7 / 19
第一話「ドリームランド: 桐生圭介の場合」
Ⅶ
しおりを挟むその夜、圭介の部屋には一人の女性がいた。
同じオフィスで働く入社6年目の女性社員。二十代半ば。
「驚きました、桐生さんから声かけられるなんて」
ソファに腰を下ろした彼女は、少し緊張した笑みを浮かべた。
「実は初めて見たときから、何か惹きつけられるものがあったんです。理由は今日までわからないままなんですけどね」
圭介はワインをグラスに注ぎながら言った。
彼女の笑顔は柔らかく、どこか都会に染まっていない雰囲気があった。
そして、彼女からもあの音がしていた。
「出身はどこなんでしたっけ?」
「北海道なんです。雪はもう嫌ってほど見ました」
「東京はやっぱり違う?」
「人が多いなって。夜もこんなに明るいし、時間が止まらない感じがします」
圭介は頷き、グラスを傾けた。
会話には特に意味はなかった。
ただ時間を過ごしているだけ。
だが圭介の耳は、ずっと音に集中していた。
「趣味とかは?」
「うーん……旅行と読書ですかね。あと、ちょっとスピリチュアルなことも好きで」
「スピリチュアル?」
「占いとか神社とか。運命とか、そういうのを信じたいなって」
彼女は軽く笑った。
「今日こうして誘ってもらえたのも、なんだか運命っぽいなって」
圭介は微笑んだ。
その声。その笑顔。そのすぐ下で、あの音が鳴っていた。
「桐生さんからはなんだか綺麗な音がするんです」
彼女が不意にそう言った。
圭介は一瞬、心臓が止まる感覚を覚えた。
だが彼女は何も知らない顔で続けた。
「すごく不思議な話なんですが、桐生さんからは静かで落ち着く音が聞こえるんです」
圭介は答えなかった。グラスをテーブルに置きゆっくりとソファから立ち上がった。
耳の奥では、あの音がどんどん大きくなっていた。
部屋の隅に置いてあったゴルフクラブからアイアンを引き抜き、彼女の背後に立つ。
「桐生さんは…」
次の瞬間
フルスイングした7番アイアンが彼女のこめかみに直撃する。
よろけた彼女が驚いた顔を向ける。何が起きたのか理解できていない表情。
そこに二発…
三発…
世界が止まったように静かだった。
彼女がソファに崩れ落ちる音だけが響いた。
赤い液体がグラスの縁を伝い、テーブルに落ちていく。
圭介はしばらく動かなかった。
耳の奥に満ちていた音が、ゆっくりと消えていくのを感じていた。
囁きも、唸りも、すべてが空気に溶けていく。
やがて完全な静寂が訪れた。
心臓の鼓動だけが残った。
そして…
あの夜と同じ高揚感が、全身を満たしていった。
恐怖でも罪悪感でもない。
解放。安堵。満ち足りた感覚。
世界が再び、完璧になったように思えた。
テーブルの上のグラスがわずかに揺れ、静かに倒れた。
赤い液体が床に広がり、灯りが反射した。
窓の外には街の光。
人々の生活の音。
だがこの部屋だけは、異様なほど静かだった。
圭介はソファに腰を下ろし、深く息を吐いた。
音は消えた。
それだけが重要だった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる