【毎日連載】古魔道具屋『レリックハート』の女房と猫

丁銀 導

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055<最終回>祭りで迷子になった時は【エイデン・レリックハート】

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遺物横丁の祭りは、小さいながらも
屋台が多くやって来る、それなりに賑やかなものだ。
古くは、俺が子供の頃から開かれていた。
父はよく、幼い俺を祭りに連れて行ってくれた。
綿菓子やクラーケン焼き、ヨーヨーに射的。
父と二人で異国の遊びや食べ物を楽しんだ思い出は、今も色褪せない。

「わぁ~…おみせがいっぱいです!」
「だが、ちょっと早かったかな?まだどこも準備中だな」

祭りの本番は夕方から夜にかけて。まだ陽が落ちる前である現在は、
どこも天幕を張り調理用の機材を設置し、商品を並べ、てんてこまいだ。
それでも長く伸びた石畳の舗道の左右にぎっしりと並ぶ、
色鮮やかな露店を眺めるだけで充分楽しいものだった。
リアムは目をキラキラさせて店のひとつひとつを見て回り、
気を抜くと手を振りほどかれてしまうほどだった。
…注意しなくては。
祭りの本会場に辿り着く前にリアムを見失っては、
後でジュナイにどれだけ怒られるか分からない。

…そう言えば、毎年祭りの本会場に使われていた土地が、
一ヶ月ほど前から工事中になっていた。
今年はその隣の広場を本会場にするとチラシには書かれていたが、
あの土地に何が建っているのだろう。
俺とジュナイの日頃の行動範囲とはまるで
逆方向なので、見に行く機会がないのだ。

「おしろでしょうか?きれいです…」

露店を見るのと同じように目を輝かせて、
リアムは(元)本会場に建つ白亜の建物に見入った。

「いや、これは教会だな」
「きょうかい?」
「ほら、屋根に十字架…あのバッテンがあるだろう?
外国の神様のお家のしるしなんだ」
「がいこくの、かみさまですか…」

リアムは興味津々で教会を見上げている。
確かにこの辺りで教会は珍しい。しかも新設とは。
ふと門に掲げられた金色の看板を見て、ドキリとする。
そこに記されていた名前は

『グラディウス聖教会』

……『グラディウス』…まさかな…。

「よぉ!やっぱりエイデンさんか!」

威勢のいい声に振り返ると、やはりそこにはヴィクターさんがいた。
しかし今日の彼は、いつもの魔法衣ではなく、異国の神官の衣装と
ストールを真っ白にしたような、何とも言い難い服装に身を包んでいる。
だがそれは不思議とヴィクターさんにしっくりと馴染んで見えた。

「ヴィクターさん、これは…」
「ああ。うちの黒ギルド、潰したんだよ。二週間くらい前に」
「潰し…グラディウスを、ですか?!」
「もちろん」
「はぁ…」
「親父はカンカンさ。まぁ気にしねーけど」

さらりと言い放つヴィクターさんに、俺は思わず絶句した。
たしかに以前、店で苦悩していた時に背負っていた暗い影は、
今の彼には微塵も見えない。何か憑き物が落ちたかのようだ。

「あんたに前も言ったように、もう黒ギルドなんかダメだ。
商売上がったり」
「はぁ…」
「今後は神の御家を運営する敬虔なアーメンさんとして、
地域に貢献して行こうって決めた訳さ」
「そうなのですか…」
「ま、『表向きは』だけどな」

あまりの華麗なる転身ぶりに理解が追いつかず、間抜けな返事を
する俺に、ヴィクターさんはニヤリと老獪な笑いを見せた。
黒ギルド長から神の使徒となっても、中身は特に変わらないらしい。
「宗教ってイイんだぜ~?会社に比べて税金安い!
社会的なイメージいい!黒対法も怖くねぇ!」
「確かに」
「それにウチは怪しげな新興宗教じゃなく、
王都できちんと認可された正真正銘、純正の聖教会だしな。
胡散臭さ皆無だろ?」
「それで王都に行かれたんですか…」
「ああ、オズワルド先生から聞いたか?その通り。
…ちょっとしたコネがあってな」

オズワルドが言っていた『商談』とはこの事だったのか…。
思い切った事をするものだ。
やはりヴィクターさんといいラファエルさんといい、
筋者を束ねる立場の人間の胆力は凄まじい。

…そう言えば…
ヴィクターさんはラファエルさんのコンサートに来ていた。
…王都…
…エントランスで見たラファエルさんと聖法王の記念写真…

…コネとは、まさか。

「ぼーず、これやるよ」
「ありがとうございます!」
ヴィクターさんはリアムにチケットを三枚手渡した。
「かいじん、ぽお…まじっくしょう…」
「おっ!小さいのにもう字ぃ読めんのか。偉い偉い!」

頭を撫でられ、リアムは嬉しそうに微笑んだ。
…目の前の人物が、自分を虐げていた男を『消した』事も知らずに。
俺にとっても、リアムにとっても、
グラディウスという存在を一口に言い表すのは難しい。
自分がどんな顔をしていたか分からないが、聡明なヴィクターさんは
俺の胸中をいくらか見透かしたのだろう。複雑な、苦い微笑を浮かべた。

「ま、そんな訳で…俺達は今後、軍警に怯える事なく凌げるようになった」

後でジュナイに聞いたのだが、軍警はシナノワ内では大きな顔をしているが、
外の団体にはからきし無力なのだそうだ。
頼りない話だが、総本山が王都にあるグラディウス教会にも
これまでのように介入する事は出来なくなったという意味なのだろう。

