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043<番外編①>猫たちの宴【リュウ】
しおりを挟むまだ六月だというのに、毎日暑い。早く梅雨にならないかしら…。
そんな事を考えながら、僕は古魔道具屋のエンガワで
浜辺に打ち上げられたクラーケン藻のようにのびていた。
ジュナイとエイデンさんはバイオリンのコンサートに行くと言って、
おめかしして二人なかよく出掛けて行った。珍しい事もあるもんだ。
なんでも古い知り合いから、招待状が送られて来たんだって。
粋な事をする人もいたものだね。
いいなぁ…僕もコンサートに行きたいよ。人間に生まれたかったと思うのは、こんな時だ。
僕にはジュナイとエイデンさんという家族はいるけど、友達はいない。
昔から僕は一匹狼(猫)。
普通の猫とじゃ会話が成立しないというか、それ以前に知能や精神構造からして
根本から違うんだから仕方ない。人間が動物と会話できないようなものだ。
交尾にも子孫繁栄にも興味がない。
ただ魔石板で映画を観て本を読んで音楽を聴いて、
散歩をしながら思索に耽るのが、僕の愉しみであり幸せだ。
ただ、そんなことを話せる相手がいたら素敵だろうなと考えないでもない。
でも僕のような天才猫がそう居る訳はないし、これも仕方が無い事と諦めている。
そんな事を考えつつ、ふと裏庭を見ると、二匹の猫が並んでこちらを見ていた。
一匹は褐色の短毛でいかにも俊敏そう。
もう一匹は青みがかった灰色の毛並みを長く伸ばしたおとなしそうな猫。
…この辺りでは見ない顔だ。
猫というのは縄張り意識が強いので、他猫のテリトリーに
容易には踏み込まない筈だけれど…。
しかし僕には、縄張りなどという下らないものに対するこだわりはない。
野良猫時代、方々の野蛮な猫どもにずいぶんと辛酸を舐めさせられたから、
自分はそういう低俗な争いはしないと決めている。
二匹の猫は相変わらず僕を見ているが、僕は彼らを一瞥しただけで居眠りを決め込んだ。
好きにしたまえ。僕は縄張りにも君たちにも興味はない。
『…なんか、お高くとまった奴だなぁ、サク』
『さ、サイ…そんなことを言っては失礼だよ…』
二つの声が、するっと耳から脳みそに流れ込んできた。
それがあまりにスムーズだったので、
ついに僕は自分が猫と話せるようになったのかと思ったほどだ。
『今、何か言った?』
僕が応えると、二匹は驚いていた。
『ああ。勝手に入って悪い。オレは「サイ」だ』
『こ、こんにちは。自分は「サク」と呼ばれているよ』
二匹はきちんと名乗った。礼儀知らずではないようだ。
『僕は…』
こちらも名乗ろうとすると、サイがやや興奮したような早口で言った。
『あんた「リュウ」だろ?!会えて嬉しいぜ!』
『なぜ?』
思わず聞き返すと、サクが控えめに答えた。
『君は、この界隈では有名だから』
『有名?…僕が?』
訳が分からない。大体「この界隈」って何だ?
僕はあからさまに不審そうな顔をしていたらしく、サイが説明してくれた。
『リュウ、あんた半年ほど前、黒ギルドの事務所に飼い主と乗り込んで、
黒ギルド長に噛み付いたんだって?』
黒ギルドとの一件の事を言っているらしい。
『…うん。でも何故それを?』
『その黒ギルド長は大の猫好きでさ!
「シルヴァさんって名前の白猫を飼ってんだけど、
その猫(ひと)が黒ギルド長と部下が話してるのを聞いたんだとさ』
へぇ~~。あの黒ギルド長…
「ヴィクターさん」とか言ったかな。猫好きだったんだ…
道理で手首に噛み付いた僕にも、手荒な真似をしなかった訳だよね。
『なるほどね。…で、その僕に何か用?』
つんと取り澄まして応えているけど、僕は内心ひどく興奮していた。
僕の他にも「会話できる」猫が存在したなんて!正直、とても嬉しい。
でも犬のように尻尾を振って喜ぶなんてスマートじゃない。
努めて平静を装った。
『オレたちの集会に誘いに来たんだ』サイは言った。
『オレたち?』
思わずぴくりと耳が動いた。
『うん…君や僕たちのように「会話」できる猫は、実は多いんだよ』
『そうそう、さっきのシルヴァさんもそうだしさ。
何十年も生きてる大先輩もいるんだ』
『きっと楽しいよ…どうかな?』
サクがやはり控えめに僕を誘ってくれた。
…すごく行きたい。
即答したいところだけど、我慢する。
『その集会というのは、いつ?
