桜の下で、君に恋した春

ひかゆづ

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越えられない君  2

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入学式から、一週間が過ぎた。

 

最初はどこかよそよそしかった教室の空気も、少しずつ変わってきている。

 

朝になると、あちこちから笑い声や会話が聞こえる。

 

「おはよー!」

「昨日の課題やった?」

「てかさ、あの先生ちょっと面白くない?」

 

そんな声が重なり、教室は入学初日よりずっと賑やかになっていた。

 

すずが教室のドアを開けると——

 

「すず! おはよ!」

 

すぐに声が飛んできた。

 

ひかりだった。

 

席から身を乗り出すようにして、こちらへ手を振っている。

 

「おはよう、ひかり」

 

すずも少し笑って答える。

 

中学の頃から変わらない、明るくてまっすぐな声。

 

同じクラスになれたことは、すずにとって最初の頃の大きな安心だった。

 

すずは自分の席へ向かい、カバンを机に置く。

 

すると、斜め前の席からくるっと振り向く子がいた。

 

「おはよ、すず」

 

夏希だった。

 

相変わらず明るい表情で、気さくに声をかけてくる。

 

「おはよう、夏希ちゃん」

 

夏希はこの一週間で、すっかりクラスの中心にいるような存在になっていた。

 

明るくて面倒見がよく、誰とでも気さくに話す。

 

困っている子がいれば自然と声をかける——

そんな姉御肌な性格だ。

 

まだ入学して一週間なのに、もう教室の空気にしっかり溶け込んでいる。

 

「昨日の英語の宿題さ、思ったより楽じゃなかった?」

 

夏希が言うと、ひかりがすぐ反応した。

 

「えー! 私けっこう時間かかったんだけど!」

 

「ひかり、それ途中でスマホ見てたでしょ」

 

「うっ……ちょっとだけ!」

 

三人で笑い合う。

 

入学したばかりの頃より、会話もずっと自然になっていた。

 

 

そのとき、ふと。

 

すずの視線が教室の窓際へ向いた。

 

そこには、二人の姿があった。

 

窓から差し込む春の光の中で、静かに話している男女。

 

ひとりは——

 

東雲 花音。

 

そして、その隣にいるのが

 

藤沢 湊。

 

東雲花音は、入学してすぐクラスで知られる存在になっていた。

 

整った顔立ちに、すらりとした姿。

 

長い髪がさらりと揺れて、笑うと周りの空気まで明るくなるような雰囲気がある。

 

まさに「容姿端麗」という言葉が似合う女の子だった。

 

けれど、みんなが惹かれている理由はそれだけではない。

 

東雲花音は、誰に対しても分け隔てなく話す。

 

男子にも女子にも同じように笑顔を向け、初めて話す相手にも自然と距離を縮めてしまう。

 

気取ったところがなく、むしろ親しみやすい。

 

だからだろう。

 

入学してまだ一週間なのに、彼女の周りにはいつも自然と人が集まっていた。

 

クラスの人気者。

 

そんな言葉がぴったりの存在だった。

 

ただ今は、大勢に囲まれているわけではない。

 

窓際の席で、藤沢湊と静かに言葉を交わしている。

 

花音が小さく笑う。

 

湊も穏やかに言葉を返す。

 

賑やかというより、落ち着いた空気。

 

静かに、でも楽しそうに話している。

 

そんな雰囲気だった。

 

「東雲さんって、すごいよね」

 

ひかりが小声で言う。

 

すずも小さく頷く。

 

「うん……」

 

遠くから見ているだけでも、どこか華やかな存在だ。

 

夏希も窓際を見ながら言った。

 

「でもさ、全然気取ってないよな」

 

「むしろ普通に話しやすそう」

 

ひかりも頷く。

 

「ね! 昨日ちょっと話したけど、めっちゃ感じよかったよ」

 

 

そのときだった。

 

窓際で話していた花音が、ふとこちらに目を向けた。

 

そして、にこっと笑う。

 

「おはよう」

 

柔らかく自然な笑顔だった。

 

ひかりがすぐに手を振る。

 

「おはよう、東雲さん!」

 

夏希も軽く手を上げる。

 

「おはよー」

 

すずも少し驚きながら、小さく会釈した。

 

その横で、湊もこちらに気づいたようだった。

 

一瞬だけ視線が合いそうになって——

 

すずは慌てて目を逸らす。

 

胸が、どくんと鳴った。

 

(……なんで)

 

まだほとんど話していないのに。

 

それでも、目が合いそうになると落ち着かない。

 

