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越えられない君 6
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翌朝。
春のやわらかな日差しが、教室の窓から差し込んでいた。
風に押されてカーテンがゆっくり揺れる。
窓際の席で、湊はノートを開きながらぼんやり外を眺めていた。
校庭では運動部の朝練が始まっている。
遠くから掛け声が聞こえ、ボールの音が乾いた空気の中に響いていた。
(弓道部……)
昨日のホームルームを思い出す。
高校でも弓道を続けたい——
そんな気持ちは、ずっと心のどこかにあった。
教室では、すでにいくつかのグループが楽しそうに話している。
まだぎこちない会話をしている生徒たちもいる。
入学して一週間。
クラスの空気は少しずつ形になり始めていた。
すずはそんな様子を、静かに眺めていた。
キーンコーンカーンコーン。
チャイムが鳴り、担任の先生が教室に入ってくる。
「おはよう」
「おはようございます」
生徒たちが席につく。
先生は出席簿を机に置き、黒板の前に立った。
「今日は朝のホームルームで大事な連絡がある」
チョークを取り、黒板に文字を書く。
弓道部 新設
その文字を見た瞬間、教室がざわめいた。
「え、弓道部!?」
「この学校なかったよな?」
「弓ってあの弓矢のやつ?」
「なんかかっこよさそう」
先生が軽く手を上げる。
「はいはい、静かに」
ざわめきが少し落ち着く。
「昨日の話もあったが、今年からこの学校に弓道部が正式に開設されることになった」
再び教室がざわつく。
「場所は体育館横の小さな武道場だ。昔使われていた場所を、弓道場として整備することになった」
先生は黒板に書き足していく。
・礼儀作法
・基本姿勢
・弓の扱い方
・射法八節
「弓道は武道だ。まずは姿勢や礼儀から練習する」
「いきなり矢を射るわけではないが、慣れてきたら実際に弓を引く」
男子たちが小声で話す。
「なんか侍みたいだな」
「かっこいい」
先生は続けた。
「大会もある」
「地区大会、道大会、そして全国大会」
「顧問は体育科の坂本先生。大学まで弓道をやっていたそうだ」
「ちゃんとした部活じゃん」
「初心者でもいけるのかな」
先生は頷く。
「初心者も大歓迎だそうだ」
その言葉を聞きながら、湊は静かに黒板を見つめていた。
先生はさらに黒板に書いた。
写真部 新設
すずの視線がそこへ向く。
「もう一つ。今年から写真部も正式な部活として設立される」
教室がまたざわめく。
「昨日言ってた写真部だ」
「カメラのやつ?」
先生は黒板に書き足していく。
・校内撮影
・校外撮影
・文化祭写真展示
・写真コンテスト応募
「活動場所は特別棟二階の視聴覚準備室」
「顧問は国語科の森下先生」
先生は続けた。
「学校には一眼レフカメラも何台かある」
「え、一眼レフ!?」
「触れるの?」
先生が少し笑う。
「もちろん」
「写真が好きな人、景色が好きな人、人を撮るのが好きな人」
「新入部員歓迎だそうだ」
すずは静かにその説明を聞いていた。
(写真部……)
先生はチョークを置いた。
「それから大事なことを言う」
教室が少し静かになる。
「部活に入る人は、今日すべての授業が終わったあと、それぞれの部活へ行って新入部員として挨拶をすること」
ざわめきが起きる。
「今日から?」
「もう決めるの?」
先生は続ける。
「迷っている人は見学でもいい」
「ただし、入ると決めている人は今日顔を出すこと」
「これから三年間所属するかもしれない場所だからな」
先生は最後に言った。
「以上」
「しっかり考えて決めるように」
そして放課後。
