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042 時代屋の女房と猫・エピローグ【エイデン】
しおりを挟む「なんだエイデンさん。あんたまた女房に逃げられたのか?」
一階の茶の間に上がり込んだラルフ先生は、
着いて早々持参した麦酒を開けながら言った。
「会社に行っているだけです。そろそろ帰って来ますよ」
「へぇ~?どこの会社?仕事は何業?」
「シナノワ駅近くで…詳しくは知りませんが、魔石商社の仕事だとか」
「ふ~ん」
まぁ、ジュナイさんらしいよな。
ラルフ先生は、そう言うと麦酒を一気に飲み干した。
「っか~~!!明るいうちから飲む酒ぁ最高だな!!」
…相変わらず豪快な人だ。
リュウさんからの手紙を携えた堀くんがこの店を訪ねた日から、
気がつけば一年もの月日が過ぎていた。
あの手紙を読んだあとのジュナイは、一ヶ月ほど心配なほど静かにしていたが、
ある日突然「働きに出たい」と言い出した。
『正直、俺は古魔道具とかにあんまり興味ない事が分かったし、
じっと店番してるのも性に合わないんだ。…どうかな』
一応の雇い主である俺に筋を通す意味でか、ジュナイはわざわざ相談して来た。
特に反対するべき理由もなく、俺は賛成した。
ジュナイにはどんな仕事でもこなせるだけの才覚がある。
小さな古魔道具屋で燻っているには、惜しい人材であることは
俺にもよく分かっていたからだ。
そうと決まるとジュナイはすぐに就職活動を始め、あっさりと転職した。
「にしても、そんなのよく許したな」
「…と言うと」
「だってあの人は、ジュナイさんだぜ?」
「……」
「外なんかに出しちまったら、またふらっと消えて
もう帰って来ねぇんじゃね~か~?」
ラルフ先生との付き合いはそう長くはないが、どんな人かはよく分かっている。
煽るような言い方だが、彼は俺とジュナイを心配してくれているのだ。
正確な年齢は知らないし、見た目や言動はまるで不良少年のようだが、
根本的な物事の見方や気の配り方は、どこまでも大人の男だ。
俺はラルフ先生の気遣いに素直に感謝した。
「ありがとうございます」
「……」
「でも俺は、女房を信じていますから」
ラルフ先生は「言いやがる」と鼻で笑ったあと、新しい麦酒を開けた。
時刻は夕方6時を回った所で、外の景色に薄暗闇の色合いが見え始めていた。
「こんばんは~~っ!!!」
「すいません。遅くなりました~」
レオくんとイーサンくんが店先に現れ、カウンターで丸くなっていたリュウが飛び起き、
一直線に二人に駆け寄った。ラルフ先生がここに来るのは今日が初めてだが、
レオくんとイーサンくんは住んでいるのが隣町だという事もあり、頻繁に遊びに来てくれる。
リュウは優しい彼らにすぐ懐き、二人もリュウをよく構ってくれた。
特にレオくんは人懐こいリュウをいたく気に入ったようで、譲って欲しいと何度も頼まれた。
「あ~~んリュウちゃんっ!!レオぴも会いたかったよぉ~~!!」
「レオ気持ち悪い。…すいませんエイデンさん…」
「いや、二人ともよく来てくれた」
「こんばんは!エイデンさん~!!ジュナイさんはぁ?!」
「もうすぐ帰ってくるだろうから、上がってくれ」
まるで猫がもう一匹増えたような様子でリュウと戯れているレオくんを、
イーサンくんとラルフ先生はさも面白そうに眺めていたが、
そのうちぽつりと、イーサンくんがラルフ先生に話し掛けた。
「ラルフ先生。次の本って明日発売ですよね」
「あん?よく知ってんな」
「シナノワ駅前にでっかい看板出てましたから」
「ま~な。欲しけりゃタダでやろうか?俺様がシナノワで出す最後の本だから」
「そうなんですか?」
ラルフ先生は、近々シナノワでの暮らしを畳んで、故郷である北国に帰るのだと言う。
以前から『グラディウス』や他の黒ギルドと借金絡みのトラブルを何度も起こし、
それらについてはなんとか穏便に収まったらしいが、
もうシナノワでは落ち着いて暮らせなくなったのだそうだ。
当人に悲壮さがまるで無いのが救いだ。
今日の飲み会は、ラルフ先生の送別会でもあるのだった。
ロビンくんも療養のためにシナノワを離れるのだと言っていたし、
セリオンくんとはここ暫く会っていない。学業が忙しいのだろう。
自分の身の上にさして変化はなくとも、周囲の変化で否応なく時の移り変わりを感じる。
…そんな事を考えていると、
店先でリュウを撫で回していたレオくんの赤い頭を
濃いグレーの袖に包まれた腕が、がしりと抱え込んだ。
「おいレオ…ウチの子に何してくれてんだ?」
「じゅ、ジュナイさん!お帰りなさい~!!」
掌でがっしり掴んだレオくんの頭を二~三度揺さぶったあと、
ジュナイは店に入って来た。
濃いグレーの細身の魔法衣を着て、右手に本革の書類鞄を持っている。
髪は勤めを始めた頃から短く切っていて、それもまたよく似合う。
何本目かの麦酒を開け、すっかり赤ら顔になったラルフ先生が
丸い目をして、ジュナイのそばにフラフラと歩み寄った。
「何だよジュナイさん~!すっかりカタギになっちまって~!!」
「俺はずっとカタギだけど?」
「お早いお帰りだなぁ。宮仕えなんか残業残業じゃねえのか?」
「俺は有能だから、残業なんかしなくて済むんだよ」
一年ぶりの再会を喜ぶのもそこそこに、
ジュナイは財布から金貨を摘み出すとイーサンくんに差し出した。
「お前ら、これで酒とか食い物とか適当に買って来な」
「分かりました」
「は~い!!」
「おう、いってら~。俺様白ワイン飲みてぇわ」
「あんたも行くんだよ、先生」
「え~~今日の主役は俺様だけど?」
「タダ飯タダ酒にありつけんだから、ちょっとくらい働け」
「へいへい…」
ジュナイに命令され、それぞれ彼に頭の上がらない事情を持つ三人は、
夕暮れの中、灯りの目立ち始める遺物横丁に出掛けて行った。
「リュウ、ただいま。いい子にしてたか?」
ジュナイは足元にじゃれつくリュウを抱き上げ、つややかな黒い毛並みに顔を埋めた。
高価な魔法衣に毛が付くことも気にせず。
「酒も食べ物も、昨日から用意していただろう」
「いいんだよ」
リュウをカウンターの上に放すと、ジュナイは俺を見た。
俺もジュナイの姿を見返し、この一年で随分と元気になったものだとしみじみ思った。
「どうせあいつら泊まって行く気だよな?」
「たぶんな」
「じゃあ少しくらい、二人だけになれる時間があってもいいだろ」
勝気そうに整った顔が艶然と微笑む。
しなやかに伸べられた腕が、俺の首に抱きついた。
「…ただいま」
「お帰り」
いつものようにそう言い合うと、口付けを深く交わした。
リュウの鳴き声が、にゃあと小さく響いた。
俺がジュナイとリュウに出会って、もうすぐ二年になる。
【第一部・終】
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