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031 算盤と魔導銃②【ドミニオ・レンゼント】
しおりを挟むヴィクターの問いにエイデンさんは淀みなく答えます。
意外な名前に、つい僕はヴィクターと顔を見合わせました。
ジュナイくんは元々、昼間はごく普通の市民として、名のある魔石商社で働いていた筈です。
…ただ、一年ほど前に彼の『弟』が亡くなって以来は、確かに定かではありませんでした。
ジュナイくんとエイデンさんはどんな関係で、どこまで互いの事を知っているのでしょうか。
「確かにジュナイはここにいるが…それを何故知ってる?」
そうヴィクターがドスを利かせた声で訊くのと絶妙なタイミングで、
にゃあと可愛らしい鳴き声が小さく響きました。
エイデンさんの足元でおとなしくしていた黒猫さんです。
人間達の長話に飽きたのか、床に寝そべり始めました。
「…リュウ、いい子だから」
エイデンさんが小声で諌めています。
「申し訳ありませんが…お教えできません」
「そ、そうか…」
実は結構猫好きなヴィクターは、黒猫さんについ見入っていましたが、
エイデンさんの言葉で我に返ったようです。
「そちらさんにも事情がお有りかと存じますが…
彼無しではうちの店は成り立ちません」
「……」
「返して、いただけませんか…」
ヴィクターの眉間にぎゅっとしわが寄るのが見えます。
言葉だけだと「返してくれ」と懇願しているように見えますが、
エイデンさんの低く淡々とした声に滲むのは「返せ」という、
酷く静かで重い『威圧』でした。
ナメられたら終いのこの商売で、
こういう態度を取られて黙ってはいられないのです。
…特に黒ギルド長は。
かと言って、問答無用で堅気をマーズくんにブッた斬らせる訳にも行きません。
どこまでも面子というものに縛られるのが、黒ギルドという商売なのです。
「なるほど…じゃあ仮に、ジュナイをあんたに返したとしよう」
ヴィクターが落ち着いた様子で切り出しました。
血の気の多い彼にしては上等です。
「それでウチにはどんな見返りがある?」
払う金がいくらあるのか、と言っているのです。
タダで渡しては面子が潰れますが、大金と引き換えならば話は別です。
「その『オサフネ』は…」
暫しの沈黙の後、エイデンさんが口を開きました。
「先代から『退職金代わりに』と戴いたものです」
確かに、手紙にはそう書いてありました。
奮発したものです。
何しろ、ざっと金貨100枚から200枚は下らない逸品ですから。
「差し上げます」
エイデンさんはやはり静かに、きっぱりと言い切りました。
「へぇ…」
ヴィクターがニヤリと笑いました。
悪い笑顔ですね…彼は基本的にいいやつですが、その本性は
根っからの悪党なのでしょう。そんなところも好きなんですけど。
「随分とジュナイに思い入れがあるんだな」
「……」
エイデンさんは黙ってヴィクターを見ています。
ただ静かに、ヴィクターが次に何を言うのかを待っているようです。
「いいだろう、こいつは貰っておく」
ヴィクターは机の上の刀を手に取り、柄を握りました。
鯉口を切ると、冴え冴えと光る刀身が僅かに覗きます。
「ただ…これは元々、ウチのもんだ。そうだろ?」
カチンと澄んだ音を立て、刃は鞘に収まりました。
「出た物が戻って来たってだけじゃ、見返りとしちゃあ弱いな」
「……」
エイデンさんは無表情とは少し違うのですが、
その表情から感情が読み取り難い人のようです。
無表情なようで意外と顔に出やすいマーズくんとは
似ているようで真逆ですね…。
ただ、恐れの色がないところは同じです。
…さて、エイデンさんは何を差し出すのでしょうか…
それとも、ジュナイくんを諦める?
よほどの事がない限りは後者でしょうけど…。
「見返りは…」
静かな声ですが、一瞬、空気が震えたような気がしました。
気のせいでしょうか…。
「その『オサフネ』を血脂で汚さず済むこと」
「…なに…?」
次の瞬間。
ビリッと強く空気が震え、背中に厭な汗が浮き出すのを感じました。
なんだか、すごく息が苦しいです。
目だけを動かしてヴィクターの様子を伺うと、
彼も同じ事を感じているようですが、そこはやはり二代目としての意地があるのか、
まっすぐに目の前の殺気の源を睨み据えていました。
「それで、勘弁しちゃあ戴けませんか…」
エイデンさん…いや、五年前…ノースウッドの黒ギルド長・幹部三十名余りを
一人で血祭りに上げた男はこう言っているのです。
『殺さずに帰ってやるから、おとなしくジュナイを返せ』と…。
そこで、ヴィクターの死角から黒い影が走り出ました。
まばたきをする間よりも速く。
言わずもがな、マーズくんです。
手にした大振りのナイフ(というより、ほぼ刀ですが)は、
確かにエイデンさんの喉があった場所を捉えていたのですが、
信じられないことに、エイデンさんは難なくそれを避けました。
それどころかナイフを握るマーズくんの右腕を掴んで
床に捻じ伏せ、動きを封じました。
…一瞬で!
マーズくんはスピードはあるのですが、力比べでは分が悪いのです。
「マーズ!!」
よせばいいのに、ヴィクターが懐の魔導銃を取り出し撃とうとしました。
そこで一瞬生じた隙にマーズくんはエイデンさんの制御下から抜け出しました。
睨み合うマーズくんとエイデンさんは、どう見ても野生の狼か何かです。
眼がギラギラして普段とまったく違います。
…新旧の武闘派同士の戦いに興味はありますが、
エイデンさんはともかく、マーズくんを喪うのは大損害ですし、
何よりヴィクターの身が危険です。
ここは僕がなんとかしないとですね!
…それほど苦労せず解決策を見つけた僕は、
ヴィクターを机の下に引っ張り込みました。
「ヴィクター、ここでいい子にしていてね」
「は?…おいドミニオ!」
睨み合っていた二人が再び一戦を交えるのを合図に、
僕はこの部屋の扉まで走りました。
エイデンさんとマーズくんの戦いは…
横目でちらっと見ただけですが、凄まじいものでした。
何しろ、拳や蹴りの応酬が速過ぎて、全然目で追えないのですから…。
扉から出た僕は、廊下を走りました。
室外は嘘のように静まり返っています。
他の黒ギルド員を動員させる事も一瞬考えましたが、やめました。
銃で撃つにもマーズくんが危険ですし、接近戦では巻き添えで死人が出かねません。
…やはり、さっき閃いた案が一番効果的でしょう。
僕はとある部屋の扉を蹴破りました。
「…ドミニオさん?どうした?」
景色でも見ていたのでしょうか。窓辺に立っていたジュナイくんは、
僕の血相を変えた様子に驚き、駆け寄って来ました。
急に走ったせいか息が切れます。
もう少し、体力をつけなければですね…。
「大した事じゃないよ」
「そうは見えねえけど」
ジュナイくんが背中をさすってくれました。
…ジュナイくんは有能なだけではなく、いい人です。
「ちょっと荒っぽいお客様が来てね…」
「客…?」
だからこんな形で使うのは、ちょっと心苦しいんですけど…
ヴィクターのためですから、仕方ありません。
「…おもてなしするの、手伝ってくれない?」
僕は懐から魔導銃を取出し、ジュナイくんに突きつけました。
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