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036<過去①>冬のしらべ【エイデン】
しおりを挟むこの世には二種類の人間がいる。
生まれながらに自由な人間と、不自由な人間だ。
俺はそれまで、自分の人生を不自由だと思った事は無かった。
父と同じく裏の世界に属する仕事に就いたが、
それは自分で考えた末に決めた事で、誰かから強制された訳でもない。
血を流す事、命を奪う事に何も思わない訳でもないが、
世の中には必要とされながらも、誰もやりたがらない仕事というものがある。
誰かが手を汚さなければならない事をしているだけにも関わらず、
世間の人々からは疎まれ軽蔑される。
父や自分の仕事も、そういった類のものなのだろうと考えていた。
『エイデン、お前は何が好きなんだ』
父が俺にそう聞いたのは、仕事で命を落とす少し前の事だ。
俺は『歴史を感じる物や話が好きだ』と答えた。
それに対して父は『そうか』と言っただけだった。
なぜそんな事を聞いたのか、その真意は分からないが…
父はおそらく自分の行く末が視えていて、
息子にその二の舞を演じて欲しくはなかったのだろう。
今となっては、そう思う。
「君が『グラディウス』の殺し屋?
噂には聞いていたが…本当に若いのだね…」
彼と出会ったのは、俺がノースウッドの黒ギルド長・幹部の潜伏先を探っていた時の事だ。
父が亡くなり、他にも思うところあってグラディウスに辞意を表したところ、
予想はしていたが強く反対された。抗争のさ中だ。無理はない。
しかし俺も退く気はなく、最終的にグラディウスの黒ギルド長(今で言う先代)は
ひとつの条件を提示し、それを俺が飲むことで承諾してくれる運びとなった。
その条件とは『ノースウッドの黒ギルド長・幹部、総勢30名をすべて殺す事』だった。
ノースウッド黒ギルドはグラディウスとは比べ物にならない大組織だ。
骨が折れる仕事だと覚悟はしていた。
しかし三十人だろうが五十人だろうが、生きているのなら殺せる。
その事についてはどうでもよかったが、
往生したのが黒ギルド長・幹部連中の潜伏先を付き止める事だった。
当時はノースウッド・グラディウスを含めた四つの黒ギルドが凌ぎを削っていたので、
どの黒ギルドも重鎮は何処ともなく雲隠れし、構成員すら行方を知らない程だったからだ。
こういう世界にはもれなく情報屋というのが居るものだが、
さすがにこの大規模な抗争に首を突っ込みたがる輩は少なく、
大金をはたいて買った情報も、
潜伏先を変えられては金と時間を捨てるようなものだ。
困り果てているところに、一人の青年から連絡があった。
俺に無償でノースウッドの潜伏先を教えたいのだと言う。
半信半疑ながらも、正直藁にもすがる思いだった俺は
その青年と会う事を承諾した。
彼は涼しい声で日時ととあるカフェを待ち合わせ場所に指定した。
何処で俺の魔導フォン番号を知ったのかと問うと
『蛇の道は蛇と言うじゃないか。僕も蛇なのだよ、君と同じでね』
彼はそう言うと通話を切った。
…怪しい。
しかし期限内に条件を満たさなければ、
俺はおそらく死ぬまでこの仕事をする羽目になるだろう。迷っている暇はない。
そして当日、俺は時間通りに指定された店を訪れた。
血生臭い話をするには気が引けるほど、優雅で品の良いカフェだった。
「…時間通りだ。僕を失望させずに来てくれたね」
奥のボックス席で待っていたのは、人形のように綺麗な青年だった。
上品な身なりをした彼は、見ようによっては少年でも通るだろう。
しかし、きちんと切り揃えられた前髪の下から覗く瞳には、油断ならない老獪さが見えた。
こちらが名乗ると、彼は薄く微笑み、応えた。
「僕の名はラファエル・ノースウッド…
ノースウッド現黒ギルド長の一人息子なのだよ」
突然そう言われても、通常ならば誰も簡単には信じないが、
彼を目前にしていたらおのずと答えは違う筈だ。
ごく普通に暮らす人間には到底持ち得ない、独特な雰囲気…
『威圧感』と言った方が早いだろう。
それをラファエルさんはごく自然に持ち得ていた。
