虚声断ちのルグダン

深海 紘

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第一話「ドリームランド: 桐生圭介の場合」

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 朝の光がカーテンの隙間から差し込んでいた。
 桐生圭介は目を開け、天井を見つめたまま動けなかった。
 倦怠感。憂鬱。身体の芯に重りを詰め込まれたような感覚。


 昨日の出来事を思い出した。


 路地裏。老人。刃物。悲鳴。車のブレーキ音。
 血の匂い。砕ける音。
 だが不思議なことに、胸の奥には恐怖も不快感もなかった。

 あるのは…


 音が消えた瞬間のあの感覚。


 老人の頭が砕け、身体が道路に転がった瞬間、耳の奥を覆い続けていた声が消えた。
 空気が抜けるように。
 あの時、世界が一瞬だけ完璧になった。
 静かで、澄み切って、光り輝いていた。

 あの高揚感。安堵。

 信じたくはなかった。だが結論は一つしかない。



 ドリームランドへのチケットは…



 再び街に出ると、耳に戻ってきた。
 あの音が。
 低い唸り声。囁き。重なり合う声。
 昨日の夜にはなかった音が、今はまた街全体に満ちていた。

 ビルの谷間。駅のホーム。オフィス街の雑踏。
 どこにいても、足元から聞こえてくる。


 不快だった。


 頭の奥を針でつつかれるような感覚。
 神経を逆なでする低音。
 だが同時に、彼の胸の奥には妙な確信があった。
 あの音は消せる。
 老人が死んだ瞬間に消えた。
 偶然ではない。

 ***

 出社した。

 エレベーターを降り、廊下を歩き、自席に着いた。
 キーボードの打鍵音。電話のベル。プリンターの稼働音。
 日常の音の中に、例の声が混ざっていた。
 低い。重い。
 だがはっきりと聞こえる。


「聞いたよ桐生くん!」


 突然、背後から声をかけられた。
 壮年の上司。グレーのスーツ。ネクタイはきちんと結ばれ、髪に白いものが混じっている。


「災難だったねえ。ニュースで見たよ」


 圭介は上司の顔を見た。

 耳を澄ませる。


 ……音は、しない。


「ええ、大変でしたよ。」


 圭介は淡々と答えた。
 本当は大変だとは思っていなかった。

 むしろ昨夜は解放感に満ちていた。
 だがそれを言うわけにはいかない。

 上司は眉をひそめ、腕を組んだ。


「世の中、物騒だからな。気をつけないと」


 彼は心配そうに言った。
 圭介は小さく笑った。


「そうですね。」


 …上司は去っていった。

 圭介はデスクに座り、視線をモニターに落とした。

 だが意識は別のところにあった。
 オフィスの中。廊下の向こう。
 数人の社員から、例の音が聞こえていた。

 低く。深く。
 そして―視線。

 昨日と同じだ。
 音のする者たちは、ときおりこちらを見る。
 無表情で。無感情で。
 だが確かに、見ていた。

 圭介は拳を握った。

 音が消えた瞬間のあの感覚。
 静寂。光。高揚。

 忘れられなかった。


 モニターの光が彼の横顔を照らしていた。
 耳には、あの声が再び満ちていた。
 低く、重く、終わりのない囁きが。
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