【毎日連載】古魔道具屋『レリックハート』の女房と猫

丁銀 導

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033 決戦②【ジュナイ】

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 エイデンさんは黙っている。ただ、ほんの僅かに逡巡する気配がある。
 何を迷う事があるって言うんだ?
 それにどいつもこいつも、俺を無視して話を進めやがって…いい加減腹が立って来た。
 そもそも盃を受けないと言った時点で、こいつらがさっさと俺を殺してりゃ話は早かったんだ。
 俺は押さえつけられる身を捩って顔を上げ、名を呼んだ。

「エイデンさん!」

 エイデンさんが俺を見た。

 ***

 別人のように険しかった顔が、いつもの顔に戻る。
 そんな場合じゃないが、
 やっぱり俺はいつもの穏やかなエイデンさんが好きだと思った。

「…やっぱり、俺とあんたは気が合うな」
「…ジュナイ」
 俺がニヤッと笑うと、エイデンさんは心配そうな顔をした。

「俺も筋者の犬にはならない。殺される気で、ここに戻ったんだ」
「…しかし」
「大体なぁ!なんでこんなとこまで来たんだよ!」
「すまん…」

 珍しくおどおどするエイデンさんにイラつくと同時に、面白いと思った。
 さっきまでのヴィクターさんへの態度と違い過ぎだろ。

「…そんなに俺が好き?」

 再び口の片端をニヤリと吊り上げる。
 エイデンさんの応えは存外にあっさりしていた。

「ああ、好きだ」

 その顔はひどく真剣で、いつものように優しかった。

「あ~…君たち、やっぱりそういう…」
「……」

 納得、という口ぶりのドミニオさんに、
 マーズは俯いてフードの陰に顔を隠してしまった。…純情な奴。

「ん~~…まぁ、お前らの事情は分かった」

 思案顔のヴィクターさんが、何か思いついたようだ。
 嫌な予感しかしねえ。エイデンさんも微妙に苦い顔をしている。

「これ以上まだるっこしいのは御免だ。シンプルに聞く」

 そう言うと、ヴィクターさんはエイデンさんに銃口を向けた。
 …いつの間に拾ったのか、
 マーズの手には刀じみた大ぶりのナイフが握られている。

「二人一緒に生きてウチで働くか、この場で死ぬか…選べ」

 結局そうなるのか。
 筋者ってのは無駄に面子を気にするくせに、最後は結局力ずくで芸がねえな。
 …とは言え分が悪いのは確かだ。
 ドミニオさんはいつでも後ろから俺の頭をブチ抜けるし、
 エイデンさんには銃を持ったヴィクターさんとマーズ。
 こっちもせめてもう一人戦力が居ればな…。

 不意に視線を感じ、眼を動かす。
 エイデンさんがじっと俺の目を見ていた。
 けれどそれは『天国で会おう』なんてロマンスじみたもんじゃない。
 鋭い光の宿ったその眼は何も諦めてはいなかった。

 ついっと素早くエイデンさんの視線が動く。
 向かう先はヴィクターさんの後ろの机と革張りの椅子。
 正確には、そこでふわりと揺れる黒いしっぽだ。
 得心した俺は、後ろ手に捻られた利き腕を含む四肢に力を入れる。

「さて、じゃあ返事を…」

 その刹那、青い双眸を光らせた黒い影が音もなく椅子から机に、
 そしてヴィクターさんの背中を伝い疾り、
 銃を握る手首に鋭い牙を深く突き立てた。
 リュウだ!

「いっ…!!」
「ヴィクター!!」

 俺は利き腕を掴むドミニオさんの力が緩むのを逃さなかった。
 直ぐさま利き腕を振りほどき、身を捩って
 背中に膝で乗り上げていたドミニオさんを押し退けた。
 その時右手から銃を奪う事も忘れない。
 あとは床に尻餅をつくドミニオさんの頭に銃を突きつけて終わりだ。

 正式な黒ギルド構成員じゃ無いにしろ、キャリアは俺の方が長いし、
 何より踏んだ場数が違う。舐めてもらっちゃ困るぜ。

 シャアッと鋭い鳴き声が聞こえて目を遣ると、
 床に降りたリュウが全身の毛を逆立てていた。
 おっとりした普段のこいつからは想像もつかない。
 それでも所詮は猫で、ヴィクターさんの手首を食いちぎるには至らなかったらしい。
 ヴィクターさんの手首もそこに握られた銃も健在だった。

