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第一話「ドリームランド: 桐生圭介の場合」
Ⅸ
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朝の街は、いつもと変わらない顔をしていた。
通勤の人波、バスのエンジン音、朝食のチェーン店から漏れるコーヒーの香り。
すべてが“いつも通り”を装っている。
だが俺の胸の内では、昨夜から続く不協和音が鳴り止まなかった。
恐る恐るオフィスに向かう。
足取りが妙に重い。
昨日の光景が脳裏にこびりついて離れない。
あの血の気配、折れ曲がった7番アイアン、そして……消えた彼女。
エレベーターの扉が開き、職場のフロアに足を踏み入れた。
そこにはいつもの景色が広がっていた。
いつものデスク、いつもの上司、いつもの雑音。
電話の呼び出し音、書類をめくる音、隣の席のタイピング。
すべてが日常のBGMのように溶け合っている。
いや、違う。
デスクの向こうに“彼女”がいた。
「おはようございます、桐生さん」
その声に、俺の体は反射的にのけぞった。
心臓が胸を破って飛び出しそうになる。
彼女はにこやかに微笑んでいる。
まるで昨夜のことなど一切なかったかのように。
だが…
あの音がしない。
昨日まで、彼女からはあの“音”がしていた。
言葉にならないが、確かに聞こえていた。
それが今はまるでしない。
彼女の動作は自然で、声も表情も昨日と同じだ。だが、俺の直感は叫んでいた。
…彼女じゃない。
手のひらに汗が滲む。
視界の端で同僚たちが笑い、書類を抱えて歩き回る。
上司が誰かを呼ぶ声がする。
周囲は普段通りの喧騒に包まれている。
こんなにも騒々しいのに、この女が音を持たないという違和感。
まるで絵の中に入り込んだ異物のように、そこに“いる”だけの存在。
俺は挨拶を返すこともできず、ただ彼女を見つめてしまった。
視線が合った。彼女は首をかしげ、柔らかく笑う。
「どうかしましたか?」
喉がひりつく。声が出ない。
昨日の惨劇が、折れたアイアンが、頭の奥で警告のように点滅している。
違う。これは彼女じゃない。
周りの誰も気づいていない。俺だけが異常を知っている。
ドリームランド。
あの世界に至った瞬間から、何かが俺を試している。
そうとしか思えなかった。
あの異様な高揚感、音の消えた静寂、そして今、音を持たない彼女。
これは罰なのか、それとも招待なのか。
俺をあの世界に引きずり込みたいのか、それとも俺自身が望んでいるのか。
「桐生くん、資料頼むよ」
上司の声が飛んできた。
俺は反射的に返事をし、席に戻る。
彼女はそんな俺の様子を見て、また柔らかく笑った。
その笑顔には、昨日までの温度がなかった。
いや、昨日までの彼女自身が、もういないのかもしれない。
背筋に冷たいものが走る。心臓が耳の奥でうるさく鳴る。
だが、俺以外の全員は、いつも通りの世界を生きていた。
この違和感を共有できる者は、どこにもいない。
俺だけが、知ってしまったのだ。
ドリームランドが、
俺を望んでいることを。
通勤の人波、バスのエンジン音、朝食のチェーン店から漏れるコーヒーの香り。
すべてが“いつも通り”を装っている。
だが俺の胸の内では、昨夜から続く不協和音が鳴り止まなかった。
恐る恐るオフィスに向かう。
足取りが妙に重い。
昨日の光景が脳裏にこびりついて離れない。
あの血の気配、折れ曲がった7番アイアン、そして……消えた彼女。
エレベーターの扉が開き、職場のフロアに足を踏み入れた。
そこにはいつもの景色が広がっていた。
いつものデスク、いつもの上司、いつもの雑音。
電話の呼び出し音、書類をめくる音、隣の席のタイピング。
すべてが日常のBGMのように溶け合っている。
いや、違う。
デスクの向こうに“彼女”がいた。
「おはようございます、桐生さん」
その声に、俺の体は反射的にのけぞった。
心臓が胸を破って飛び出しそうになる。
彼女はにこやかに微笑んでいる。
まるで昨夜のことなど一切なかったかのように。
だが…
あの音がしない。
昨日まで、彼女からはあの“音”がしていた。
言葉にならないが、確かに聞こえていた。
それが今はまるでしない。
彼女の動作は自然で、声も表情も昨日と同じだ。だが、俺の直感は叫んでいた。
…彼女じゃない。
手のひらに汗が滲む。
視界の端で同僚たちが笑い、書類を抱えて歩き回る。
上司が誰かを呼ぶ声がする。
周囲は普段通りの喧騒に包まれている。
こんなにも騒々しいのに、この女が音を持たないという違和感。
まるで絵の中に入り込んだ異物のように、そこに“いる”だけの存在。
俺は挨拶を返すこともできず、ただ彼女を見つめてしまった。
視線が合った。彼女は首をかしげ、柔らかく笑う。
「どうかしましたか?」
喉がひりつく。声が出ない。
昨日の惨劇が、折れたアイアンが、頭の奥で警告のように点滅している。
違う。これは彼女じゃない。
周りの誰も気づいていない。俺だけが異常を知っている。
ドリームランド。
あの世界に至った瞬間から、何かが俺を試している。
そうとしか思えなかった。
あの異様な高揚感、音の消えた静寂、そして今、音を持たない彼女。
これは罰なのか、それとも招待なのか。
俺をあの世界に引きずり込みたいのか、それとも俺自身が望んでいるのか。
「桐生くん、資料頼むよ」
上司の声が飛んできた。
俺は反射的に返事をし、席に戻る。
彼女はそんな俺の様子を見て、また柔らかく笑った。
その笑顔には、昨日までの温度がなかった。
いや、昨日までの彼女自身が、もういないのかもしれない。
背筋に冷たいものが走る。心臓が耳の奥でうるさく鳴る。
だが、俺以外の全員は、いつも通りの世界を生きていた。
この違和感を共有できる者は、どこにもいない。
俺だけが、知ってしまったのだ。
ドリームランドが、
俺を望んでいることを。
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