虚声断ちのルグダン

深海 紘

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第一話「ドリームランド: 桐生圭介の場合」

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 圭介は数日間、そのサイトを読み続けた。


 昼休みのオフィスでも、帰宅後のリビングでも、スマホやPCの画面を食い入るように見ていた。
 書き込みは増えたり消えたりし、同じ文章が別のスレッドに現れたりもした。


 スレッドの冒頭には必ずこうあった。

 夢を超えた者は帰還できない
 だが、その道は存在する


 オカルトだと笑い飛ばすこともできた。
 だが圭介は笑わなかった。


 文章の端々に、妙に具体的な描写があったからだ。

 星座の位置。地理の名称。夢の中での方向感覚。水の匂いの記録。
 ただの創作にしてはあまりに緻密すぎた。

 北西に塔が三本。
 階段の下は霧に覆われていた。
 星の形は七芒星。匂いは潮と砂の混じったもの。


 誰かが本当に見たのかもしれない。
 そう思わせる何かがあった。


 やがて圭介は、瞑想や睡眠導入の方法が書かれたスレッドを見つけた。
 手書きの呪文らしき画像。聞き取りづらい古い言語の音声ファイル。


 彼は試した。


 退屈を埋めるにはちょうどよかった。
 照明を落とし、椅子に座り、目を閉じ、イヤホンから流れる詠唱を聞く。

 低い声が途切れ途切れに響く。意味はわからない。だが発音だけは妙に明瞭で、耳の奥に残った。

 初めの一週間、何も起きなかった。
 仕事も生活も変わらない。夢は見なかった。


 しかし、八日目の夜のこと。
 圭介は夢の中で階段を登っていた。

 巨大な石造りの階段。足音が反響し、湿った空気が漂う。
 周囲には無数の塔。
 光を放つ雲のようなものが空に漂い、夜空は見たこともない星座で埋め尽くされていた。

 塔の上には黄金の尖塔があり、風が吹くたびに澄んだ音を鳴らした。

 空気には草木と雨の匂い。遠くで水の流れる音がした。
 地平線には海のような光の帯があり、街全体を青白く照らしていた。


 美しかった。


 現実のどの景色よりも。

 色彩は鮮やかで、空気は澄み、空は果てしなく高い。
 だが、同時に言い知れぬ静けさがあった。

 風が木々を揺らしても、塔の鐘が鳴っても、その美しさの下には何か得体の知れないものが潜んでいる。
 そんな感覚があった。


 階段を登る途中、誰かが横を通り過ぎた。

 顔は見えなかった。
 背の高い影が数人、同じ方向へ向かっていた。
 彼らは静かで、圭介を一瞥することもなく、ただ先を急いでいた。

 彼は声をかけようとしたが、声が出なかった。
 口を動かしても音が出ない。
 風の音だけがあった。


 塔の上に着いたとき、眼下に広がる景色を見た。


 光の川が蛇行し、湖のような水面が街の端に広がっている。
 その中心に、石造りの宮殿のようなものが浮かんでいた。

 空には黒い月。星々は低く、大きく、異様な光を放っていた。

 それでも美しかった。息を呑むほどに。
 圭介はただ立ち尽くし、その光景を見下ろしていた。


 目が覚めたとき、全身に鳥肌が立っていた。
 夢の記憶が、現実の体験のように濃密に残っていた。

 心臓が速く打っていた。呼吸がうまくできなかった。

 胸の奥で何かが震えていた。
 何かが始まった気がした。


 そして、その日からだ。


 足元から声が聞こえるようになったのは。
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