虚声断ちのルグダン

深海 紘

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第一話「ドリームランド: 桐生圭介の場合」

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 その夜、圭介の部屋には一人の女性がいた。
 同じオフィスで働く入社6年目の女性社員。二十代半ば。


「驚きました、桐生さんから声かけられるなんて」


 ソファに腰を下ろした彼女は、少し緊張した笑みを浮かべた。


「実は初めて見たときから、何か惹きつけられるものがあったんです。理由は今日までわからないままなんですけどね」


 圭介はワインをグラスに注ぎながら言った。
 彼女の笑顔は柔らかく、どこか都会に染まっていない雰囲気があった。

 そして、彼女からもあの音がしていた。


「出身はどこなんでしたっけ?」

「北海道なんです。雪はもう嫌ってほど見ました」

「東京はやっぱり違う?」

「人が多いなって。夜もこんなに明るいし、時間が止まらない感じがします」


 圭介は頷き、グラスを傾けた。
 会話には特に意味はなかった。
 ただ時間を過ごしているだけ。


 だが圭介の耳は、ずっと音に集中していた。


「趣味とかは?」

「うーん……旅行と読書ですかね。あと、ちょっとスピリチュアルなことも好きで」

「スピリチュアル?」

「占いとか神社とか。運命とか、そういうのを信じたいなって」


 彼女は軽く笑った。


「今日こうして誘ってもらえたのも、なんだか運命っぽいなって」


 圭介は微笑んだ。

 その声。その笑顔。そのすぐ下で、あの音が鳴っていた。


「桐生さんからはなんだか綺麗な音がするんです」


 彼女が不意にそう言った。

 圭介は一瞬、心臓が止まる感覚を覚えた。

 だが彼女は何も知らない顔で続けた。


「すごく不思議な話なんですが、桐生さんからは静かで落ち着く音が聞こえるんです」


 圭介は答えなかった。グラスをテーブルに置きゆっくりとソファから立ち上がった。

 耳の奥では、あの音がどんどん大きくなっていた。

 部屋の隅に置いてあったゴルフクラブからアイアンを引き抜き、彼女の背後に立つ。


「桐生さんは…」


 次の瞬間
 フルスイングした7番アイアンが彼女のこめかみに直撃する。

 よろけた彼女が驚いた顔を向ける。何が起きたのか理解できていない表情。


 そこに二発…


 三発…


 世界が止まったように静かだった。
 彼女がソファに崩れ落ちる音だけが響いた。
 赤い液体がグラスの縁を伝い、テーブルに落ちていく。


 圭介はしばらく動かなかった。


 耳の奥に満ちていた音が、ゆっくりと消えていくのを感じていた。
 囁きも、唸りも、すべてが空気に溶けていく。
 やがて完全な静寂が訪れた。


 心臓の鼓動だけが残った。


 そして…
 あの夜と同じ高揚感が、全身を満たしていった。
 恐怖でも罪悪感でもない。
 解放。安堵。満ち足りた感覚。
 世界が再び、完璧になったように思えた。


 テーブルの上のグラスがわずかに揺れ、静かに倒れた。
 赤い液体が床に広がり、灯りが反射した。

 窓の外には街の光。
 人々の生活の音。

 だがこの部屋だけは、異様なほど静かだった。
 圭介はソファに腰を下ろし、深く息を吐いた。

 音は消えた。


 それだけが重要だった。
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