彼らの隣にもう一人の人影が見えた。
ほっそりとした体つきの、綺麗な顔立ちをした青年。
遺影の中で眩しいほどの笑顔を見せていた彼…フレデリックくんは、
レオくんとイーサンくんの隣で栗色の髪を揺らしながら、
やはり笑顔で手を振っていた。
俺は彼らに手を振り返し、病院を後にした。
…死ですらも、あの三人の絆を別つ事は出来なかったと見える。
***
荷馬車を走らせ、遺物横丁に辿り着く頃には、すっかり陽が落ちていた。
リュウが腹を空かしているだろうな…そう思いつつ歩くと、
閉めて出たはずの店にオレンジ色の明かりが灯っているのが見えた。
我ながら滑稽なほど慌てて店頭まで走ると、やはり店は開いていた。
リュウがエサ皿に顔を突っ込んで、夕飯を食べている。
「お帰り」
目を上げると、カウンター前の椅子にいつものようにジュナイが座っていた。
顔を見るのは一週間ぶりだろうか。
「店閉まってたけど、暇だし勝手に開けたよ。悪かったか?」
そう話す口ぶりも、身なりも表情も、特に変わりはない。変わりが無さ過ぎる。
冬の河に入り、死のうとしたという片鱗も見えない。
「エイデンさん?」
名を呼ばれ我に返ると、ジュナイはじっとこちらを見て言った。
「どうかしたか?何かあった?」
…それは俺の台詞だ。人の心配などより、自分はどうなんだ。
そう思いはしたが、おそらく今、口に出すに足る言葉ではない。
「いや、何でもない」
今言うべきは、この一言をおいて他には無いだろう。
「お帰り」
そう言うと、ジュナイは「…ただいま」とだけ小さな声で言うと、
逃げるように店の奥に引っ込んでしまった。
考えてもみれば、俺が誰かにこの言葉を言うのも、一週間ぶりだ。
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