【毎日連載】古魔道具屋『レリックハート』の女房と猫

丁銀 導

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047 路拓く者②【エイデン】

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「エイデンさーん。なんかすごい手紙来てるぜ」
「すごい手紙?」
「うん。王都から」

ヴィクターさんが店を訪れた日から1週間ほど経ったある日の夕方。
郵便受けを見に行ったジュナイから、一通を手渡された。
厚手のしっかりとした紙の表面には優美な紋様が刻み込まれ、
深紅の封蝋でしっかりと封をされていた。送り先の住所はなく、
送り主の名を見てドキリとした。流麗な筆跡で書きつけられた名は

ラファエル・ノーザンライト

「それってバイオリニストの?」
「え?」
「『ラファエル・ノーザンライト』って言ったら、
シナノワじゃ全然無名だけど、
王都じゃすごく評価高いって噂だよ。知らない?」
「ああ、生憎…」
「まぁ、俺も雑誌でチラッと読んだだけで、あんまり知らないけど」
「そうなのか…」
「で?そんなスゴイ人から何の手紙?」
「ああ…開けてみる」
ペーパーナイフで封を開けると、中には一枚の便箋とチケットが二枚。
俺は便箋をちらりと見ると、チケットをジュナイに手渡した。

「何これ、もしかして…」
「ああ、ラファエル・ノーザンライトのコンサートのチケットらしい」
「は?!この人のチケットなんてプレミアもんだよ?なんで?!」
「ちょっとした縁でな。…行くか?」
「行く行く!いや~エイデンさんの謎の人脈に感謝だな!」

何着て行こうかな~と弾む足取りのジュナイは、
夕飯の支度のために台所に向かい、
俺はカウンターの椅子に腰掛けて便箋を開いた。
花鳥の透かし織られた白い便箋には、
やはり流麗な文字でしたためられていた。


『エイデン・レリックハート様

七年間の不義理と、突然の無礼を許して欲しい。
まさか僕を忘れてはいないだろうね?

僕はこの度、シナノワで初めての公演をする事と相成った。
二度と戻るまいと誓った故郷だが、僕なりに思うところがあってね。
そこで、その記念すべき公演に君を招待したい。

君は来てもいいし、来なくてもいい。
一人で来てもいいし、大切な誰かと来てもいい。

ただひとつ言える事は、
君が当日僕が用意した席にいようといまいと、
この公演で最後に演奏する曲は、君に捧げる。
正しくは、七年前の君と僕に捧げる為に弾くつもりだ。

それを肝に銘じた上で、判断してくれたまえ。
取り敢えず僕は
当日、君に再会できることを楽しみにしているよ。


ラファエル・ノーザンライト』


…七年前。ラファエルさんは自らの父を俺に殺させた。
ラファエルさんの父は黒ギルドの長で、俺は殺し屋だった。

詩のような、物語のような音楽を奏でるバイオリニストになる。
ただの古魔道具屋になる。
そんなちっぽけな夢を叶えるためだけに、全身に返り血を浴びる。
俺とラファエルさんは、共にそういった運命の元に生まれた人間だった。

「リュウ、すまん。ちょっとどいてくれ」

魔石板の上で丸くなっていたリュウをタタミの上に下ろす。
同封されていたチケットに記されていた情報を元に検索すると、
今まで敢えて知らずにいた、様々な情報が簡単に手に入った。
ラファエルさんの、この七年間の音楽家としての道のりを…
そして、記念すべき初のシナノワ公演で最後に演奏される曲の名を。

『路拓く者』

花のような顔の裏に蛇の毒を滴らせ、血塗られた道を苦もなく選んだ
あの人の奏でる音色に、凡百の音楽家が比肩しうる筈もない。
その短い手紙を読み終えた俺の中に、
すでに『行かない』という選択肢は存在しなかった。

***

「どう?」
「よく似合ってるぞ」

深い紺の魔法衣に身を包んだジュナイは、俺の前でくるりと回って見せた。
世辞でも何でもなく、いつ見てもジュナイは細身の魔法衣が似合う。
毎朝毎夕、会社に行って帰ってくる姿を目にしているが、まったく見飽きることはない。
細身のしなやかな体格と長い手脚が、この装いでさらに引き立つようだ。

