虚声断ちのルグダン

深海 紘

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第二話「戸口に現れたもの: 坂口文子の場合」

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 桐生さんが忽然と姿を消してから、今日でちょうど1ヵ月になる。

 本店ビルの24階。経営企画部のオフィスは、まだあの出来事の影を引きずっていた。
 朝から電話が鳴り止まず、会議室の予約はどこも埋まっている。
 役員フロアに近いこの階はいつもピリピリしているが、桐生さんの失踪以来、その空気はさらに濃くなっていた。


「また警察の人が来てるらしいわよ」


 隣のデスクで同僚がひそひそ声で話している。

 彼が消えた日のことを、私ははっきり覚えている。
 業務終了後、彼は会議資料を抱えたままビルを出ていった。
 それが最後の目撃情報になった。
 監視カメラには彼の姿が残っていたが、その後の足取りは途絶えている。


 そして…


 失踪の一週間前、桐生さんの部屋で彼と会っていた人物がいる。
 私の友人、柊木真琴。

 事情聴取も受けたらしいが、結局彼女は容疑者扱いされることなく、事件とは無関係とされた。

 だが、私は違和感を拭えなかった。

 あの日を境に、真琴はどこか変わった。


 その日、私は書類を抱えて会議室へ急いでいた。
 ガラス張りの扉の向こうに、真琴の姿が見えた。
 彼女はいつも通りの笑顔で同僚たちと話している。

 だが、その笑顔は…何かが違った。

 一見すれば何も変わらない。
 服装も髪型も声のトーンも、以前と同じだ。
 けれど私の中で警鐘のようなものが鳴っていた。


 真琴じゃない。


 そんな馬鹿げた考えが一瞬よぎり、すぐに打ち消そうとした。
 でも、どうしても違和感が消えなかった。


 午後、役員会議のための資料をまとめていると、上司が私に声をかけてきた。


「君、桐生のこと…何か知らないか?」

「いえ。私も報道で知ったくらいで…」

「そうか。あいつが消えてから取引先もざわついていてな。経営層は頭を抱えてる」


 上司の顔には疲労の色が濃かった。
 桐生さんは大型案件をいくつも抱えていたし、社内でも信頼が厚い人物だった。
 だからこそ、失踪は業務面でも大きな痛手だった。

 上司は言葉を続けようとして、何か思い直したように首を振り、会議室へと去っていった。


 夕方、真琴と廊下ですれ違った。


「フミちゃん、おはよう!」


 彼女はいつもの調子で微笑む。
 私は言葉を返そうとして、声が詰まった。


 …やっぱりおかしい。


 彼女の声を聞いても、何も感情が湧かなかった。
 以前の真琴なら、会話の端々にあたたかみがあった。
 だが今は、笑顔も言葉もどこか作り物めいている。

 その上、彼女の目が一瞬だけ私を射抜くように光った気がした。

 私の背筋を冷たいものが走った。


 夜、残業を終えてオフィスを出ると、丸の内の街はまだネオンが煌めいていた。
 高層ビルのガラスに夜景が映り込み、タクシーが次々と人を乗せていく。


 真琴のことが頭から離れなかった。


 彼女は一体、桐生さんの部屋で何を話したのか。
 なぜあの日を境に何故変わってしまったのか。


 …もしかして彼女が桐生さんを?


 最悪の想像が脳裏をかすめた。
 だが、あの真琴がそんなことをするはずがない。

 私は首を振り、その考えを振り払おうとした。


 しかし、胸の奥で何かが確信に変わりつつあった。

 桐生さんの失踪と真琴の変化は、間違いなく繋がっている。
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