桜の下で、君に恋した春

ひかゆづ

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越えられない君 4

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すずたちはコートの中に入った。

体育館の床の感触が、さっきまでよりもはっきりと足裏に伝わってくる。

ネットの向こう側にも、女子のチームが集まり始めていた。

その中に——

東雲花音の姿があった。

(……東雲さん)

すずは思わず目で追ってしまう。

花音はチームの子と何か話しながら、軽くストレッチをしていた。
動きが自然で、どこか余裕がある。

笛の音が軽く鳴る。

「じゃあ始めようか。軽い練習試合だから、ラリーを続ける感じでいこう」

先生の声が体育館に響いた。

「お願いします」

女子たちの声が重なる。

すずはレシーブの位置についた。

(がんばろう……)

最初のサーブは相手チーム。

ボールが上がる。

その瞬間、すずはふと周りの視線に気づいた。

女子コートの周りには、男子たちもちらほら立っている。
隣のコートの試合の合間なのか、こちらを見ている人も多かった。

視線の先には——花音がいる。

サーブを受けたボールが上がり、味方がパスをつなぐ。

そして花音のところへ。

花音は軽く助走をつけて跳んだ。

ぱしん、と気持ちのいい音。

ボールはきれいな軌道を描いて、こちらのコートへ落ちた。

「うま……」

誰かの小さな声が聞こえる。

すずも思わず目で追ってしまう。

動きがとても自然だった。

力任せではなく、体の流れのままボールを打っているような、きれいなフォーム。

その姿を、コートの周りにいる男子たちも見ていた。

「東雲すげーな」

「やっぱ運動もできるんだな」

そんな声が聞こえてくる。

すずはボールを拾いながら、もう一度花音を見る。

ジャンプしたときに揺れる髪。
ボールを追う軽やかな足取り。

自然と視線が集まる理由が、なんとなくわかる気がした。

(すごいな……)

ラリーが続く。

今度はこちらの番だった。

夏希がボールを受けて、すぐに前へ出る。

「任せて」

軽く跳んで打つ。

ぱしん、とボールが相手コートに落ちた。

「ナイス夏希!」

チームの子が声を上げる。

夏希は少し照れたように笑った。

「たまたま」

すずも思わず笑う。

そのあともラリーは続いた。

夏希がレシーブして、つないで、点を取る。

花音がきれいにスパイクを決める。

お互いに点を取り合いながら、コートの空気はどこか楽しそうだった。

「おー!」

「今のいい!」

外からも声が飛ぶ。

わきあいあいとした雰囲気のまま、試合は進んでいく。

そして——

最後のラリー。

花音のチームがつないだボールが、再び花音のところへ上がる。

花音は軽く助走をつける。

ふわっと跳んで——

ぱしん。

ボールはきれいにコートの奥へ落ちた。

「よし!」

相手チームから小さな声が上がる。

先生が軽く手を叩いた。

「はい、ここまで」

練習試合が終わる。

結果は、花音のチームの勝ちだった。

すずは息を整えながら、ネットの向こうを見る。

花音がこちらに歩いてきていた。

「楽しかったね」

にこっと笑って言う。

その声は、さっきまで試合をしていたとは思えないほど自然だった。

夏希も笑う。

「うん、楽しかった」

すると花音がやわらかく言った。

「西野さんもすごかったよ」

夏希は照れたように頭をかく。

「いやいや、東雲さんの方がすごいって」

周りの子たちも笑っている。

すずも小さく笑った。

でも、その中でふと花音を見る。

さっきまでのプレー。

周りの視線。

そして今こうして、普通に笑って話している姿。

どこか少し遠い感じがした。

(やっぱり……)

すずはぼんやり思う。

(東雲さんには、かなわないな)

運動もできて、明るくて、みんなの中心にいる。

同じ場所に立っているはずなのに、少しだけ別の世界にいる人みたいだった。

でも——

花音は変わらず笑っていた。

その周りには、自然と人が集まっている。

体育館の中はまだにぎやかで、次のチームの声が聞こえてくる。

すずは小さく息を吐いた。

さっきまでの緊張が、少しずつほどけていく。

(でも……)