コンサートの会場はシナノワ中央街にあるコンサートホールで、
大規模なものではないらしい。
ドレスコードもそこまで厳しくはないようだが、
俺もジュナイも無難に魔法衣を着る事にした。

ジュナイにとって魔法衣は仕事着なので、何着も仕立てのよいものを揃えているが、
俺は冠婚葬祭以外に魔法衣を着る事などないので、手持ちのものは
数年前に量販店で間に合わせに買ったセール品だけという有様だった。
しかもそれは袖口が擦れて色褪せたりと、ずいぶんくたびれていた。
ジュナイは古い魔法衣をゴミ袋に投げ込み、行き着けの魔法衣専門店に俺を引き摺って行った。

ジュナイが夥しい布見本を前に、店員と何かしきりに話し合っている間、俺は別の店員に
体中のサイズをくまなく測られた。たかが一着の洋服を仕立てるためだけに、
こんなにもたくさんの部分を測るのかと、いささか閉口したほどだ。

その分、十日ほどして仕立て上がった魔法衣は実に素晴らしいものだったが。
いかな無頓着な俺にも、着古したセール品とオーダーメイドの違いくらいは分かる。

「エイデンさんも似合ってるよ。俳優みたい」
「…そうかな?」

洒落めかす事など苦手中の苦手だし、良し悪しなど分かろう筈もないが、
好いた相手にきらきらと潤んだ瞳で見つめられると悪い気はしない。
もう少し身なりに気を配ろうかなどと、現金にも思った。
会場には箱馬車で向かった。店の荷馬車で行こうと言ったのだが、

『せっかくめかし込んだんだから、優雅に箱馬車呼ぼうぜ!』

というジュナイの一言で、漆黒の豪華な箱馬車で悠々と出掛けることになった。
葦毛のスレイプニルが2頭立てで引く、素晴らしい馬車だ。

「こんなの久しぶりだな~。嬉しいな」

うきうきとはしゃぐジュナイの可愛らしさに、思わず目を細める。
それと同時に、今まで彼を豪華な食事やコンサートなど、そういった洒落た遊びに
一度も連れ出してやらなかった自分を不甲斐なく思った。
ジュナイには華やかな場所がよく似合うのに。
下町の鄙びた遺物横丁よりも、王都のような賑やかな街の方が似合う男だろうに…。

コンサートホールは、程よく賑わっていた。
客層は中年よりも上が殆どと言ったところか。
俺とジュナイも大分若い部類に入り、それより下は20代の女性をちらほらと見かける。

エントランスには
『バイオリニスト・ラファエル・ノーザンライト』
の写真がいくつも展示されていた。

様々な国の歴史ある劇場で、堂々と演奏するラファエルさんの姿を見ることが出来た。
写真の中の彼は、あの日のカフェで見た時と変わらないようにも、別人のようにも見えた。
いかにも美少年然とした顔立ちに重々しい威厳ときりりとした精悍さが加わり、
彼の歩んだ七年間が、決して平坦なものではなかったのだと感じさせた。

年表に記された彼の経歴に関しても、
幼少のみぎりからバイオリンを修行していた事も
学歴も渡航歴も、すべて事実なのだろうが、見事に実家の稼業…
『黒ギルド・ノースウッド』についての事だけがきれいに洗い流されていた。

おそらく今のラファエルさんは、黒ギルドとは別の
大きな力と結びついているのだろう。
そうでなければ、こうして公の場に打って出る事など出来まい。

「は~…聖法王とだってさ」
「すごいな」

王都の大聖堂で演奏するラファエルさんの写真と、聖法王とのにこやかな記念写真が
並んで飾られているのを見た。十年にも満たない時間で、ここまで登りつめるとは。

「ここ、小さいホールだけど本格的だな。バーがあった」
「帰りに一杯飲んで行くか」
「いいねぇ~。帰りも馬車だし気兼ねなく飲めるもんな」

ぱらぱらとプログラムの頁を手繰っていたジュナイだったが、トイレに行ってくると席を立った。
座席はホール一階席のほぼ中央だった。ステージにやたらと近い席だったら緊張してしまうな…
等とつまらない心配をしていたので、ひそかにホッとした。
ホールの内装は木目の美しい上品なもので、琥珀色に輝く葡萄の房に似たシャンデリアが
幾つも天井から下がり、映画でよく目にする王都の歌劇場を小ぢんまりと纏めたような印象だ。
それゆえか西洋的な華美や荘厳さとは無縁の、どこか家庭的な暖かみを感じる。

