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第一話「ドリームランド: 桐生圭介の場合」
Ⅶ
しおりを挟むその夜、圭介の部屋には一人の女性がいた。
同じオフィスで働く入社6年目の女性社員。二十代半ば。
「驚きました、桐生さんから声かけられるなんて」
ソファに腰を下ろした彼女は、少し緊張した笑みを浮かべた。
「実は初めて見たときから、何か惹きつけられるものがあったんです。理由は今日までわからないままなんですけどね」
圭介はワインをグラスに注ぎながら言った。
彼女の笑顔は柔らかく、どこか都会に染まっていない雰囲気があった。
そして、彼女からもあの音がしていた。
「出身はどこなんでしたっけ?」
「北海道なんです。雪はもう嫌ってほど見ました」
「東京はやっぱり違う?」
「人が多いなって。夜もこんなに明るいし、時間が止まらない感じがします」
圭介は頷き、グラスを傾けた。
会話には特に意味はなかった。
ただ時間を過ごしているだけ。
だが圭介の耳は、ずっと音に集中していた。
「趣味とかは?」
「うーん……旅行と読書ですかね。あと、ちょっとスピリチュアルなことも好きで」
「スピリチュアル?」
「占いとか神社とか。運命とか、そういうのを信じたいなって」
彼女は軽く笑った。
「今日こうして誘ってもらえたのも、なんだか運命っぽいなって」
圭介は微笑んだ。
その声。その笑顔。そのすぐ下で、あの音が鳴っていた。
「桐生さんからはなんだか綺麗な音がするんです」
彼女が不意にそう言った。
圭介は一瞬、心臓が止まる感覚を覚えた。
だが彼女は何も知らない顔で続けた。
「すごく不思議な話なんですが、桐生さんからは静かで落ち着く音が聞こえるんです」
圭介は答えなかった。グラスをテーブルに置きゆっくりとソファから立ち上がった。
耳の奥では、あの音がどんどん大きくなっていた。
部屋の隅に置いてあったゴルフクラブからアイアンを引き抜き、彼女の背後に立つ。
「桐生さんは…」
次の瞬間
フルスイングした7番アイアンが彼女のこめかみに直撃する。
よろけた彼女が驚いた顔を向ける。何が起きたのか理解できていない表情。
そこに二発…
三発…
世界が止まったように静かだった。
彼女がソファに崩れ落ちる音だけが響いた。
赤い液体がグラスの縁を伝い、テーブルに落ちていく。
圭介はしばらく動かなかった。
耳の奥に満ちていた音が、ゆっくりと消えていくのを感じていた。
囁きも、唸りも、すべてが空気に溶けていく。
やがて完全な静寂が訪れた。
心臓の鼓動だけが残った。
そして…
あの夜と同じ高揚感が、全身を満たしていった。
恐怖でも罪悪感でもない。
解放。安堵。満ち足りた感覚。
世界が再び、完璧になったように思えた。
テーブルの上のグラスがわずかに揺れ、静かに倒れた。
赤い液体が床に広がり、灯りが反射した。
窓の外には街の光。
人々の生活の音。
だがこの部屋だけは、異様なほど静かだった。
圭介はソファに腰を下ろし、深く息を吐いた。
音は消えた。
それだけが重要だった。
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