楽しかったのは、本当だった。

その後、授業の終わりを告げる笛が体育館に響いた。

「はい、今日はここまで。片付けが終わったら教室に戻っていいよ」

先生の声に、生徒たちはほっとしたように動き出す。

ボールをカゴに入れる音。
シューズが床を擦る音。

さっきまでの熱気が、ゆっくりとほどけていく。

「はぁ~、疲れたぁ」

夏希が腕を伸ばしながら言った。

「でも楽しかったね」

「うん……」

すずは小さく頷く。

女子コートの周りでは、まだ試合の話をしている声が聞こえる。

「東雲さんやっぱすごかったよね」

「うん、うまかった」

「最後のスパイクすごかった」

少し離れたところでは、男子たちも話していた。

「なぁ、東雲さんやっぱすごくね?」

「普通に運動できるの強いよな」

一人がちらっと女子の方を見る。

「てかさ……やっぱ可愛いよな」

「それな」

「東雲さん、いいよなぁ」

「絶対モテるだろ」

そんな声が自然と聞こえてくる。

夏希はそれを聞いて、くすっと笑った。

「やっぱ人気あるよね、東雲さん」

すずも静かに頷く。

「うん……」

そのとき。

「西野さん」

やわらかい声が後ろから聞こえた。

振り向くと、花音が立っていた。

「さっきの試合、西野さんすごく活躍してたよね」

夏希は少し驚いた顔をしてから笑った。

「え、ほんと?」

「うん。スパイクも決めてたし、すごかった」

「東雲さんに言われると嬉しいな」

夏希は照れたように笑う。

花音はそのあと、すずの方へ目を向けた。

「さっきレシーブしてたよね」

すずは少し驚いて頷く。

「は、はい」

「ちゃんとボール上がってて、いいレシーブだったよ」

すずは戸惑う。

「え……そ、そんな……」

花音はやわらかく笑った。

「でも楽しかった」

すずも小さく言った。

「……私も楽しかったです」

少し迷ってから続ける。

「あの……東雲さん、やっぱり凄いと思う」

花音はきょとんとしてから笑った。

「そうかな?」

「うん。スパイクも凄かったし」

すずは少し恥ずかしそうに言う。

「全然取れなかった」

花音は少し照れたように笑った。

「でも西野さんのチーム強かったよね」

「最後ちょっと焦った」

そして柔らかく言う。

「また一緒にできたらいいなぁ」

すずは少し驚いたあと、小さく頷いた。

「……うん」

花音は手を振って女子たちの方へ戻っていった。

その背中を見送りながら、夏希が言う。

「東雲さんと普通に話してたじゃん」

「え……?」

「すず」

夏希は笑う。

「ちょっと緊張してたでしょ」

すずは苦笑した。

「……うん、ちょっと」

体育館の出口の方では、男子たちが先に戻ろうとしていた。

その中に——湊の姿がある。

友達と話しながら歩いている。

すずは、ほんの少しだけその背中を見てしまう。

胸の奥が、わずかに揺れた。

でも——

「すず、行こ」

夏希が言う。

「うん」

すずは頷き、夏希と一緒に体育館を出た。

教室へ戻ると、昼休みの空気が一気に広がる。

椅子を引く音。
お弁当のふたを開ける音。

あちこちから笑い声が聞こえてきた。

その中でも、ひときわ賑やかな場所がある。

花音の席の周りだった。

「ねえ花音ってさ、中学のときモテてたでしょ?」

「絶対モテてたよね」

「告白とかされてそう」

女子たちが身を乗り出して聞く。

花音は少し困ったように笑った。

「そんなことないよ」

「絶対あるって!」

「……何回かは、されたことあるけど」

「ほらやっぱり!」

声が一気に弾む。

「中学のとき好きな人いなかったの?」

花音は少しだけ言葉を止めた。

ほんの少し照れたように笑う。

「……好きっていうか」

「気になってる人なら、いるかも」

「えっ!」

「誰!?」

「同じ中学!?」

一斉に声が上がる。

花音は小さく頷いた。

「……うん。同じ中学の人」

「えー!」

「じゃあこの高校来てるの?」

花音は少し迷うようにしてから頷いた。

「……うん」

「同じクラス!?」

花音は笑って首を振る。

「そこは内緒」

男子たちもざわつき始める。

「同じ中学ってことはさ」

「俺じゃないじゃん」

「俺も違うわ」

けれど一人が言った。

「好きな人は別としてさ」

「俺のこと“気になってる人”の可能性はあるよな」

「は?」

「お前ポジティブすぎ」

そんなやり取りに、女子たちは笑っていた。

すずは自分の席に座りながら、その会話を静かに聞いていた。

そして、ふと湊の方を見る。

騒ぎには加わらず、友達と静かに話している。

「藤沢ってさ、中学で何部だったんだっけ?」

「弓道」

「弓道!?」

「袴着るんだよな?」

「うん」

「大会とか出てたの?」

「まあ、何回か」

落ち着いた調子で答える湊。

すずはその姿を見ながら思う。

(弓道……)

頭の中に浮かぶ。

袴姿で弓を引く湊の姿。

静かな空気の中で、まっすぐ前を見て矢を放つ姿。

(……絶対似合う)

胸の奥が少しきゅっとする。

(見てみたいな……)

そのとき、また花音の声が聞こえてきた。

「ねえ花音」

「その人、今も好きなの?」

花音は少し考えてから頷いた。

「……うん」

そして、少し照れたように笑う。

「今も好き」

「きゃーーー!」

女子たちの声が一気に上がる。

すずはその会話を聞きながら、胸の奥がざわつくのを感じていた。

(同じ中学で……)

(今も好き……)

自然と、視線がまた湊へ向く。

花音と同じ中学。

そして——

すずは小さく苦笑した。

(……藤沢くん、だったりして)

ただの想像だ。

でも、もしそうだったら。

胸の奥が、少しだけ落ち着かない。

そのとき。

「一ノ瀬さん」

名前を呼ばれて、すずは顔を上げた。

花音だった。

「一緒にお昼食べない?」

そう言ってから、花音は少し横を見る。

「西野さんも、月島さんも」

「よかったらみんなで食べようよ」

突然の誘いに、すずは少し驚いた。

ひかりは嬉しそうに笑い、夏希は少し驚いた顔をしている。

「いいの?」

夏希が聞く。

花音は明るく頷いた。

「もちろん」

「みんなで食べた方が楽しいし」

すずは少し安心したように頷いた。

「……じゃあ、行こう」

三人は席を立ち、花音の席の近くへ集まる。

お弁当を広げると、また賑やかな空気が生まれた。

すずは箸を取りながら、ふと湊の方を見る。

静かな横顔。

それだけで、胸がまた少しだけざわつく。

(……まさか、ね)

そう思いながらも——

その考えは、なかなか頭の中から離れなかった。
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