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第一話「ドリームランド: 桐生圭介の場合」
Ⅵ
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朝の光がカーテンの隙間から差し込んでいた。
桐生圭介は目を開け、天井を見つめたまま動けなかった。
倦怠感。憂鬱。身体の芯に重りを詰め込まれたような感覚。
昨日の出来事を思い出した。
路地裏。老人。刃物。悲鳴。車のブレーキ音。
血の匂い。砕ける音。
だが不思議なことに、胸の奥には恐怖も不快感もなかった。
あるのは…
音が消えた瞬間のあの感覚。
老人の頭が砕け、身体が道路に転がった瞬間、耳の奥を覆い続けていた声が消えた。
空気が抜けるように。
あの時、世界が一瞬だけ完璧になった。
静かで、澄み切って、光り輝いていた。
あの高揚感。安堵。
信じたくはなかった。だが結論は一つしかない。
ドリームランドへのチケットは…
再び街に出ると、耳に戻ってきた。
あの音が。
低い唸り声。囁き。重なり合う声。
昨日の夜にはなかった音が、今はまた街全体に満ちていた。
ビルの谷間。駅のホーム。オフィス街の雑踏。
どこにいても、足元から聞こえてくる。
不快だった。
頭の奥を針でつつかれるような感覚。
神経を逆なでする低音。
だが同時に、彼の胸の奥には妙な確信があった。
あの音は消せる。
老人が死んだ瞬間に消えた。
偶然ではない。
***
出社した。
エレベーターを降り、廊下を歩き、自席に着いた。
キーボードの打鍵音。電話のベル。プリンターの稼働音。
日常の音の中に、例の声が混ざっていた。
低い。重い。
だがはっきりと聞こえる。
「聞いたよ桐生くん!」
突然、背後から声をかけられた。
壮年の上司。グレーのスーツ。ネクタイはきちんと結ばれ、髪に白いものが混じっている。
「災難だったねえ。ニュースで見たよ」
圭介は上司の顔を見た。
耳を澄ませる。
……音は、しない。
「ええ、大変でしたよ。」
圭介は淡々と答えた。
本当は大変だとは思っていなかった。
むしろ昨夜は解放感に満ちていた。
だがそれを言うわけにはいかない。
上司は眉をひそめ、腕を組んだ。
「世の中、物騒だからな。気をつけないと」
彼は心配そうに言った。
圭介は小さく笑った。
「そうですね。」
…上司は去っていった。
圭介はデスクに座り、視線をモニターに落とした。
だが意識は別のところにあった。
オフィスの中。廊下の向こう。
数人の社員から、例の音が聞こえていた。
低く。深く。
そして―視線。
昨日と同じだ。
音のする者たちは、ときおりこちらを見る。
無表情で。無感情で。
だが確かに、見ていた。
圭介は拳を握った。
音が消えた瞬間のあの感覚。
静寂。光。高揚。
忘れられなかった。
モニターの光が彼の横顔を照らしていた。
耳には、あの声が再び満ちていた。
低く、重く、終わりのない囁きが。
桐生圭介は目を開け、天井を見つめたまま動けなかった。
倦怠感。憂鬱。身体の芯に重りを詰め込まれたような感覚。
昨日の出来事を思い出した。
路地裏。老人。刃物。悲鳴。車のブレーキ音。
血の匂い。砕ける音。
だが不思議なことに、胸の奥には恐怖も不快感もなかった。
あるのは…
音が消えた瞬間のあの感覚。
老人の頭が砕け、身体が道路に転がった瞬間、耳の奥を覆い続けていた声が消えた。
空気が抜けるように。
あの時、世界が一瞬だけ完璧になった。
静かで、澄み切って、光り輝いていた。
あの高揚感。安堵。
信じたくはなかった。だが結論は一つしかない。
ドリームランドへのチケットは…
再び街に出ると、耳に戻ってきた。
あの音が。
低い唸り声。囁き。重なり合う声。
昨日の夜にはなかった音が、今はまた街全体に満ちていた。
ビルの谷間。駅のホーム。オフィス街の雑踏。
どこにいても、足元から聞こえてくる。
不快だった。
頭の奥を針でつつかれるような感覚。
神経を逆なでする低音。
だが同時に、彼の胸の奥には妙な確信があった。
あの音は消せる。
老人が死んだ瞬間に消えた。
偶然ではない。
***
出社した。
エレベーターを降り、廊下を歩き、自席に着いた。
キーボードの打鍵音。電話のベル。プリンターの稼働音。
日常の音の中に、例の声が混ざっていた。
低い。重い。
だがはっきりと聞こえる。
「聞いたよ桐生くん!」
突然、背後から声をかけられた。
壮年の上司。グレーのスーツ。ネクタイはきちんと結ばれ、髪に白いものが混じっている。
「災難だったねえ。ニュースで見たよ」
圭介は上司の顔を見た。
耳を澄ませる。
……音は、しない。
「ええ、大変でしたよ。」
圭介は淡々と答えた。
本当は大変だとは思っていなかった。
むしろ昨夜は解放感に満ちていた。
だがそれを言うわけにはいかない。
上司は眉をひそめ、腕を組んだ。
「世の中、物騒だからな。気をつけないと」
彼は心配そうに言った。
圭介は小さく笑った。
「そうですね。」
…上司は去っていった。
圭介はデスクに座り、視線をモニターに落とした。
だが意識は別のところにあった。
オフィスの中。廊下の向こう。
数人の社員から、例の音が聞こえていた。
低く。深く。
そして―視線。
昨日と同じだ。
音のする者たちは、ときおりこちらを見る。
無表情で。無感情で。
だが確かに、見ていた。
圭介は拳を握った。
音が消えた瞬間のあの感覚。
静寂。光。高揚。
忘れられなかった。
モニターの光が彼の横顔を照らしていた。
耳には、あの声が再び満ちていた。
低く、重く、終わりのない囁きが。
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