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032 決戦①【ジュナイ】
しおりを挟む「ほらジュナイくん。きりきり歩いて」
「あのなぁ…ドミニオさん」
あてがわれた部屋で、黒ギルド長直々に引導を渡されるのを待っていたら、
血相を変えて駆け込んで来たのは会計係のドミニオさんだった。
何事かと思えばいきなり魔導銃を突きつけられて、こうして廊下を歩かされてるって訳だ。
「撃つなら今撃てば?」
俺が半分あきれてそう言うと、ドミニオさんはため息まじりに
「そうはいかないんだよ」とこぼした。
いつも笑顔のドミニオさんが、苦虫を噛み潰した顔をしているのは珍しい。
よく分からんが、随分な厄介事が起きているらしい。
「さっき言ったよね?荒っぽいお客さんが来てるって」
『社長室』のプレートの張り付いた重厚な木の扉の前に辿り着く。
ドミニオさんは分厚い扉を押し開けた。
ほんの僅かな隙間だが、そこから流れ出る張り詰めた空気に、思わず息を飲む。
そして絶え間なく響く、鈍く重い打撃音。
「…あの人だけど、ジュナイくんの知り合い?」
「…え?」
促されて室内を伺い見る。そこで繰り広げられていたのは、間違いなく修羅場だった。
とは言え怒号が飛び交う訳でもなく、二人の男は獣じみた眼で睨み合いつつ
ひたすら無言で攻撃し合っているので、軍用犬同士の戦いのようだった。
両者とも火の噴くような激しさで拳や蹴りを繰り出しているが、互いに当たらせない。
どちらも確実に攻撃を防ぎ合うので、二人ともやや苛立っているように見える。
アクション映画ばりの死闘を目の前で繰り広げているのは、
どちらも俺が見知った相手だったが、
黒ギルドで殺し屋として働くマーズはともかくとして、
もう一人の男が誰なのか…一目で分かってはいても、中々受け入れられなかった。
何があろうと、こんな場所に居るはずのない人だったからだ。
「……エイデンさん?」
思わずそう呟くと、ドミニオさんはため息をひとつ吐いた。
「君の今の雇い主さんだよね?」
尋ねているというよりは、確認するような口ぶりだった。
細かい経緯は知らないが、しらばっくれるには遅いらしい。俺はただ頷いた。
「…彼は、君の何?」
ドミニオさんの問いに、本気で答えに困った。
何って……確かに何だろう。
ドミニオさんは俺の答えを待たずに言った。
「まぁいいや。とにかく彼は君に用があるみたいだから…」
いつも穏やかに微笑む綺麗な顔に、剣呑な色が滲む。
ようやく俺は、ここに連れて来られた理由を悟った。
…間抜けだな。
強く背中を蹴られ、室内の床に倒れこんだ。
絨毯敷きだから痛くはなかったが、利き腕を後ろ手に捻られ、
背中に膝で乗り上げられている。身動きが出来ない。
後頭部に銃口が当たってる。
相変わらず、いざとなると容赦のない人だな…。
「そこまで!今、どんな状況か分かるよね?」
鞭のような声が飛ぶ。
マーズとエイデンさんは臨戦態勢は解かないまま、こちらを見ている。
…易々と人質になった自分に腹が立つが、有無を言わさず連れて来た
ドミニオさんが一枚上手だったんだろう。
「…ジュナイ…」
エイデンさんが低く名を呼んだ。頬に血が滲み、髪が乱れている。
直撃しないまでもマーズの攻撃を結構喰らっているのかもしれない。
その姿は、やけに痛々しかった。
…そもそも何故エイデンさんがこの場所を知っている?何しに来たんだ?
しかもなんでマーズと殺り合う羽目に?
聞きたい事は山ほどあったが、今はそういう状況でもないらしい。
「おっせ~ぞドミニオ!」
「ごめんね~いい子にしてた?ヴィクター~」
ヴィクターさんが机の陰から這い出て来た。
手にはしっかり魔導銃を持っている。…用心深いこった。
「さて、勝負ありだな。『黒き刃のバルヴァロス』」
ヴィクターさんが勝ち誇ったように言う。
エイデンさんは、黙って静かに立っている。
「マーズ、先輩と戦り合えて気ィ済んだか?」
「…はい」
まだ勝負は着いていない。
そう言いたげな顔だったが、マーズはおとなしく頷いた。
その眼はまだ、野生の狼のようにギラついている。
「あんたの実力は分かった。だから、改めて取引をしたいと思う」
「…二度と、お前ら筋者の犬にはならない」
エイデンさんはヴィクターさんの言葉を聞きもせず、ぴしゃりと言い放った。
普段の穏やかなこの人からは想像できない、暗く底冷えのする声で。
『…二度と』
エイデンさんはやっぱり裏の稼業をしていた事があったのか…。
エイデンさんはどこか普通とは違う人だと普段からなんとなく思っていたので、
それほど意外には感じないが…これが現実だと、正直まだ実感が湧かない。
「じゃあジュナイは諦めるんだな」
急に自分の名前を出され、顔を上げる。
エイデンさんは無言でヴィクターさんを睨んでいる。
琥珀色の眼に強い怒りの色が滲む。
それを真正面から受け止めて悠然としてるんだから、
さすがヴィクターさんも伊達に二代目黒ギルド長を張ってないな。
「諦めん」
「…ほう?」
「ジュナイは連れて帰る」
エイデンさんは平素と変わらず、淡々と言い放った。
「俺は、そのためだけに此処に来た」
…そんな状況じゃないって事は百も承知だが、顔が熱くなるのを感じた。
聞きたくなかった…そんな理由で、あんたがここに来たなんて。
詳しい事は知らないけど、一度足を洗った世界に舞い戻った理由が俺だなんて…。
「あぁ~もう!ジュナイくん、なんとか言ってよ~」
ドミニオさんが困り果てたように言う。
「…なんとかって何を」
「そっか。君はこの世に未練はないんだったよね~…」
ドミニオさんの声と共に、後頭部の銃口がいっそう強く突きつけられる。
「でも、エイデンさんはどう思うかな?」
「……!」
ドミニオさんが目配せをすると、ヴィクターさんはニヤッと不敵に微笑んだ。
敵に回すと、本当に厄介な奴らだ。
「あんたの返答次第じゃ、ジュナイは生かしておいてやるよ」
「……」
「こっちも人手不足だからな…使える奴をわざわざ消したくはねぇ。
あんたがウチに戻ると言ってくれりゃ、ジュナイを返す。
金の件もナシだ…どうだ?エイデンさん。
…いや、『黒き刃のバルヴァロス』」
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