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越えられない君 8
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その日の夜、花音の部屋ではベッドの横のスタンドライトだけが灯っていて、やわらかなオレンジ色の光に包まれていた。
鏡の前に立ち、花音はゆっくり髪をほどく。
さらりと長い髪が肩に落ちた。
今日一日の出来事が、ふと頭に浮かぶ。
弓道場。
木の香りのする静かな空間。
そして——
弓を引く湊の姿。
背筋をまっすぐに伸ばし、呼吸を整え、ゆっくりと弓を引く。
矢が放たれる瞬間の、あの張り詰めた空気。
花音は鏡越しに自分の顔を見る。
少しだけ頬が緩んでいた。
「……やっぱり」
小さく呟く。
「好きだなぁ」
その言葉は、迷いのない声だった。
花音にとって、湊はずっと特別な存在だ。
中学の頃から、ずっと。
弓道をしているときの真剣な横顔も、
普段の少し控えめな笑い方も。
全部、好きだった。
花音はベッドに腰を下ろす。
そしてスマホを手に取る。
ふと今日の弓道場を思い出して、くすっと笑う。
(あんな顔するんだ)
湊が少し照れていた顔。
それを思い出すだけで、胸が少し温かくなる。
花音は枕に体を預けた。
天井を見上げながら、静かに思う。
(高校でも、一緒だ)
まだ始まったばかりの高校生活。
それでも、確信のような気持ちがあった。
湊は、きっと特別な人のままだ。
花音は小さく目を閉じる。
唇の端に、ほんの少し笑みを浮かべながら。
すずの夜
一方、その頃。
すずの部屋。
机の上には、今日写真部で使ったカメラが置かれていた。
すずはパソコンの前に座り、カメラをケーブルでつなぐ。
写真のデータが、ゆっくりと画面に取り込まれていく。
桜の写真。
校庭。
中庭の花壇。
いくつかの春の景色。
そして——
一枚の写真。
すずは思わずマウスを止めた。
画面いっぱいに映し出される。
桜の花びら。
静かな弓道場。
そして、
弓を引く湊。
すずは画面を見つめたまま動けなくなる。
(やっぱり……)
さっき撮ったときと同じ気持ちが、胸に広がる。
(かっこいい)
静かな姿。
凛とした空気。
画面越しなのに、あのときの空気まで思い出せる。
すずは椅子の背にもたれた。
胸の奥が、少しだけ落ち着かない。
でも嫌な感じじゃない。
むしろ、どこか温かい。
もう一度、写真を見る。
桜の花びらの中で、弓を引く湊。
すずは小さく息をついた。
そして、ぽつりと呟く。
「……この写真」
少しだけ照れたように笑う。
「宝物みたい」
その瞬間、すずは気づく。
この気持ちは、もう誤魔化せない。
憧れとか、
ちょっと気になるとか、
そんな曖昧なものじゃない。
ちゃんとした「好き」。
胸の奥に、静かに根を下ろしている。
すずはもう一度写真を見る。
画面の中の湊。
(……好きなんだ)
その言葉が、心の中で静かに響いた。
すずはパソコンを閉じる。
部屋の灯りを消す。
ベッドに横になると、今日の出来事がゆっくり浮かんでくる。
弓道場。
桜。
そして、あの写真。
胸の奥が、少しだけくすぐったい。
すずは枕に顔を埋める。
そして小さく呟いた。
「……好き」
誰にも聞こえない声だった。
春の夜は、静かに更けていった。
鏡の前に立ち、花音はゆっくり髪をほどく。
さらりと長い髪が肩に落ちた。
今日一日の出来事が、ふと頭に浮かぶ。
弓道場。
木の香りのする静かな空間。
そして——
弓を引く湊の姿。
背筋をまっすぐに伸ばし、呼吸を整え、ゆっくりと弓を引く。
矢が放たれる瞬間の、あの張り詰めた空気。
花音は鏡越しに自分の顔を見る。
少しだけ頬が緩んでいた。
「……やっぱり」
小さく呟く。
「好きだなぁ」
その言葉は、迷いのない声だった。
花音にとって、湊はずっと特別な存在だ。
中学の頃から、ずっと。
弓道をしているときの真剣な横顔も、
普段の少し控えめな笑い方も。
全部、好きだった。
花音はベッドに腰を下ろす。
そしてスマホを手に取る。
ふと今日の弓道場を思い出して、くすっと笑う。
(あんな顔するんだ)
湊が少し照れていた顔。
それを思い出すだけで、胸が少し温かくなる。
花音は枕に体を預けた。
天井を見上げながら、静かに思う。
(高校でも、一緒だ)
まだ始まったばかりの高校生活。
それでも、確信のような気持ちがあった。
湊は、きっと特別な人のままだ。
花音は小さく目を閉じる。
唇の端に、ほんの少し笑みを浮かべながら。
すずの夜
一方、その頃。
すずの部屋。
机の上には、今日写真部で使ったカメラが置かれていた。
すずはパソコンの前に座り、カメラをケーブルでつなぐ。
写真のデータが、ゆっくりと画面に取り込まれていく。
桜の写真。
校庭。
中庭の花壇。
いくつかの春の景色。
そして——
一枚の写真。
すずは思わずマウスを止めた。
画面いっぱいに映し出される。
桜の花びら。
静かな弓道場。
そして、
弓を引く湊。
すずは画面を見つめたまま動けなくなる。
(やっぱり……)
さっき撮ったときと同じ気持ちが、胸に広がる。
(かっこいい)
静かな姿。
凛とした空気。
画面越しなのに、あのときの空気まで思い出せる。
すずは椅子の背にもたれた。
胸の奥が、少しだけ落ち着かない。
でも嫌な感じじゃない。
むしろ、どこか温かい。
もう一度、写真を見る。
桜の花びらの中で、弓を引く湊。
すずは小さく息をついた。
そして、ぽつりと呟く。
「……この写真」
少しだけ照れたように笑う。
「宝物みたい」
その瞬間、すずは気づく。
この気持ちは、もう誤魔化せない。
憧れとか、
ちょっと気になるとか、
そんな曖昧なものじゃない。
ちゃんとした「好き」。
胸の奥に、静かに根を下ろしている。
すずはもう一度写真を見る。
画面の中の湊。
(……好きなんだ)
その言葉が、心の中で静かに響いた。
すずはパソコンを閉じる。
部屋の灯りを消す。
ベッドに横になると、今日の出来事がゆっくり浮かんでくる。
弓道場。
桜。
そして、あの写真。
胸の奥が、少しだけくすぐったい。
すずは枕に顔を埋める。
そして小さく呟いた。
「……好き」
誰にも聞こえない声だった。
春の夜は、静かに更けていった。
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