桜の下で、君に恋した春

ひかゆづ

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越えられない君 5

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昼休みが終わり、午後の授業が始まった。

数学、英語、古典——。
黒板にチョークが走る音と、ページをめくる音が教室に静かに広がっている。

いつもと変わらないはずの授業なのに、すずはどこか落ち着かなかった。

ノートを取りながら、ふと昼休みの会話を思い出す。

——今も好き。

花音が、少し照れたように言ったあの言葉。

教室が一気にざわめいた空気まで、はっきりと思い出せる。

すずは小さく息をつき、ペンを動かした。

(考えすぎだよね)

そう思いながら、ノートに視線を戻す。

黒板の文字を写しているはずなのに、どこか集中できない。

やがて最後の授業が終わり、チャイムが鳴った。

「終わった~」

「今日長かった」

そんな声があちこちから上がる。

いつもなら帰り支度が始まるところだが、すぐに担任の先生が教室に入ってきた。

「はい、席ついてー」

生徒たちはがたがたと椅子を引いて座る。

「今日はホームルームで少し話がある」

先生は出席簿を机に置きながら続けた。

「そろそろ部活動を決めてもらう時期だ」

その言葉に、教室が少しざわつく。

「今年から、新しい部活の設立も認められることになった」

「希望者が集まれば、正式な部として活動できる」

「やりたい部活がある人は遠慮なく言ってくれ」

「新しく作れるの?」

「それいいじゃん」

そんな声が上がる。

そのとき、後ろの方の男子が手を挙げた。

「先生、弓道ってできますか?」

教室が一瞬静かになる。

先生は少し考えてから答えた。

「弓道か。設備は整えないといけないが、希望者がいれば検討できるな」

その言葉に男子たちがざわつく。

「弓道いいじゃん」

「かっこよくない?」

「袴着るやつだろ」

そのとき、誰かが思い出したように言った。

「そういえばさ」

「藤沢って中学で弓道やってたよな?」

一斉に視線が向く。

湊は少し驚いたように顔を上げた。

「……うん」

静かに頷く。

「やっぱり!」

「じゃあ弓道部いけるじゃん!」

「藤沢いるならできるって」

次々に声が上がる。

湊は少し困ったように視線を落とした。

「……どうだろ」

「絶対いいって!」

「大会とか出てたんだろ?」

湊は少し考えてから、短く答えた。

「……まあ」

それだけの返事だったが、男子たちはさらに盛り上がる。

「よし弓道部作ろうぜ」

「俺やる」

「俺も」

そのとき誰かが言った。

「大翔も入れよ」

「運動神経いいし」

名前を呼ばれた大翔は笑った。

「弓道か」

「やったことないけど面白そうだな」

そして湊を見る。

「藤沢がやるなら俺もやるわ」

その言葉にまた歓声が上がる。

先生は少し笑いながら黒板に書いた。

弓道部(仮)

「まだ正式決定じゃないが、希望者がいるなら話を進める」

そして続けた。

「それと、マネージャーも必要だな」

その言葉に女子たちがざわつく。

そのときだった。

花音がすっと手を上げた。

「先生」

教室が少し静かになる。

「もし弓道部ができるなら」

花音は少し微笑んで言った。

「マネージャーをやりたいです」

教室が小さくどよめく。

「花音が?」

「マネージャー?」

男子たちがざわつく。

先生は頷いた。

「いいな。助かる」

花音は静かに手を下ろした。

弓道部をやりたいと言った男子たちを見ながら、少し嬉しそうにしている。

すずはその様子を静かに見ていた。

(マネージャー……)

胸の奥で、小さな気持ちが揺れる。

弓道部のマネージャー。

もしなれたら——。

ほんの一瞬、そんな考えが浮かぶ。

でもすぐに、その気持ちは胸の奥へしまい込んだ。

すずは、自分から前に出るのが得意ではない。

さっき花音が迷いなく手を挙げた姿が、少しだけ眩しく見えた。

ひかりと夏希は顔を見合わせていた。

「うちらはバレー部だよね」

「うん、もう決めてる」

二人は小さく笑い合う。

先生は続けた。

「それからもう一つ」

黒板に新しく書く。

写真部(新設)

