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彷徨う舟と黒の使い
07*
しおりを挟む「待て、やっぱりやめよう」
潤滑油が無い。
そのことに気付いた俺はアーシュが険しい顔つきのまま尻を弄るのに本気で恐怖してその腕を止めた。
規格外のアーシュのあれは滑りが無いと痛いだけだ。
なのにアーシュはどうにかして逃げようとする俺の口に中指と人差し指を躊躇もせず突っ込んで、その決意に目を見開いて首を横に振る。
「ぅぐ、むむむ、ぅあっ」
アーシュの指から逃れようと仰け反っても指は追撃し、二本指で舌を挟むように掴まれて嫌悪に眉を寄せる。抗議するように歯を立てれば、無表情のアーシュは更に喉奥へ指を突き入れて俺の攻撃を躱した。
怒りは治まらないまま、俺を罰するつもりなのかとアーシュを見上げる。
その桃紫色の双眸がまるで燃えているように見え、彼の怒りの圧力に半ば諦めがついて、口から離れたアーシュの指が俺の後孔へ潜るのに唇を噛み締めて我慢する。
唾液塗れの指は、僅かに引き攣れるような痛みを伴いながら内部を抉った。すぐに穴を広げられる感覚がして思わず呻くと、アーシュが二本目の指を入れたのだと理解できた。
ぐりぐりとかき回すような動きは快楽に程遠い。たぶんアーシュはすぐに挿れる気でいる。
このままじゃ明日の仕事に支障がでると踏んだ俺は、素早く起き上がって指を抜かせ、痛む左腕を無視してアーシュの隊服のズボンへと手をかけた。
「舐めたい」
「いい、するな」
「やだ」
「ナツ」
「大人しくしとけって」
じゃないと俺が怪我するんだよ。
ボタンを外し、ベッドから降りてアーシュの足の間に身体を収める。
アーシュが苛立った口調で拒否したのにも聞こえないふりして、下着から出したアーシュの男根に舌を這わせる。
大きくて温かい手が、俺の髪を引っ張った。
頭皮に走る痛みに眉を顰めながら、それでも必死にむしゃぶりついて、口内に招き入れる。
ぐい、と後頭部を引っ張られる。意地でも離さないと更に顔を埋めて、まだ芯を持たないそれに唇で筋をなぞり、先端を舌で舐める。
徐々に硬くなるその根元を右手で掴んでゆっくりと上下に擦りながら裏筋を舐め亀頭部分をしゃぶり口に含んで必死に頭を上下させて、このままイってくれたらいいのにと、ついつい愛撫にも力が入る。
そんな俺の意図を感じ取ったのか、後頭部を掴んでいたアーシュが不意にぐっと下腹部に押さえつけて、髪を掴まれてそのまま物のように頭を動かされた。
「んぐっ……ううぁ、ぐ、ぐ、うぇ」
入りきるはずもないアーシュの男根が容赦なく喉奥まで入り込み、涙目になりながらえづく俺をアーシュはただ見下ろしていた。
絶妙に息ができるように加減をされ、早くなっていくその動きと容赦なく掴まれた後ろ髪が痛くて物理的に涙が零れ落ちるが、抵抗はしなかった。
ただ冷めたようなアーシュの視線から逃れるように目を閉じて、段々と大きさを増していく灼熱に必死に口を窄めて射精を促していると、次には後頭部を掴まれたまま身体ごとベッドに持ち上げられ押し倒された。
「ごほっ……かはっ、は、はっ」
むせて背を丸める俺をそのままに、手早く下半身の衣服を剥ぎ取られ、脚を広げさせられる。
咳き込みながらも慌ててアーシュの腹を押し返そうと腕を伸ばしたが、怪我をした左腕を咄嗟に出してしまい鋭い痛みに動きが止まった。
その隙をアーシュが逃すはずもなく。
「いっ───!」
悲鳴が出そうな喉を慌てて飲み込んで、ぎり、とアーシュのシャツを力いっぱい握り締める。
唾液だけの滑りと適当な解され方をされたそこは開ききることもなく熱を拒絶している。なのにアーシュは俺の膝裏を掴み、腰が浮くほど押さえつけながら更に身を進めた。
「ま、て……ゆっ……くり……ッ」
ぶわ、と身体中から汗が噴き出て、浅い呼吸をしてなんとか痛みを逃す俺にアーシュはただじっと見て何かを確かめているようだった。
中へ入り込んでくるたびに俺が苦しみもがく様を穴が開くほどの視線で言葉さえ発せずただじっと。
俺の乱れる様子を、次第に体が開いていく様子を一つでも逃したくないとでも言うように。
「ア……シュ」
ずる、と腰を引かれて抜け出ていく感覚に息が漏れる。じんじんと痛むその部分がそれでもすべてを飲み込もうと収縮していつの間にか俺のものも完全に勃ち上がっていた。