「父は僕に甘いのでね…潜伏先も逐一知らせてくるのだよ」
彼があまりにこともなげに言うので、俺はラファエルさんが本当に
この行為の意味を理解しているのか不安になった。
ケガさせるくらいだと思ってた、等と後で恨み事を言われるのは御免だ。
「御父上を売るという意味…お分かりですか」
「もちろん」
ラファエルさんは静かに応えた。
「君に殺して欲しいのだよ…父を」
その声は穏やかで、店内に流れる音楽に負けず優雅だ。
だが彼の花のように美しい顔には、ぞっとするほど陰惨な影が滲んでいた。
「僕には瑣末ながらも夢があってね…
その実現のためには、黒ギルドと父が邪魔なのだよ」
世の中には色々な親子の形がある事は知っている。…こういう父子もいるのだ。
俺は父を慕っていたので、深くその気持ちを理解する事は出来ないが…。
「潜伏先は間違いなく、確実に教えるよ。そこは安心してくれたまえ」
「報酬は」
「互いに不要だろう。君はノースウッドの黒ギルド長・幹部の命が欲しい。
僕はノースウッドを潰して欲しい…見事に利害が一致しているのだからね」
ラファエルさんはさらりと言い放った。
「ついでに言うと、君が何故こんな無茶な仕事を引き受けたのか…
その経緯も、知っているのだよ」
蛇の道は蛇とラファエルさんは言ったが、流石に大黒ギルド織の跡取り息子だ。
グラディウスの内情など、彼独自の情報網だけで筒抜けなのだろう。
「仕事を成功させた暁に…
君は黒ギルドを抜けて、何をするつもりなのかな?」
彼は初めて、歳相応の顔を見せた。
蛇の毒を滴らせる花の顔より、今のように目の前の興味に
目を輝かせている顔の方が、ラファエルさんにはよく似合う。
黒ギルドと親を捨て、夢に生きる事は間違いなく彼の人生の正解なのだろう。
まだ決まっていませんがと前置きした上で答えた。
「…古魔道具屋を開きたいと思っています」
「素敵だね。渋くて良い趣味だ」
「年寄り臭いと、よく言われますが…」
「言わせておき給え。俗人は高尚な趣味を解せぬものなのだよ」
上品な口ぶりでラファエルさんはバッサリと切り捨てた。
歳は俺とあまり変わらないようだが、この堂々とした貫禄は
彼の生来のものと、生まれ育った環境によるものなのだろうか。
「…お聞きしても良いですか」
「いいよ。何をだい?」
「ラファエルさんの夢は、何ですか」
今のままであっても、望めば何でも手に入りそうなこの人が、
何もかも捨ててなお手を伸ばす夢とは一体何なのか…純粋に興味があった。
「僕の夢はね、バイオリニストになる事なのだよ」
物語のような、詩のような音色を奏でる腕が欲しい。
ラファエルさんはそう答えた。
「富にも名声にも興味はない。
どんなに貧しくとも、人から蔑まれようと…
僕は一生バイオリンを弾き続けたいんだ…死ぬまでね」
その眼に宿る真摯な光を見て思う。
彼は夢を夢で終わらせるような、半端な人間ではないのだろうと。
「それではおいとまさせて頂くよ。
潜伏先については、父から連絡が入り次第連絡する」
俺は頷いた。
「…そうそう。ひとつ、お願いがあるのだけれど」
「はい」
「父は、大の歌劇好きなのだよ」
「…」
「何でもいい。…何か、歌劇にちなんだ趣向で
彼の最後の花道を、彩ってあげてくれないか…」
ラファエルさんの瞳に、俺は始めて
人であり、息子である彼の心の揺らぎを見た。
***
去り際、カフェの前で彼はすっと右手を差し出した。
「では、お互いの未来のために」
俺はその細い掌を握った。
雪のちらつく灰色の街の中、そこに溶け込むように遠ざかる
ラファエルさんの後ろ姿を暫し眺めた後、俺も背を向けて歩き出した。
この世には、生まれながらに自由な人間と、そうでない人間がいる。
自分の人生を生きるためには、血を流す道を避けられない人間がいる。
それが良いも悪いも無い。
ただ俺とラファエルさんは、そういう風に生まれついた人間なのだ。
三日後、俺は仕事を終えた。
ラファエルさんのその後は知らない。
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