 銃口とマーズのナイフが一斉に狙いを定める。
 だが、エイデンさんの右手には日本刀があった。

 机の上に在った事をちらりと見た事以外、
 その刀について俺が知る事は何も無い。
 …ただ、腰を低く落とした体勢で、
 鞘に収まった刀を左腰あたりに構えるエイデンさんの姿は一分の隙もなく、
 刀の真の持ち主が誰なのかは明らかだった。

 そのサムライめいた姿は今も目の裏に焼きついているが、
 実際にこの目がそれを捉えたのは、ほんの一瞬だったのかもしれない。
 次の瞬間には刀身が鞘から抜き放たれていた。
 マーズのナイフが何鋼で出来ているのかは知らないが、

 それは真ん中あたりでスパッと断ち切られていた。

 マーズは、茫然と目を見張っている。
 だがマーズが見ているのはナイフではなく、ヴィクターさんだ。

 エイデンさんの握る刀の切っ先は、ヴィクターさんの喉に突き付けられていた。
 すいっと横に切っ先を振れば、ヴィクターさんは喉から盛大に血を噴いて死ぬだろう。
 ゴトリと重い音を立て、黒く四角い金属の塊が絨毯の上に落ちた。

 …ヴィクターさんの魔導銃の、銃身だった物だ。

 マーズもドミニオさんも、俺も、ヴィクターさんも…
 ただその光景に茫然とした。


「~~~!!分かったよ!俺の負けだ!!」


 悔しげな色を満面に滲ませながら、とうとうヴィクターさんは降参した。
 この人のこういう所は、潔くて嫌いじゃない。
 ドミニオさんとマーズも、要であるヴィクターさんを捕らえられてはどうしようもない。
 エイデンさんが刀を退いて鞘に収めると、二人とも心底安心したようにため息を吐いた。

「お疲れ」
 そう言って俺もドミニオさんから銃口を外した。
「悔しい~…!」
 ドミニオさんは唇を尖らせた。
 美形ってのは何をしても絵になっていいな。

「ジュナイ」
 名を呼ばれて振り返ると、ヴィクターさんが俺を見ていた。
「…はい」
 返事して歩み寄ると、ヴィクターさんは苦虫を噛み潰したような顔で、
 暫くじっと俺の顔を見たあと、重いため息をついた。

「お前、今日限りで解雇な」

 面白くなさそうにそう言い放つと、諦めたように…
 しかし陰気さのないカラッとした様子で笑った。

「その命は退職金代わりにやる。持って帰れ」

 俺は嬉しいよりも先に訝しんで「いいんですか?それで」と言うと
「いーんだよバカ!つべこべ言うとまたウチで働かすぞ!!」
 とキレられたので、ここは素直に頭を下げた。

「で、エイデンさん」
「はい」

 ヴィクターさんに声を掛けられたエイデンさんの表情は静かだった。
 しかしさっきの剣技といい、本当に何者だろうこの人…。
 元々は筋者だった事は、さっき少し聞いたけど…。

「…未練がましいけどよ、本当に、ウチに戻っちゃくれねえのか?」
「はい」
「しゃあねえな…俺じゃ『赤き槍のケイロニウス』にゃ力不足だったか」
「いえ、そうではなく」

 珍しくしおらしいヴィクターさん相手でも、
 エイデンさんはやはりきっぱりそう言った。
 そして、手持ち無沙汰に立ち竦むマーズを見た。

「今のグラディウスに…俺の出る幕は、ありませんので」
 その目は優しかった。

「…だな!うちにはマーズがいる」

 誇らしげに笑うヴィクターさんに、
 マーズは目深なフードの陰にもじもじと赤くなった顔を隠した。
 そしてそのまま、マーズはエイデンさんに近寄って
 何やらボソボソと告げると、二人は熱い握手を交わしていた。

 …軍用犬同士みたいなガチバトルを繰り広げた仲だし、
 何か通じ合うものがあったらしい。
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