ぐ、と押し入られ同じ速さで身を引かれる。徐々に奥へと潜り込む欲望にあられもない声を上げそうになり右手で口を塞いだ。
ここはサウレ国の所有する船の中だ。仕事をしに来たのにセックスをしているなんて知られたら国の評判に関わる事になるんじゃないのか。
一気に冷静になって縋るようにアーシュを見上げる。
だが彼は変わらず、感情を押し殺したような表情でただ俺を見下ろして腰を動かした。
「ん……っ……う、う──っ」
閉ざされたそこが徐々に綻んで慣れた快楽を追い始める。火が付いたように熱くなる身体を叱咤して、これ以上感じたらやばいと頭を振るが責め立てる男は容赦しない。
尻に下生えがあたる感触がして、奥深く入り込むその大きなものに苦しみながら声を押し殺した。
片足を担がれ、更に激しくされる動きにもただひたすらに。
アーシュは無言だった。
元々喋る男ではないが、今日のそれは普段とは違った。
俺が消えた時、アーシュはひどく荒んでいたという。その喪失感は筆舌に尽くしがたい日々だったのだろう。だから再会したあの日から、俺たちは少しだけ変わった。
貪るように抱かれるのだってもうあの時は少なかった。互いの存在は当然で裏切りのないものだと何処かで思っていたからだ。でもアーシュは失った。
たった一年という短い期間でも。
俺を失ったのだ。
「……あーっ……ん、う、ん、んっ」
ぐるり、と腰を掴まれて俯せにされる。
最早声を押し殺すこともできなくなった俺はシーツを握り締めて、内部の良い所を的確に攻めるアーシュのものにただ喘がされるだけだ。
穿たれながら、アーシュは俺の両腕を後ろに回し掴んで、そのままベッドから降りる。
後ろ手を引かれたまま床に足をつき、腰を振られる反動で一歩一歩足を踏み出せば、促すように更に尻を穿たれ膝が震えた。
狭い船室の扉に近付いた時、手を離されて咄嗟に扉に両手をつく。
腰を持たれ爪先が浮くほど体ごと揺さぶられて声なんか抑えられない。
だらだらと自分の先端から先走りなのか精液なのか分からないほど蜜が流れていた。
再会したあの後、アーシュは毎日俺の顔を見るようになった。
どんなに仕事が忙しくても俺の住む家に寄り、居る事を確認し、時間がない時は店の外から俺がいるのを見て去っていった。
どこにもいかない。大丈夫だから安心しろと言っても、その後の一年はそうやって過ごしてきた。
数年たった今、ようやくその習慣が落ち着いて毎日確認するという行為が少しずつ治まっていた頃だったのに。
ふりだしに戻るかもなぁ。
ぎり、とドアに爪を立てて泣かされながら俺は思った。
アーシュは強くなんてない。次期国王陛下となる男なのに、きっとすべてのことに後悔しながら生きている。
ここに戻って来られたのはお前のおかげだと何度言っても、彼の苦しみは解放されないままだ。
ガタガタと揺さぶられる衝撃でドアが鳴る音がして、隣に聞こえていないかヒヤヒヤしていると、コツコツと遠くから足音が聞こえて身体が緊張する。
「あー、しゅ、だれか、きた……っ」
慌てて腰を持つアーシュの手のひらを押さえつけるが、動きは止まらない。
足音は確実に近づき俺の船室の前を通るだろうと予測できて、この卑猥な音が聞こえてしまうのではともがいた。アーシュから逃れようと暴れる俺を背後の男は変わらずに押さえつけて囁いた。
「外など気にするな」
その声音に怒りが含まれていないのを感じ取るが、外の足音が扉越しに止まった。隔たりの正面に、誰かがいる。
吐息が漏れたらきっと気付かれる。こっちに足音が聞こえるくらいなんだ。なら向こうにも音は確実に届いている。
「おねが……っ、あーしゅ」
ひそひそと必死で背後を振り返り懇願する俺に、アーシュが笑う。
その余裕の笑みに息を飲めば、案の定ぐ、ぐ、と動きが再開して手をついた扉が軋む。
「……は…はっ……ふ──っ」
律動が速くなる。尻肉を打つ肌の音が外に聞こえている気がして、声が漏れないよう咄嗟に片手で口元を覆う。
コンコン、とノックの音がした。
ビク、と背を跳ねさせた俺にアーシュが低く呻く。内部が締まったのだろう。じわりと暖かい感触がしてアーシュが極めたのだと分かる。つられるように絶頂感に襲われガタガタと全身を震わせて力む俺に、アーシュが追い打ちをかけるように緩く腰を打ち付けてくる。
すこしの間をおいて内部から出て行くその感覚にずるずると崩れ落ちた。最低だ。一瞬トんでた。
そんな俺をアーシュは軽々と抱き上げ、ベッドへと連れていく。