キーンコーンカーンコーン。
最後のチャイムが鳴った瞬間——
教室が一気にざわめき始める。
「部活行く?」
「弓道見に行こうかな」
「写真部どうする?」
「見学してみようかな」
椅子を引く音、机の音、笑い声。
「一眼レフ触れるらしいし」
「ちょっと行ってみる?」
すずは静かに席を立った。
(写真部……)
少し緊張している。
それでも足は自然と特別棟へ向かっていた。
特別棟二階。
廊下の奥。
扉の横に紙が貼ってある。
写真部
コピー用紙にマジックで書かれた文字。
いかにもできたばかりの部活という雰囲気だった。
すずは小さく深呼吸をして、扉を開けた。
「失礼します……」
部屋の中には一年生が数人。
そして二年生の先輩が二人。
机の上には一眼レフカメラが並んでいた。
そのとき、優しい声が聞こえた。
「来てくれてありがとう」
穏やかな雰囲気の女性の先生が微笑んでいた。
「写真部の顧問になりました、森下です」
柔らかい声。
「今年から正式な部活になったばかりなので、私も少しドキドキしています」
まだ小さな部活。
どこか初々しい空気が流れていた。
――その頃、弓道場。
木の香りが漂う静かな空間。
新入部員たちが、少し緊張した様子で並んでいる。
顧問の坂本先生が言った。
「まずは自己紹介からしてみよう」
最初に前へ出たのは、大翔だった。
「山口大翔です!」
少し緊張しているが、声は大きい。
「弓道は初心者ですけどよろしくお願いします!」
周りが少し笑う。
次は湊の番だった。
湊はゆっくり前へ出る。
(弓道部できてよかったな)
そんなことを思いながら、軽く頭を下げる。
「藤沢湊です。よろしくお願いします」
最後は花音。
「東雲花音です」
少し緊張した様子で言う。
「マネージャーとして弓道部を支えたいと思っています。よろしくお願いします」
一礼する。
男子たちが小声でささやく。
「美人だな……」
花音は少し照れたように俯き、列の後ろへ下がった。
坂本先生が腕を組む。
「親睦も兼ねて、矢を引いてみたい人はやっていいぞ」
しかし——
誰も動かない。
(いきなり弓って怖そう)
(失敗したら恥ずかしい)
微妙な沈黙が流れる。
そのとき。
大翔が湊を見る。
「藤沢やれよ」
「え?」
「お前弓道やってただろ」
周りがざわつく。
坂本先生が言う。
「そうなのか?」
「じゃあ藤沢、一本やってみろ」
一斉に視線が集まる。
湊は困ったように笑った。
「いや……そんな大したことないですし……」
本音は——
(あまり目立ちたくないんだけどな)
しかし周りが言う。
「見てみたい!」
「やってよ!」
大翔も笑う。
「ほらほら」
坂本先生も言った。
「大丈夫だ。練習みたいなものだ」
期待の視線。
湊は小さく息を吐く。
(これは……断れないな)
「……わかりました」
射場へ歩く。
弓を手に取る。
その瞬間——
指先に伝わる感覚。
弓の重さ。
懐かしい感覚が体に戻る。
自然と背筋が伸びた。
道場の空気が静まる。
湊はゆっくり弓を引く。
呼吸を整え——
矢を放つ。
パンッ。
矢は一直線に飛び、
的の中心へ突き刺さった。
一瞬の静寂。
そして——
「おおおお!!」
歓声が上がる。
「すげぇ!」
坂本先生も笑う。
「上手いじゃないか!」
湊は少し恥ずかしそうに笑う。
(やっぱりこうなるよな……)
照れくさくて、視線を逸らした。
その様子を、花音は静かに見つめていた。
弓を引く姿。
集中した横顔。
凛とした空気。
胸が少し高鳴る。
(すごい……)
その瞬間。
花音の中で、恋心はさらに大きく膨らんでいった。
一方、新入部員たちは騒ぎ出す。
「そういえばどっかの中学で大会出てたって聞いた!」
「マジ!?」
湊は顔を赤くする。
