【毎日連載】古魔道具屋『レリックハート』の女房と猫

丁銀 導

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029 黒き刃のバルヴァロス②【ヴィクター・グラディウス】

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「五年ぶりだな…親父の代が最後だ」

 五年、とマーズが小さく繰り返した。
 その頃は俺も半分堅気だった。ドミニオもだ。

「マーズはここに来て…もう三年だったな」
「はい」
「先代はこの辺の勢力図が不安定でなぁ…抗争抗争で凄かったんだよ」

 マーズは、さも意外だと言いたげな顔をした。
 無口だけど顔に出やすい奴だ。

「事務所だけじゃなく、
俺の実家にも鉛玉が撃ち込まれたりな…まぁ色々あったぜ」
「…そうですか」

 マーズに話しながら当時を思い出す。
 俺は昔から黒ギルドの跡を継ごうなんて気はさらさら無かったが、
 あの時期は否応なく、自分の人生の道筋を悟らざるを得なかった。
 目の前の道を進むか、食い殺されるかしか選択の余地はないのだと。
 
 抗争は一年にも満たなかったが、その時は永遠のように感じたもんだった。
 そして血で血を洗う抗争は、ある日あっけなく終わった。

「お前の知るとおり、抗争で生き残ったのはウチだ」
 マーズはやはり無言で頷いた。
「ウチみたいな規模の黒ギルドが生き残った理由はな…」
「……」
「一番デカい黒ギルドの頭が飛んだからさ」
「頭が…?」
 
 きょとんとするマーズの顔を見て、ついニヤリと笑う。
 このテの武勇伝ってのは、話していて楽しいモンだな。
 未だに親父が、酒が入る度に話したがる訳だぜ。

「お前の前任が殺ったんだよ。『ノースウッド』の先代をな」
「……!」

 黒ギルド『ノースウッド』と言えば当時は飛ぶ鳥を落とす勢いだったんだが、
 傑物で鳴らした先代のワンマンだった事もあり、先代と幹部を失えば脆かった。
 息子がいたようだが、そいつは黒ギルドを継がずに姿を消した。
 なんでも今は海外にいるらしいが…。
 それでノースウッドの縄張りとその他諸々の余禄は、ウチが総取りしたという訳だ。

「親父がとっとと引退した理由、分かったろ?」
「…はい」
「黒ギルド長が俺みたいな若造でも、なんとか凌げてんのはその所為なのさ」

 弱小が中堅に伸し上がった程度だが、それすらもこの界隈じゃ珍しい話だ。

「…そいつは、今どこに」
「ん?」
「俺の前任です」

 見ると、マーズの暗紅色の目が、ぞっとするような光を宿していた。
 殺り合いたくてウズウズしてんな…
 俺も決して腰抜けじゃねえが、荒事を好む神経ってのは正直よく分からねぇ。

「ンな顔してっと『黒き刃のバルヴァロス』が来るぜ?」

 そう言うと、マーズはまたきょとんとした。

「マーズって読書家だよな」
「…まぁ、多少は」
「『前任』のそいつも本が好きでな、よく読んでたらしい」

 これは親父から聞いた話で、俺はそいつに会った事はない。
 ただ伝聞のイメージとは違い、年齢は俺より少し上という程度と聞いた時は驚いたが。

「…そいつはな、ノースウッドの本部を襲撃した時、
『黒き刃のバルヴァロスが遊びに来た。赤き槍のケイロニウスは居るか』
 …って、歌劇の決まり文句を言ったんだと」
「…本当ですかね」
 マーズが皮肉っぽく笑う。
「さあな。なんせ年寄りの話だ。かなり盛ってるかもな?」

 なんて話してたら、突然扉が勢いよく開いた。
 血相を変えて入って来たのはドミニオだ。

「…ヴィクター」

 のんびり屋のドミニオの、青ざめた顔を見るのは久々だ。
 緩んでいた空気が一瞬にして痛いほど張り詰める。
「…どうした」
 俺がそう訊くと、ドミニオは手にしていた魔石板を机の上に置いた。

「このお客さんだけど…」

 画面には魔導眼の映像がいくつか映っていて、ドミニオはその内の一つを指差す。
 この屋敷のエントランスに立つ一人の男が映っている。
 薄汚い訳じゃないが、えらく地味ななりだ。
 体格は上背があり、いいガタイをしている。
 少し癖のある黒い髪を首の後ろで結び、左手には布袋に覆われた長物を持っている。

「…ドス持ってやがるな」
 俺が思わず呟くと、マーズが頷いた。

 男はエントランスで静かに立っている。
 足元で黒い大きな毛玉が尻尾を揺らしている。
 よく見ると黒い猫だった。飼い猫同伴とは余裕だな。

「カチ込み…にしちゃあ静かだが…」
「うん…ただ、こっち見て」

 ドミニオが指差すのは正面玄関のカメラだ。
 屈強な見張りを三人配置してるが、どう見ても2人床に転がってる。
 ドミニオが操作して巻き戻すと、さっきの男と見張りが何か話している。

 そして男はいきなり見張りの顔を殴りつけた。
 躊躇のない動きだった。
 残りの二人も同じ目に遭った。
 男は最後に殴った見張りの襟元を掴むと、何か言っているようだった。
 手を離すと、見張りは逃げ出した。
 ドミニオに報せたのはこいつだろう。
 
 何事も無かったように、男は玄関からエントランスに向かった。
 その斜め後ろを、黒い猫がしっぽをフサフサと揺らしながらついてゆく。

「…こいつ、なんて?」
「え?」
「…見張りに何か言ってたろ。なんて言ってた」

 俺がそう言うと、ドミニオは珍しく戸惑うような顔を見せた。
 隣を見ると、マーズが獲物を見つけた狼そのものの目を
 ギラギラ無言で光らせてる。
 …聞かなきゃよかったぜ…嫌な予感しかしねえ。


「…「『黒き刃のバルヴァロスが遊びに来た』そう伝えれば
 二代目には分かるはずだ」って」


 …ほら、やっぱりな…。
 男はエレベーターに乗りもせず、エントランスに立っている。
 俺に用があるなら、なんでここまで来ない?
 たまにしゃがんで何をするのかと思えば、足元にじゃれつく黒猫を撫でている。

「なんか、見張りが「上に伝えるから、ちょっと待ってくれ」
 って言ったらしいよ…」
「……」

 それを律儀に守ってやがんのか……変な奴だな。
 ただまぁ、取り込み中だからと放っておけるほど無害とは思えない。
 何より俺が個人的に、この男に興味が湧いたってのがある。
 マーズもそうみたいだしな…。


「こいつをここに呼べ」


 俺がそう言うと、ドミニオは黙って一礼し
 再び部屋から出て行った。
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