コン、ともう一度ノック音がして、乱れた着衣を素早く整えたアーシュが船室の扉を開いた。
「声、漏れてましたよ」
「お前なら別にいいだろう」
「私じゃなかったらどうするつもりで? ナツヤ、お疲れ様」
静かな声音のエンリィがそう言って、ベッドでぐったりしている俺に微笑んで、汗ばんだ額をさわ、と撫でられる。アーシュは慣れた様子でエンリィの言葉を受け流して、そのまま服を脱いで船室内のシャワールームへと消えていった。
兄のその姿を見送る事もせずにエンリィはふう、と溜め息をついて裸体で倒れている俺をまじまじと見つめて言う。
「ひどくされた?」
「そうでもない」
「嘘だ。可哀想に、怪我してるって言うのに」
左腕の包帯をそっと撫でられ、熱をもって腫れているその部分に忘れていた痛みが走る。ほんの少し眉を寄せた俺の表情に気付いたのか、エンリィは小さく謝って、それでも困ったような顔でベッドに腰掛けた。
「兄上、怒ってただろう」
「……やっぱあれ、怒ってるよな」
「そうやってはぐらかすから、余計にひどくされるんだ」
「お前、本当に生意気になったよなぁ」
「ナツヤが変わらないだけだ。……だから多分、兄上はやきもきするんだろう」
「……お前には分かるのね」
アーシュと似た桃紫色の瞳が、俺を見つめて微笑んでいる。
ここ数年で落ち着きが増し良い男になっていく一方のこいつは、時折何もかもを見透かしたような瞳でこうして俺を見る。
愛し気に前髪を撫でられ、軽いリップ音で頬にくちづけもされて、なんだか子どもにでもなった気分でされるがままでいた。
エンリィは兄に手酷く抱かれただろう恋人を責める事もせず、俺を見て言う。
「後でシャワーに連れていく。その腕じゃ洗えないだろう。……大丈夫、今日は何もしない」
「いつもごめんな……助かるよ」
「謝るな。正直言ってこういうの、嫌いじゃないんだ」
「確かに、お前は世話焼きだ」
言って、互いに目を細めて自然と寄せられた唇に軽く触れあわせた。
直後にアーシュがシャワーから出てきて、エンリィは自然な動作でベッドから立ち上がり、テーブルの上に置かれているカップに茶を入れ始める。
そんな弟を後目に無言で隊服を着込んでいるアーシュは濡れたままの乾いていない髪を額に撫でつけて毅然とした表情で扉を見ていた。
その姿に直ぐにこの部屋から出るのだろうと理解したが、その機嫌はどうなっているのか分からない。
やるだけやって俺を放ったまま、何も言わずに行くのならこの枕でも投げてやろうと考えていると、上着を羽織ったアーシュがベッドに近寄り俺の横に腰掛けた。
「………」
さわ、と頬を撫でられ口を開こうとしない男に俺も無言で答える。
互いに視線を逸らさぬまま、それでも思惑も感情も通じ合っているはずだと信じて。
「……悪かったよ」
掠れたその声は、思った以上に小さくて情けなかった。
アーシュの怒りがどこにあるのかわからなくとも、その悲しみがあの時の事を思い出させるものだと知っているから、俺は謝った。
傷が癒えるのにどれほどの時間を費やせばいいのか俺には分からない。
でもきっと真我に立ち向かった俺は、アーシュの地雷を踏んだのだ。それだけは理解出来た。
ぼそっと謝った俺に、アーシュは何も言わなかった。
難しい表情のまま、俺の唇を撫で、するすると指に触れ、どこか遠くを見つめて、そうして立ち上がり去っていった。
許すとも許さないとも言われなかった事に、俺は困惑して裸のまま茫然としていた。
あれだけ俺を愛し気に触るのに、アーシュは俺を抱き締めようともしなかった。まるでくちづけも、愛情も、今だけは渡せないと言うように。
「え」
「……泣くな」
「何言ってんだ、泣くわけないだろ」
「馬鹿だな」
エンリィが眉を下げて俺を抱き寄せて、後頭部を優しく撫でてきた。
頬を濡れる感触に困惑して、そんなはずはないと深く息を吸う。
なのに途轍もなく悲しくて溢れ出そうになる感情が止められない。
きっとあの船に沈んだ魂の欠片に触れたからだ。でなければこんなことくらいでこれほどまでに悲しくて寂しくて孤独を痛感するような思いなんて、感じるはずがない。
「泣くな」
エンリィの首に腕を回し、背中を撫でられながら俺は暫く歪む視界で船室の壁をじっと睨んでいた。
応援ありがとうございます!
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