「いや……そんな……」
照れ隠しのように苦笑いしながら、
そそくさと部員の中に紛れ込むのだった。
春のやわらかな日差しが、教室の窓から差し込んでいた。
風に押されてカーテンがゆっくり揺れる。
窓際の席で、湊はノートを開きながらぼんやり外を眺めていた。
校庭では運動部の朝練が始まっている。
遠くから掛け声が聞こえ、ボールの音が乾いた空気の中に響いていた。
(弓道部……)
昨日のホームルームを思い出す。
高校でも弓道を続けたい——
そんな気持ちは、ずっと心のどこかにあった。
教室では、すでにいくつかのグループが楽しそうに話している。
まだぎこちない会話をしている生徒たちもいる。
入学して一週間。
クラスの空気は少しずつ形になり始めていた。
すずはそんな様子を、静かに眺めていた。
キーンコーンカーンコーン。
チャイムが鳴り、担任の先生が教室に入ってくる。
「おはよう」
「おはようございます」
生徒たちが席につく。
先生は出席簿を机に置き、黒板の前に立った。
「今日は朝のホームルームで大事な連絡がある」
チョークを取り、黒板に文字を書く。
弓道部 新設
その文字を見た瞬間、教室がざわめいた。
「え、弓道部!?」
「この学校なかったよな?」
「弓ってあの弓矢のやつ?」
「なんかかっこよさそう」
先生が軽く手を上げる。
「はいはい、静かに」
ざわめきが少し落ち着く。
「昨日の話もあったが、今年からこの学校に弓道部が正式に開設されることになった」
再び教室がざわつく。
「場所は体育館横の小さな武道場だ。昔使われていた場所を、弓道場として整備することになった」
先生は黒板に書き足していく。
・礼儀作法
・基本姿勢
・弓の扱い方
・射法八節
「弓道は武道だ。まずは姿勢や礼儀から練習する」
「いきなり矢を射るわけではないが、慣れてきたら実際に弓を引く」
男子たちが小声で話す。
「なんか侍みたいだな」
「かっこいい」
先生は続けた。
「大会もある」
「地区大会、道大会、そして全国大会」
「顧問は体育科の坂本先生。大学まで弓道をやっていたそうだ」
「ちゃんとした部活じゃん」
「初心者でもいけるのかな」
先生は頷く。
「初心者も大歓迎だそうだ」
その言葉を聞きながら、湊は静かに黒板を見つめていた。
先生はさらに黒板に書いた。
写真部 新設
すずの視線がそこへ向く。
「もう一つ。今年から写真部も正式な部活として設立される」
教室がまたざわめく。
「昨日言ってた写真部だ」
「カメラのやつ?」
先生は黒板に書き足していく。
・校内撮影
・校外撮影
・文化祭写真展示
・写真コンテスト応募
「活動場所は特別棟二階の視聴覚準備室」
「顧問は国語科の森下先生」
先生は続けた。
「学校には一眼レフカメラも何台かある」
「え、一眼レフ!?」
「触れるの?」
先生が少し笑う。
「もちろん」
「写真が好きな人、景色が好きな人、人を撮るのが好きな人」
「新入部員歓迎だそうだ」
すずは静かにその説明を聞いていた。
(写真部……)
先生はチョークを置いた。
「それから大事なことを言う」
教室が少し静かになる。
「部活に入る人は、今日すべての授業が終わったあと、それぞれの部活へ行って新入部員として挨拶をすること」
ざわめきが起きる。
「今日から?」
「もう決めるの?」
先生は続ける。
「迷っている人は見学でもいい」
「ただし、入ると決めている人は今日顔を出すこと」
「これから三年間所属するかもしれない場所だからな」
先生は最後に言った。
「以上」
「しっかり考えて決めるように」
そして放課後。
キーンコーンカーンコーン。
最後のチャイムが鳴った瞬間——
教室が一気にざわめき始める。
「部活行く?」
「弓道見に行こうかな」
「写真部どうする?」