僕にもスケジュールというものがあるんだ』
やはりつんと澄まして答えるが、サイは特に気を悪くした様子もなく、気さくに
『急なんだけど、今晩八時から。場所はカロン川河川敷の橋下だ』と教えてくれた。
今晩か…エイデンさんもジュナイも帰るのは十時過ぎと言っていた。好都合だ。
『分かった。行ってもいいよ』
そう言うと、サイとサクは嬉しそうな顔をした。
人間には分かりにくいかもしれないけれど、猫にも表情はあるんだよ。
『やった~!みんな喜ぶぞ!』
『よかった…』
『じゃあ後で迎えに来るからな!!』
そう言うとサイは見た目どおりの俊敏さで、裏庭を囲む生け垣を乗り越えた。
続いてサクも塀に飛び掛ったが、彼も見た目どおりのようで、
中々生け垣を乗り越えられず、
最終的には首の後ろをサイに引っ張られて、ようやく姿を消した。
それから僕は家の中に戻り、訳もなくうろうろした。
時計は夕方五時を回ったところ。まだ集会まで三時間もある。
も~待ち遠しいな~~!!
それにしてもエイデンさんもジュナイも、こんな大事な時に留守なんて気が利かないよ。
ブラシのひとつも掛けて欲しいし、なんならお風呂に入ってもいい。
…なんて態度を見せたら、二人とも驚いて腰を抜かすかもなぁ。
そんな事を思いながら、僕は洗面所の鏡に向かって、せっせと毛づくろいをした。
**
…そして夜。
二十時少し前にサイとサクが迎えに来てくれたので、僕は二匹と『集会』に向かった。
夜の河川敷は真っ暗で怖い…というのは人間の感想だろう。
猫は夜目が利くから関係ないんだ。
集まっていた猫は七匹。僕らを入れてちょうど十匹になった。
『こんばんは。はじめまして、リュウくん』
初老の猫が穏やかに挨拶した。
『ほう…汝が筋者に噛み付いたという豪傑か』
『虎のような大猫かと思っていたが…』
『こんなに華奢な別嬪とはねぇ~!』
『ヴィクター君はきみを「賢い上に度胸がある」って褒めていたよ…』
『すごーい!ねぇ、その時のお話して?』
『あ、あの…その…』
金色、白、褐色、クリーム色…様々な色の毛並みを持つ猫たちに
口々に質問されて、僕は慣れない状況にしどろもどろになった。
ソロモン先生やサイ・サクが助け舟を出してくれなければ、もっと醜態を晒す
羽目になっていただろう。心底ほっとした。
結論から言うと、その二時間ほどの集会はとても楽しかった。
新入りの僕のために自己紹介をしてくれて、僕もそれにならった。
あとは世間話を交えつつ、文学や映画の話などで盛り上がった。
穏やかなソロモン先生。威厳のあるオータム夫人。
飼い主が海で釣ったというお魚を振舞ってくれた、豪快なエヴァンス卿。
ヴィクター黒ギルド長の愛猫で、雪のように繊細な毛並みが綺麗なシルヴァさん。
小さくて可愛いマロンくんとマタタビ好きなボクシィさん。そしてサイとサク。
みんな個性的で教養があり、感性が驚くほど豊かだった。
僕は自分ほど賢い猫はいないと思っていたけれど、思い上がりだったと反省した。
エヴァンス卿のお魚があらかた骨だけになったところで、オータム夫人が言った。
『では、今宵はここらでお開きにしようか』
『そうですね』
『次は夜通し、語り明かそうじゃないか』
『わ~い!楽しみだね!』
『はい。是非!』
頭を下げると、彼らはさっと身を翻して去って行った。
彼らは皆裕福な家の飼い猫で、それぞれの家で人間にお世話されながら
優雅に暮らしているらしい。
『帰りも送るぜ』
『ありがとう』
『僕達の家も、近くなんだ…』
サイとサクは最近、遺物横丁から少し離れた高級住宅街に
飼い主と一緒に引っ越して来たそうで、それまではずっと海外で暮らしていたらしい。
『オレらの「会話」は万国共通で助かったぜ!』サイは笑って言った。
聞くと、サイとサクの飼い主は、世界的に有名なプロのバイオリニストらしい。
…今日はやけにその楽器と縁のある日だ。
『…あの、今日はごめんね』
不意に僕が謝ると、二匹はきょとんと僕を見た。
『なにが?』
『僕、訪ねて来てくれた君達に、冷たい物言いをしたでしょう?』
決まり悪そうにそう詫びると、二匹は顔を見合わせた。
そしてクスリと可愛らしく笑った。
『オレもサクも気にしてないから、気にすんなよ!』
『緊張していたんだよね…分かるよ、自分もそうだから…』
二匹の優しい言葉に、僕はほっとした。
なんていい猫(ひと)達だろう。
これから自分の言動を改めようと、僕はひそかに決意した。
彼らともっと仲良くなりたい。
『それじゃあ、今日は本当にありがとう』
『また明日遊ぼうぜ!』
『じゃあ、おやすみ…』
遺物横丁の入り口で彼らと別れた僕は、
嬉しさと心地よい疲れを同時に味わいながら歩いた。
古魔道具屋の窓から、オレンジ色の灯りがこぼれている。
ジュナイとエイデンさんがコンサートから帰ったようだ。
二人に今日の出来事を伝える事は出来ないけれど…
なんだかじっとしていられず、
僕は家族の待つ家に向かって走った。
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