【毎日連載】古魔道具屋『レリックハート』の女房と猫

丁銀 導

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030 算盤と魔導銃①【ドミニオ・レンゼント】

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 黒ギルド長…ヴィクターの命令で、
 僕はエレベーターで一階エントランスまで降りました。

 屈強な見張り三人をのした
 『黒き刃のバルヴァロス』さんをお迎えするためです。

 魔導眼の映像を見る限り、
 問答無用で襲い掛かってくるタイプの人ではないようだし、
 護衛をつけずとも、僕一人で充分でしょう。
 いざとなれば懐のハジキ(魔導銃)がありますしね。

 …昔は僕がヴィクターに甘えてお願いばかりしていたのに、
 今はすっかり立場が逆になってしまいました。
 自分で選んだことなので不満はありませんが…
 時々、感慨深く思います。

 エレベーターの扉が開くと、そこには件の男性が立っていました。
 彼が『黒き刃のバルヴァロス』。
 本名は知りません。
 確か父子二代で、先代…ヴィクターの父上お気に入りの殺し屋だった男です。

「黒ギルド『グラディウス』会計係・ドミニオ・レンゼントと申します」

 僕がそう名乗って頭を下げると、彼も同じように頭を下げました。
 礼節ある人のようです。

「エイデン・レリックハートと申します」

 そう名乗ると、彼は一枚の名刺を両手できちんと持ち、こちらに差し出しました。
 同じように受け取ると、そこには彼の名前と住所・魔導フォン番号が印刷されていました。
 ご丁寧なことです。
 逃げも隠れもしない、という意思表示なのでしょう。
『古魔道具修理・販売・買取レリックハート』というのが彼の生業のようです。
 あくまで『表の顔』なのでしょうが…。

「上で二代目がお待ちです。どうぞ」
 
 そう促すと、彼…エイデンさんはおとなしく僕の後ろについて来ました。
 にゃあ、と可愛い鳴き声がするので足元に目を遣ると、
 美しい黒猫がこちらを見上げていました。
 黒猫はエイデンさんによく懐いているようで、
 その足元に影のように寄り添い歩いています。

 ヴィクターの待つ屋敷の最上階に至る昇降個室では当然、
 僕とエイデンさんと黒猫さんの二人と一匹になりました。
 エイデンさんはいたって静かで、殺気立った様子も見えませんが、
 左手の剣だけが独特の緊張感を放っています。
 彼の目的は何なのでしょうか…気にはなりますが、
 それはヴィクターが訊くと言っているので、僕が今尋ねる訳には行きません。

 ふと視線を感じて見回すと、黒猫さんが僕をじっと見上げていました。
 黒くつややかな毛並みは豊かで、僕を観察するように見つめる青い瞳は宝石のようです。

「綺麗な猫さんですね」

 思わずそう褒めると、エイデンさんはほんの僅かに微笑んで
「ありがとうございます」と穏やかに言いました。
 
 低く淡々とした声ですが、冷たくは聞こえません。
 うちのマーズくんと、どこか似ています。
 黒猫さんは僕の足元に擦り寄って来ました。
 まるで褒められた事が分かるみたいです。
 とってもお利口ですね!

 少しすると、エレベーターは最上階に着きました。
 暫し廊下を歩くと、ヴィクターとマーズくんが待っている『社長室』の扉が見えます。
 中に居るのは社長というか黒ギルド長ですが…まぁこれも『表の顔』というやつです。

「お客様をお連れしました」
 ドアをノックし、そう告げると、中から「入れ」と返事がありました。
「どうぞこちらへ」

 僕が促すと、エイデンさんは無言で頷き部屋に入りました。
 扉を開けてまず目に入るのは、広い部屋の奥にデンと置かれた巨大な机と、
 その奥で革張りの椅子に座る男でしょう。

 若さに似合わない貫禄と全身に漲る覇気で、たとえ名乗らずとも
 彼が黒ギルド『グラディウス』
 二代目ギルド長・ヴィクター・グラディウスだと分かる筈です。
 
 ヴィクターの死角を守るように立つマーズくんが、
 目深に被ったフードの奥から鋭い視線を投げ掛けていますが、
 一人立つエイデンさんからは、さして緊張した様子は伝わって来ません。
 僕が定位置であるヴィクターの右隣に戻ると、彼は小さく「御苦労」と言いました。
 労いなど不要なのですが、ヴィクターはこういう気遣いを忘れない男なのです。

「…俺がグラディウスの二代目だ」
 
 ヴィクターが口火を切りました。

「存じております」

 エイデンさんは変わらず淡々と答えますが、
 先ほど僕と話した時の優しさがありません。

「『黒き刃のバルヴァロス』の噂は先代からよく聞かされてるが…」
 ヴィクターの緑色の眼に、剣呑な光が浮かびます。

「あんたが本人だっていう証拠はあるか?」
 
挑発的な物言いですが、エイデンさんの精悍な顔からは
 明確な感情の揺らぎは特に見つけられません。

「…ここに」
 そう言ってエイデンさんは、左手の剣…日本刀を差し出しました。

「五年前、先代から戴いた『オサフネ』です」

 確認しろと言ってるんだな…。
 そう思って僕が受け取りに行こうとすると、マーズくんに止められました。

「ドミニオサン…俺が」
 僕は素直に引き下がりました。
 マーズくんは無言でエイデンさんに歩み寄り、刀と封筒を受け取りました。

「この封筒は?」
「…先代からの手紙と鑑定書です」
「分かった」

 …なんという事のない遣り取りの筈が、部屋の空気が今にも
 粉々にひび割れそうなほどの、酷い重圧を感じます。
 …まったく、殺し屋というのは殺気だけで人を殺せるのではないでしょうか。

 マーズくんは元の場所に戻り、封筒をヴィクターに手渡し、
 刀を机の上に置きました。
 ヴィクターは封筒の中身にざっと目を通し、僕に渡しました。
 確認しましたが、鑑定書は確かに本物で、
 手紙の筆跡の先代のものに間違いありませんでした。
 肝心の刀はと言えば、拵えも中の刃も真作でした。
 僕は日本刀を含めた美術品の鑑定士でもありますので、間違いありません。
 黒ギルドのお金に関わる全てを網羅してこその会計士ですから…。

「歳の頃も合うか…」
 その旨をヴィクターに伝えると、
 数メートル先に立つエイデンさんを見つめて呟きました。

「…なるほど。それで、今日は何の用で来た?エイデンさんとやら」

 僕が渡したエイデンさんの名刺を一瞥すると、
 机の上に無造作に放り、ヴィクターは言葉を続けます。

「復帰したいってんなら、歓迎するが」
「いえ…違います」

 やはり淡々と…しかしきっぱりとエイデンさんは否定しました。
 臆する事はないのでしょうか。

「うちの従業員が、こちらに御厄介になってると聞き…
 引取りに参りました」

「従業員?」
 ヴィクターが片眉を上げ、続けて問い返します。
「…そいつの名前は?」

エイデンさんの琥珀色の眼が、改めて僕たちに向けられました。


「ジュナイ、という男です」

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