「見学してみようかな」
椅子を引く音、机の音、笑い声。
「一眼レフ触れるらしいし」
「ちょっと行ってみる?」
すずは静かに席を立った。
(写真部……)
少し緊張している。
それでも足は自然と特別棟へ向かっていた。
特別棟二階。
廊下の奥。
扉の横に紙が貼ってある。
写真部
コピー用紙にマジックで書かれた文字。
いかにもできたばかりの部活という雰囲気だった。
すずは小さく深呼吸をして、扉を開けた。
「失礼します……」
部屋の中には一年生が数人。
そして二年生の先輩が二人。
机の上には一眼レフカメラが並んでいた。
そのとき、優しい声が聞こえた。
「来てくれてありがとう」
穏やかな雰囲気の女性の先生が微笑んでいた。
「写真部の顧問になりました、森下です」
柔らかい声。
「今年から正式な部活になったばかりなので、私も少しドキドキしています」
まだ小さな部活。
どこか初々しい空気が流れていた。
――その頃、弓道場。
木の香りが漂う静かな空間。
新入部員たちが、少し緊張した様子で並んでいる。
顧問の坂本先生が言った。
「まずは自己紹介からしてみよう」
最初に前へ出たのは、大翔だった。
「山口大翔です!」
少し緊張しているが、声は大きい。
「弓道は初心者ですけどよろしくお願いします!」
周りが少し笑う。
次は湊の番だった。
湊はゆっくり前へ出る。
(弓道部できてよかったな)
そんなことを思いながら、軽く頭を下げる。
「藤沢湊です。よろしくお願いします」
最後は花音。
「東雲花音です」
少し緊張した様子で言う。
「マネージャーとして弓道部を支えたいと思っています。よろしくお願いします」
一礼する。
男子たちが小声でささやく。
「美人だな……」
花音は少し照れたように俯き、列の後ろへ下がった。
坂本先生が腕を組む。
「親睦も兼ねて、矢を引いてみたい人はやっていいぞ」
しかし——
誰も動かない。
(いきなり弓って怖そう)
(失敗したら恥ずかしい)
微妙な沈黙が流れる。
そのとき。
大翔が湊を見る。
「藤沢やれよ」
「え?」
「お前弓道やってただろ」
周りがざわつく。
坂本先生が言う。
「そうなのか?」
「じゃあ藤沢、一本やってみろ」
一斉に視線が集まる。
湊は困ったように笑った。
「いや……そんな大したことないですし……」
本音は——
(あまり目立ちたくないんだけどな)
しかし周りが言う。
「見てみたい!」
「やってよ!」
大翔も笑う。
「ほらほら」
坂本先生も言った。
「大丈夫だ。練習みたいなものだ」
期待の視線。
湊は小さく息を吐く。
(これは……断れないな)
「……わかりました」
射場へ歩く。
弓を手に取る。
その瞬間——
指先に伝わる感覚。
弓の重さ。
懐かしい感覚が体に戻る。
自然と背筋が伸びた。
道場の空気が静まる。
湊はゆっくり弓を引く。
呼吸を整え——
矢を放つ。
パンッ。
矢は一直線に飛び、
的の中心へ突き刺さった。
一瞬の静寂。
そして——
「おおおお!!」
歓声が上がる。
「すげぇ!」
坂本先生も笑う。
「上手いじゃないか!」
湊は少し恥ずかしそうに笑う。
(やっぱりこうなるよな……)
照れくさくて、視線を逸らした。
その様子を、花音は静かに見つめていた。
弓を引く姿。
集中した横顔。
凛とした空気。
胸が少し高鳴る。
(すごい……)
その瞬間。
花音の中で、恋心はさらに大きく膨らんでいった。
一方、新入部員たちは騒ぎ出す。
「そういえばどっかの中学で大会出てたって聞いた!」
「マジ!?」
湊は顔を赤くする。
「いや……そんな……」
照れ隠しのように苦笑いしながら、
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