「写真部も今年から活動可能になった」

「学校行事の記録や、作品制作をする部活だ」

「興味がある人は顧問の先生のところに行ってくれ」

その言葉を聞いたときだった。

すずは少し顔を上げた。

(写真部……)

学校の風景。
放課後の校庭。
部活の様子。

そんな光景が頭に浮かぶ。

写真なら、いろいろな景色を残せるかもしれない。

少しだけ考えてから、すずはそっと手を上げた。

「先生」

何人かが振り向く。

すずは少し緊張しながら言った。

「写真部、入ってみたいです」

先生は頷いた。

「いいな」

「新設部は人数が必要だから助かる」

ひかりがすぐ振り向く。

「すず写真部!?」

夏希も驚いた顔をする。

「なんかすずっぽい」

二人が笑う。

すずも少し照れながら、小さく笑った。

教室ではまだ部活の話でざわざわしていた。

黒板には

弓道部(仮)
写真部(新設)

二つの新しい部活の名前が並んでいる。

すずはその文字を見つめながら、静かに思った。

(私、写真部)

それだけなのに、胸の奥が少しだけ軽くなる。

ホームルームが終わると、教室は一気に放課後の空気に包まれた。

椅子を引く音、鞄のファスナーを閉める音、友達同士の声。

入学してから、もう一週間。

最初の頃の少しよそよそしい空気も、クラスの中ではだいぶ和らいできていた。

「はぁー、終わったぁ」

ひかりが大きく伸びをする。

「まだ一週間なのに、もう疲れてるの?」

夏希が笑う。

「だって授業長いんだもん」

すずも教科書を鞄にしまいながら、小さく笑った。

「でも、少し慣れてきたよね」

「それはある」

夏希が頷く。

ひかりはふと掲示を見る。

「写真部、まだ部員募集してるんだって」

「うん」

「すず、写真とか好きそうだもんね」

すずは少し照れたように笑う。

「うん……景色とか撮るの好きだから」

ひかりが言った。

「弓道部の話も明日あるんだよね」

「先生言ってたね」

夏希が言う。

すずはその言葉に、ほんの少しだけ視線を落とした。

弓道部。

——湊。

その隣には、大翔。

そして——花音。

昼休みに聞いた言葉が、また頭に浮かぶ。

「マネージャーやりたい」

胸の奥が、少しだけざわついた。

「すず?」

ひかりの声で、すずははっと顔を上げる。

「帰ろ?」

「あ、うん」

三人は席を立った。

昇降口を出ると、夕方の空気がひんやりしていた。

「じゃあまた明日!」

「またね」

「また明日」

それぞれの帰り道へ歩き出す。

家に帰ると、母の声が聞こえた。

「おかえり」

「ただいま」

靴を脱ぎながら、すずは少し嬉しそうに言う。

「今日ね、部活決めたの」

母が顔を出す。

「もう?」

父の声もリビングから聞こえる。

「何にしたんだ?」

「写真部」

父は頷いた。

「いいじゃないか」

母も笑う。

「すず、景色とか好きだもんね」

「うん」

すずは小さく頷いた。

「今年新しくできた部活なんだって」

部屋に戻り、ベッドに腰を下ろす。

今日一日のことを思い返す。

学校生活も一週間。

少しずつ慣れてきた毎日。

写真部。

カメラを持って、学校の景色を撮る。

それはきっと、静かで楽しい時間になる。

けれど——

頭に浮かぶのは、別の光景だった。

弓を引く姿。

静かな横顔。

湊。

その隣には、大翔。

そして——花音。

もし弓道部ができたら。

きっと三人は、そこにいる。

すずは枕に少し顔をうずめた。

胸の奥が、ほんの少しだけざわつく。

(……)

でも、すぐに小さく息をついた。

(私は、写真部)

カメラを持って、学校の景色を撮る。

そんなことを考えているうちに、夜は静かに更けていった。

その日は、穏やかに終わった。
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