桜の下で、君に恋した春

ひかゆづ

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走る姿と、言えない気持ち 4

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リレーの確認が終わると、体育教師が手を叩いた。

 

「次、二人三脚!」

 

グラウンドの空気が少し和らぐ。

 

「女子チーム前に出てー!」

 

白線の前に、数人の女子生徒が集まってきた。

 

すずたちも、その中にいた。

 

 

「よし、三人組はここな」

 

教師が指さす。

 

 

一ノ瀬すず。
月島ひかり。
西野夏希。

 

 

三人は顔を見合わせた。

 

ひかりが少し笑う。

 

「なんかドキドキするね」

 

夏希は腕を組んで言った。

 

「大丈夫大丈夫」

 

「私がリードするから」

 

頼もしい声だった。

 

夏希は運動神経がいい。

 

体育の時間でも、いつも動きが軽い。

 

 

すずは少しだけ緊張しながら頷いた。

 

「うん……がんばろ」

 

 

二人三脚用のバンドが配られる。

 

すずの右足と、ひかりの左足。

 

ひかりの右足と、夏希の左足。

 

 

三人の足が、順番に結ばれていく。

 

 

「思ったより動きにくいねこれ」

 

ひかりが苦笑する。

 

「最初はそんなもん」

 

夏希は落ち着いていた。

 

 

「いい?」

 

夏希が二人を見る。

 

「せーの、で動くよ」

 

 

「うん」

 

 

すずは小さく息を吸った。

 

 

少し離れた場所では、男子たちがそれを見ている。

 

 

大翔が笑った。

 

「三人二人三脚とか難しくね?」

 

 

その隣で、湊は静かに立っていた。

 

 

視線は自然と、
スタートラインに並ぶ三人へ向いていた。

 

 

体育教師が手を上げる。

 

 

「よーい!」

 

 

三人の体が、少し前に傾く。

 

 

「スタート!」

 

 

最初の一歩。

 

 

「いち!」

 

夏希の声が響く。

 

 

「に!」

 

 

三人の足が同時に動く。

 

 

ぎこちない。

 

けれど、なんとか前へ進む。

 

 

「いち! に!」

 

 

夏希がリズムを作る。

 

 

ひかりが笑う。

 

「ちょっと速い!」

 

 

「慣れるって!」

 

 

すずは必死だった。

 

足を合わせること。

 

転ばないこと。

 

 

視線は自然と、ゴールの白線へ向いている。

 

 

少しずつ、
三人の動きが揃ってくる。

 

 

「いい感じじゃん!」

 

誰かが声を上げた。

 

 

大翔が腕を組みながら言う。

 

「お、意外といけるな」

 

 

三人はそのまま進んでいく。

 

 

砂を踏む音。

 

運動靴が地面を叩くリズム。

 

 

「いち! に!」

 

 

もう少し。

 

ゴールが近づく。

 

 

そのときだった。

 

 

ひかりの足が、少しだけ引っかかった。

 

 

「えっ——」

 

 

バランスが崩れる。

 

 

三人の体が、ぐらりと傾いた。

 

 

「危な——」

 

 

次の瞬間。

 

 

すずは、とっさに体を動かしていた。

 

 

ひかりを支えるように、
腕を前に出す。

 

 

自分の体を、
ひかりの前に滑り込ませるように。

 

 

ドンッ。

 

 

土に、体がぶつかる音。

 

 

砂が舞った。

 

 

「すず!?」

 

ひかりの声が響く。

 

 

三人の動きが止まる。

 

 

すずは地面に倒れ込んでいた。

 

 

ひかりは、そのすぐ上で踏みとどまっている。

 

 

もしそのまま転んでいたら、

 

ひかりが下敷きになっていたかもしれない。

 

 

「だ、大丈夫!?」

 

 

ひかりが慌ててしゃがみ込む。

 

 

夏希もすぐに支える。

 

 

「すず、怪我ない!?」

 

 

すずは少し驚いたような顔で、
ゆっくり起き上がった。

 

 

「う、うん……大丈夫」

 

 

腕に少しだけ土がついている。

 

 

でも、それだけだった。

「ひかりは大丈夫だった?」

すずが心配そうに聞く。



「ごめん!」

 

ひかりが言う。

 

「私バランス崩して……」

 

 

すずは慌てて首を振る。

 

 

「ううん、平気だよ」

 

 

その笑顔は、
どこか少し照れくさそうだった。

 

 

その光景を、

 