改めてステージ上に目を遣ると、そこはガランとしていた。
オーケストラはおろか、ピアノの一台も譜面台すら何も無い。
たった一人で、たった一つのバイオリンで、
満場の聴衆を相手にするつもりなのだろうか。
なんという胆力だろう。
改めて、ラファエルさんと自分との器の違いに感じ入るばかりだった。

「エイデンさん、エイデンさん」
「ん?ああ、おかえり」
「なぁ、あそこ見ろよ」
「どこだ?」
「ほら、二階のバルコニー席の真ん中」

早々にトイレから戻って来たジュナイにオペラグラスを手渡され、
促されるまま指差す方向を見ると、思いがけない人々の姿を聴衆の中に見た。

「ヴィクターさんに…ドミニオさんじゃないか」
「ああ、マーズもいるぜ」

バルコニー席の一角を鮮やかに彩るようにして、
伊達な白い魔法衣に身を包んだヴィクター組長と、品の良いアイボリーの
魔法衣に薄桃色のシャツを着こなしたドミニオ会計士。
それに黒い魔法衣をカチリと着込んだ殺し屋…マーズくんが思い思いに
くつろいだ様子で開演を待っていた。
もっとも、おそらく護衛を任されているのだろうマーズくんだけは
周囲をぬかりなく警戒している様子が、その眼の動きから伺えた。

「お忍びで来た王族っぽいね、あの人ら」
「ああ。まったく」
「意外…でもないか。
『グラディウス』の幹部連中は基本的にインテリだしな」
「そうだな…先代も教養ある人だったと聞いている」
「へぇ、誰から?」
「父からだ」
「ふぅん…」

俺の父がグラディウスの殺し屋で、とっくの昔に死んでいる事を
ジュナイには話しているので、彼はそれ以上
その事について何も聞かずにいてくれた。

「あ、マーズが」
「ん?」
「ほら、手ぇ振ってる」

見ると、バルコニー席のマーズくんがこちらに向かって小さく手を振っていた。
俺とジュナイも、同じように手を振り返す。
オペラグラスを覗くと、彼がほのかに微笑んでいるのが見えた。
一階席の観客など、彼のいる二階からは豆粒より小さく見えるだろうに、
オペラグラスも使わずこちらを見つけるとは…
さすがは現在の『グラディウス』第一席の殺し屋。
もう二度と敵に回したくないものだ。

『まもなく、開演いたします。
エントランスにいらっしゃるお客様は、お席にお戻りくださいませ』

女性のアナウンスが避難経路について等の諸案内を滑らかに読み上げ、
『それでは開演いたします。最後までごゆっくりお楽しみください』
というお決まりの文句のあと、放送を終えた。
シャンデリアと照明が徐々に暗くなり、ステージ上だけがほの明るく照らし出される。
非常口の青い魔法灯も消え、世界はステージ上だけとなる。

しんと静まり返る中、舞台袖から悠然と歩み出た一人の青年…
バイオリニスト・ラファエル・ノーザンライトの姿を認めるや、
観客達は暖かな拍手で迎えた。
優美な黒い魔法衣をほっそりとした身に纏う、貴公子然とした姿。
すっきりと切り揃えられた髪に、品良く整った甘い顔立ち。
女性なら、ため息をもらさずにはいられないだろう。
ラファエルさんはステージの中心に立ち、優雅な一礼を披露した。
そして即座に、つややかに輝く飴色のバイオリンを構える。
言葉による挨拶など無粋だと言わんばかりに。
次の瞬間。バイオリンとラファエルさんの全身から音の波が溢れ出る。

俺は…おそらくジュナイも満場の観客達も、
その一小節を耳にした瞬間から、日常を離れ、
見知らぬ世界に引き込まれた。

そこは紛れもなく、稀代の天才バイオリニスト
ラファエル・ノーザンライトだけの世界だった。

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