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第二話「戸口に現れたもの: 坂口文子の場合」
Ⅷ
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ベランダのガラスが、夜景を背にして内側へと弾け飛んだ。
破片が白い閃光のように四方へ散り、カーテンが大きく舞い上がる。
文子は咄嗟に身をすくめた。何が起こっているのか理解できない。
砕けた窓の向こうから、人型の影が音もなく飛び込んでくる。
黒い鎧。全身を漆黒の装甲で覆い、顔は仮面に隠されて表情がない。
だがその動きは機械のように正確で、床に着地した瞬間、空気が一変した。
文子の足元では、何かが蠢いた。
視線を落とすより早く、黒い影が蛇のように伸び、床を走る。
生き物のような速さで彼女の周囲を一瞬にして取り囲み、音もなく立ち上がった。
絡み合った影は硬質な殻へと変わり、繭のように文子を覆い隠した。
真琴の姿をした“それ”が反応する。
四肢をねじり、天井へ跳び上がる。
肉体が液体のように歪み、異様な速さで張り付いた。
背中が蜘蛛のように広がり、髪が天井に垂れ下がる。
「… 古のものたちの秘具ね?」
女の声だった。真琴の声。しかし抑揚がどこか冷たい。
感情が削ぎ落とされ、澄んだ水面のように冷ややかだ。
黒い鎧の男が低く言う。
「異形のものよ。ここは貴様のいる場所ではない。元の世界へ帰れ」
その言葉に“それ”は笑ったように見えた。
「違うわ」
女の声が部屋に響く。
「帰るべきはあなたの方。それはここには存在してはいけないものなの」
黒い鎧の男は答えない。
代わりに腕を振り下ろす。
空間が裂けた。
見えないガラスが粉砕されるように亀裂が走り、亀裂が周囲の空間を歪め一直線に天井の“それ”へ飛んでいった。
だが…
真琴の姿をした“それ”は異様な速さで回避した。
肉体がしなやかに歪み、天井から壁へ、壁から床へと縦横無尽に跳躍する。
その動きはもはや人間のものではなかった。
「わかっていないのね」
声は淡々としていた。
「貴方達が作り出したそれはあらゆる物を破壊するわ…
自らの文明をもね。あなたは一体何を守っているのかしら?」
黒い鎧の男は答えない。だが両腕を開いた。
次の瞬間、部屋の空気が緊張で軋む。
見えない糸、無数の極細ワイヤーが張り巡らされ、照明の光を受けてわずかに銀色の線を描いた。
文子は呼吸を忘れていた。
動けば自分まで切り裂かれそうな、研ぎ澄まされた気配が室内を満たす。
真琴の姿をした“それ”が疾走した。
女の声が残響のように遅れて響く。
「それは存在してはいけない」
真琴の姿をした“それ”の指先が黒い鎧の男の頬を掠り、掠った部分から小さな火花が上がった。
その瞬間、黒い鎧の男が手を握りしめた。
ワイヤーが一斉に動く。
空気を裂く鋭い音が連続し、真琴の姿をした“それ”の体が空中で止まった。
四肢が、胴が、首が、細い線に切り裂かれていく。
黒い飛沫が宙に舞い、時間差で床に散った。
女の声がなおも響いた。
「愚かな人間……あなたがその代償を背負う意味はあるの?」
黒い鎧の男は感情のない声で答える。
「意味などない。ここは私たちの世界だ。お前たちのものではない」
切り裂かれた体が崩れながらも微笑んだように見えた。
「愚かね…」
低く言い残し、真琴の姿をした“それ”は黒い煙となり、闇に溶けて消えていった。
室内に再び静寂が戻る。
張り巡らされたワイヤーが音もなく消え、黒い鎧の男は一度だけ文子の方を振り返った。
破片が白い閃光のように四方へ散り、カーテンが大きく舞い上がる。
文子は咄嗟に身をすくめた。何が起こっているのか理解できない。
砕けた窓の向こうから、人型の影が音もなく飛び込んでくる。
黒い鎧。全身を漆黒の装甲で覆い、顔は仮面に隠されて表情がない。
だがその動きは機械のように正確で、床に着地した瞬間、空気が一変した。
文子の足元では、何かが蠢いた。
視線を落とすより早く、黒い影が蛇のように伸び、床を走る。
生き物のような速さで彼女の周囲を一瞬にして取り囲み、音もなく立ち上がった。
絡み合った影は硬質な殻へと変わり、繭のように文子を覆い隠した。
真琴の姿をした“それ”が反応する。
四肢をねじり、天井へ跳び上がる。
肉体が液体のように歪み、異様な速さで張り付いた。
背中が蜘蛛のように広がり、髪が天井に垂れ下がる。
「… 古のものたちの秘具ね?」
女の声だった。真琴の声。しかし抑揚がどこか冷たい。
感情が削ぎ落とされ、澄んだ水面のように冷ややかだ。
黒い鎧の男が低く言う。
「異形のものよ。ここは貴様のいる場所ではない。元の世界へ帰れ」
その言葉に“それ”は笑ったように見えた。
「違うわ」
女の声が部屋に響く。
「帰るべきはあなたの方。それはここには存在してはいけないものなの」
黒い鎧の男は答えない。
代わりに腕を振り下ろす。
空間が裂けた。
見えないガラスが粉砕されるように亀裂が走り、亀裂が周囲の空間を歪め一直線に天井の“それ”へ飛んでいった。
だが…
真琴の姿をした“それ”は異様な速さで回避した。
肉体がしなやかに歪み、天井から壁へ、壁から床へと縦横無尽に跳躍する。
その動きはもはや人間のものではなかった。
「わかっていないのね」
声は淡々としていた。
「貴方達が作り出したそれはあらゆる物を破壊するわ…
自らの文明をもね。あなたは一体何を守っているのかしら?」
黒い鎧の男は答えない。だが両腕を開いた。
次の瞬間、部屋の空気が緊張で軋む。
見えない糸、無数の極細ワイヤーが張り巡らされ、照明の光を受けてわずかに銀色の線を描いた。
文子は呼吸を忘れていた。
動けば自分まで切り裂かれそうな、研ぎ澄まされた気配が室内を満たす。
真琴の姿をした“それ”が疾走した。
女の声が残響のように遅れて響く。
「それは存在してはいけない」
真琴の姿をした“それ”の指先が黒い鎧の男の頬を掠り、掠った部分から小さな火花が上がった。
その瞬間、黒い鎧の男が手を握りしめた。
ワイヤーが一斉に動く。
空気を裂く鋭い音が連続し、真琴の姿をした“それ”の体が空中で止まった。
四肢が、胴が、首が、細い線に切り裂かれていく。
黒い飛沫が宙に舞い、時間差で床に散った。
女の声がなおも響いた。
「愚かな人間……あなたがその代償を背負う意味はあるの?」
黒い鎧の男は感情のない声で答える。
「意味などない。ここは私たちの世界だ。お前たちのものではない」
切り裂かれた体が崩れながらも微笑んだように見えた。
「愚かね…」
低く言い残し、真琴の姿をした“それ”は黒い煙となり、闇に溶けて消えていった。
室内に再び静寂が戻る。
張り巡らされたワイヤーが音もなく消え、黒い鎧の男は一度だけ文子の方を振り返った。
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