少し離れた場所から見ていた人がいた。

 

 

藤沢湊。

 

 

さっきまでリレーの余韻で少し息を整えていた。

 

 

でも今、

 

その視線は、
三人の方へ向いていた。

 

 

ひかりを庇うように、
自分が先に倒れた姿。

 

 

一瞬の出来事だった。

 

 

でも、

 

湊の胸の奥で、

 

何かが、
静かに揺れた。

 

 

(……今の)

 

 

言葉にしようとして、
うまくできない。

 

 

ただ、

 

胸の奥が、
少しだけ温かい。

 

 

今まで感じたことのない感覚だった。

 

 

尊敬に、似ている気がした。

 

 

誰かを守るように、
迷いなく体が動く。

 

 

あんな風に。

 

 

(すごいな……)

 

 

湊は小さく思う。

 

 

でも、

 

それだけじゃない。

 

 

胸の奥に残る、
この温かい感覚。

 

 

恋なのかどうか。

 

 

湊はまだ、
恋をしたことがない。

 

 

だから分からない。

 

 

でも——

 

 

さっき地面に倒れた少女が、

 

ひかりに向かって
「大丈夫?」と笑ったその姿が、

 

 

なぜか、

 

ずっと胸の奥に残っていた。





 

 

そして——

 

 

昨日。

 

弓道部のマネージャーに、
迷いなく手を挙げた人。

 

 

すずは、無意識に手を握っていた。

 

 

体育教師が笛を口にくわえる。

 

 

「よーい」

 

 

一瞬、
グラウンドが静かになった。

 

 

そして——

 

 

「スタート!」

 

 

女子たちが一斉に走り出す。

 

 

土を蹴る音。

 

 

運動靴がグラウンドを叩く音。

 

 

最初の数秒は、
誰が速いのか分からなかった。

 

 

けれど——

 

 

すぐに、一人の姿が前へ出る。

 

 

東雲花音。

 

 

足の運びが軽い。

 

 

フォームが崩れない。

 

 

腕の振りも、
体の軸も、
驚くほど綺麗だった。

 

 

スピードが乗る。

 

 

風を切るように、
一直線にグラウンドを駆けていく。

 

 

「速っ!」

 

 

男子の誰かが思わず声を上げた。

 

 

「え、東雲さん速くない!?」

 

 

ざわめきが広がる。

 

 

大翔が驚いたように言った。

 

 

「マジか」

 

 

「藤沢並じゃん」

 

 

その言葉に、
周りの男子たちも頷く。

 

 

花音はそのまま、
滑らかな動きでコーナーを回る。

 

 

呼吸も乱れない。

 

 

余裕すら感じる走りだった。

 

 

ゴールラインを駆け抜ける。

 

 

その瞬間、
クラスから歓声が上がった。

 

 

「すご!」

 

「速い!」

 

「東雲さんやば!」

 

 

花音は少しだけ息を整えながら、
ゆっくりと歩いて戻ってくる。

 

 

でも、
その表情は変わらない。

 

 

誇らしげでもなく。

 

自慢するわけでもなく。

 

 

ただ、

 

 

「当然でしょう?」

 

 

そう言っているかのような、
自然な佇まいだった。

 

 

体育教師が頷く。

 

 

「よし」

 

 

少しだけ笑う。

 

 

「女子アンカーは東雲だな」

 

 

クラスから拍手が起こる。

 

 

「だよね!」

「納得」

 

 

花音は小さく笑って、軽く頭を下げた。

 

 

その姿を見ながら、

 

 

すずの胸の奥で、

 

 

何かが、
静かに崩れていく。

 

 

(やっぱり……)

 

 

思ってしまう。

 

 

綺麗で。

 

明るくて。

 

人気者で。

 

そして——

 

 

運動もできる。

 

 

まるで、
最初から全部持っているみたいな人。

 

 

すずは、少しだけ視線を落とした。

 

 

胸の奥が、
また少しだけ痛む。

 

 

(敵わない……)

 

 

そんな言葉が、
心のどこかで浮かんでしまう。

 

 

さっきまでのグラウンドの歓声が、
遠くに聞こえる気がした。

 

 

花音はクラスの中心に戻り、
誰かと楽しそうに話している。

 

 

その姿は、
やっぱり眩しかった。

 

 

すずはそっと目を伏せる。

 

 

胸の奥で、

 

 

また一度、

 

 

心が折れそうになるのを、

 

 

静かに感じていた。
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