もう一度、そっと窓際を見る。

 

花音と湊は、また静かに話していた。

 

それを見て、すずの胸の奥に

 

ほんの少しだけ、言葉にならない感情がよぎる。

 

入学して一週間。

 

クラスの距離は、少しずつ縮まり始めている。

 

そして——

 

まだ誰も気づいていないいくつかの気持ちも、

 

静かに動き始めていた。

 

 

「……あ、そういえばさ」

 

ひかりが思い出したように声を上げる。

 

机に頬杖をつきながら、すずの方へ身を乗り出した。

 

「すず、昨日の図書室どうだった?」

 

斜め前の席に座っていた夏希も「あー」と声を漏らして振り向く。

 

「そうだそうだ」

 

椅子の背もたれに腕を乗せながら言う。

 

「係の説明あるって言ってたよな」

 

「ちゃんと辿り着けた?」

 

二人の視線を受けて、すずは小さく頷いた。

 

「うん、大丈夫だったよ」

 

「ちゃんと行けた」

 

ひかりは目を丸くする。

 

「え、ほんと?」

 

「私まだ校舎の中よく分かんないんだけど」

 

「廊下、めっちゃ似てない?」

 

「分かる」と夏希がすぐ頷く。

 

「階段も同じだしな」

 

「昨日、普通に迷いかけた」

 

「えー!」

 

ひかりが声を上げる。

 

「夏希でも迷うの?」

 

「迷うときは迷うよ」

 

夏希は笑いながら肩をすくめた。

 

ひかりがまたすずの方へ顔を向ける。

 

「すずって方向感覚どうなの?」

 

「なんか迷ってそうなイメージあるんだけど」

 

「えっ」

 

すずは少し困ったように笑う。

 

「最初は……ちょっと迷いそうになった」

 

「ほらー!」

 

ひかりが嬉しそうに言う。

 

「やっぱり!」

 

「でも——」

 

そこまで言いかけて、すずの言葉がふと止まる。

 

昨日の廊下の光景が、頭に浮かんだ。

 

図書室の場所が分からなくて、少し立ち止まっていたとき。

 

「図書室?」

 

そう声をかけてくれた人。

 

そして、自然な様子で一緒に歩いてくれた。

 

藤沢 湊。

 

図書室の前まで来てくれて、

それから先生に呼ばれて職員室へ向かっていった、あの背中。

 

(……あ)

 

その瞬間、すずは気づく。

 

(お礼……)

 

図書室までついてきてくれたのに。

 

そのあと説明が始まって、

結局そのまま別れてしまった。

 

(言ってない……)

 

胸が小さくざわつく。

 

すずの視線は、自然と窓際へ向いていた。

 

そこには、花音と湊の姿。

 

二人は席で静かに話をしている。

 

花音が小さく笑う。

 

湊が穏やかに言葉を返す。

 

騒ぐわけでもなく、大きく笑うわけでもない。

 

落ち着いた空気が二人の間に流れていた。

 

(……今かな)

 

そう思う。

 

でも——

 

(話してる……)

 

会話の途中で声をかけるのは、なんとなく気が引ける。

 

(あとで……かな)

 

そう思って視線を戻す。

 

けれど、少しするとまた窓際が気になってしまう。

 

(どのタイミングで言えばいいんだろう……)

 

 

そんなことを考えていると——

 

「おはよー」

 

横から突然声がした。

 

「うわっ」

 

思わず肩が跳ねる。

 

振り向くと、大翔が立っていた。

 

「びっくりしすぎじゃね?」

 

笑いながら言う。

 

「い、いや……」

 

「そんな驚く?」

 

大翔は机に軽く手をつきながら続ける。

 

「てか今日体育あるらしいぞ」

 

「え、うそ!」

 

ひかりがすぐ反応する。

 

「聞いてない!」

 

夏希は笑う。

 

「ひかり絶対運動嫌いだろ」

 

「嫌いっていうか苦手!」

 

「同じじゃん」

 

また笑い声が広がる。

 

大翔はそんなやり取りを見ながら言った。

 

「昨日さ、帰りコンビニ寄ったらさ——」

 

話題はすぐに別の方向へ流れていく。

 

たわいもない、クラスの日常の会話。

 

すずも相槌を打ちながら、

ふともう一度だけ窓際を見る。

 

藤沢湊の横顔。

 

静かに話している姿。

 

(……あとで)

 

そう思いながら、すずは小さく息をついた。

 

お礼を言うタイミングを探しながら、

 

クラスの一日は、今日もゆっくりと始まっていく。
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