「ウチのもんを野放しにはしねぇし、余所者に好き放題させるつもりもねぇ
この辺の黒ギルドのパワーバランスも、おそらく今後はウチの一人勝ちだから
抗争も起こさせねえ」

鮮緑を思わせる、力に満ちた瞳がこちらに向けられた。
俺はそれを正面から受けたが、威圧的なものではなかった。

「だからあんたは、女房子供と…あと猫か。家族と静かに暮らしなよ」

じゃあ。と言い残すと、ヴィクターさんは背を向け、去って行った。

ラファエルさんも俺も、何もかもを捨てて自らの道を切り拓いた。
ヴィクターさんは、何もかもを背負った上で、新たな道を切り拓いた。

確かにラファエルさんの力添えがあったとはいえ、筋者が神の家の認可を得るなど
簡単ではなかっただろう。乗るか反るかの博打に彼は勝ったのだ。

去ってゆく細い背中に、俺は頭を下げた。
純白に身を包み、これからもヴィクターさんは
仲間と共に進んでゆくのだ。
重荷を背負いながら、血塗られた茨の道を…。

***

「あっ!エイデンさ~ん!!」
「リアムちゃん!こっちこっち~!!」

ヴィクターさんと別れ、祭りに戻ると露店のひとつから声を掛けられた。
見ると、レオくんとイーサンくんが
『クラーケン焼き』の天幕の下から手を振っていた。

「どうしたんだ?アルバイトかな?」
「そーなんです。その辺をヒマそうにぶらついてたら…」
「あの白い悪魔にとっ捕まって!!もう俺関係ないのに!!」
「シーッ!!レオ!!…黒ギルド…じゃねぇ教会の奴らに聞かれたら」
「構わないも~ん」

ふくれっ面するレオくんは、
ヴィクターさんの事がなぜか大嫌いなのだ。
ジュナイから聞いて知ったのだが。
…そう言えば、ジュナイはもう来ているのだろうか。

「ジュナイに会ったか?」
「いえ~?まだ会ってないです」
「もし来たら、探してたって伝えましょうか?」
「ああ、頼む」

そう言って、レオくん・イーサンくんと別れた。
俺が二人と話している間、いつの間にかリアムは
クラーケン焼きを一箱手に持っていた。

「いーさんさんがくれました」
「よかったな」
背を向けた露店から声が響く。

「なぁ~もうクラーケンないんだけど?」
「じゃあこのモモ貝解凍して入れようぜ。
魚介類ならなんでもいいだろ」

…大丈夫だろうか。

***

夕暮れも深まり、提灯や露店のあかりが目立ち始める。
再び歩き出すと祭りの中で、見知った顔に次々と出会った。
黒ギルドと一緒に聖教会に入信したドミニオさんは、
自身が経営する農園で採れた、新鮮な野菜や果物を売っていた。
教会の庭も畑にすると張り切っている。
驚いたのは、高原地方にあるという農園の写真に
セリオンくんとロビンくんの姿を見つけた事だ。

「僕の実家が経営する療養所の患者さんに、作業療法として
 農園の仕事を少し手伝って頂いています」
「彼らもまだ入院を?」
「いえ、退院した後も馬車で通ってまで手伝ってくれてるんです。
ありがたいです!本当に!」

ドミニオさんのその言葉に安心した。
写真の中のセリオンくんとロビンくんは、以前会った時よりも
ずいぶん元気になったように見受けられる。
セリオンくんからは一度手紙が届いたきりだが、
便りがないのは元気な印だったようだ。
いつかまた、店に遊びに来てくれるだろう。

マーズくんは友達であるらしい
礼儀正しい2人の青年らと共に射的の屋台を開いていた。
彼ら自身の腕前も見てみたいものだ。
他にも出張相談所を開くオズワルド。
グラディウスの現役殺し屋であるアスラくんによる
カラフルなミニぬいぐるみ屋などが盛況で、
オズワルドと同じく俺と同時期に殺し屋として働いていたポオは
特設会場でマジックショーを行うとの事だった。
本業は医者のはずだが…。
チケットはさっきリアムがヴィクターさんから貰っている。
しかしせっかく三枚あるのだから
ジュナイと合流した後の方が良いだろう。

「じゅないさん、いませんね…」
「そうだなぁ…迷子になったかな?」

その時、会場内の魔石スピーカーからアナウンスが流れた。

『迷子のご案内です。
遺物横丁の古魔道具屋からお越しのエイデンくんと、
リアムくんが迷子になっています。
ご家族のジュナイさんとリュウさんがお待ちです。
お心当たりの方は、運営本部の迷子センターまで…』

会場のところどころで笑いが起きているのは、
この際仕方のない事か。
どうやら、迷子になったのは俺達の方だったらしい。

「リアム、ジュナイとリュウのところに行こうか」
「はい!」

俺はリアムの軽々とした体を背負うと、
混雑し始めた祭りの人波を歩き始めた。
途中で見かける顔に見知ったものもあれば、そうでないものもある。
そのひとつひとつに、それぞれの人生があると思うと
自分の犯して来た罪の重さを痛感せずにはいられない。

しかし俺はその重さを背負い、
先を導く光からも目を逸らさないと決めた。

愛し愛され、大なり小なりの罪にまみれ、
命つきるその日まで生きてゆくのだ。

俺の家族や友人達が、
その生き様で教えてくれたように。


もう迷わない。
たとえ迷っても諦めない。


…とりあえず今は、一向に見当たらない
『迷子センター』の場所を、誰かに聞こうと思う。




                                
【古魔道具屋『レリックハート』の女房と猫・完】

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